異世界帰りの美少女が魔王扱いしてくるけど、シンプルに顔が怖いだけなんだ
「私、異世界帰りなんです」
まぶしい笑顔を浮かべながら「帰国子女なんです」みたいに転校生の岩清水さんは自己紹介した。
あっ、これ触れちゃいけないやつだ。一瞬でクラスに拡散した暗黙の了解により、その発言は誰も聞かなかったことにされたけど。
「やっと、見つけた」
席に着くため僕の真横を通る瞬間、彼女は確かに囁いた。あれは一体、何だったのだろう。
でも、そんなことどうでも良くなるくらいに彼女は美少女だった。
──んで。
放課後、岩清水さんのことをボーッと思い出しながら学校帰りの商店街を歩いていた僕は、グラサンに紫スーツの怖いお兄さんと肩がぶつかってしまった。
「大した度胸じゃねえか、兄ちゃんよォ」
一緒にいたアロハシャツの子分三人組に取り囲まれ、無理やり引きずり込まれたのが今ここ、お天道様の目の届かない薄暗い路地というわけである。
「しかしまあ詫びも入れずに笑ってガン飛ばすとはなあ。おかげでアニキもビビッて腰抜かしちまったじゃねえか」
「いやマジでお前、顔面凶器がすぎるだろ……」
そんなこと言われても、こっちは怖くて声も出なかっただけだし、生まれつきの人相の悪さはずっと悩んでいることだ。
薄い眉毛にツリ目の三白眼を、隠そうとして長めにしている前髪も、逆にチラ見せがヤバさを引き立てるらしい。
高い口角のせいで笑ってなくても常時、うっすらジョーカースマイルが浮かんで、油断すると尖った犬歯がこんにちはしてしまう。
学校では「鮫島くんって、何人か殺してそうだよね。鮫だし」とか言われ誰も近寄らない。
子供のころから動物が大好きなのに、お散歩中の大型犬さえ、すれ違いに僕の顔を見ると怯えて逃げ出す始末……。
「時期が悪かった。アニキが高校生のガキ相手にビビったなんて噂が立ったら、いろいろ問題でな」
そういえば跡目争いがどうのこうので、つい先日も隣町で発砲事件があったというネットニュースを、ぼんやり思い出す。
「いま舐められちゃあ、終いでな。しっかりオトシマエ付けさせてもらう」
まだちょっと足元の怪しい紫スーツのアニキが冷たく言い捨てた。同時に子分たち三人が一斉に襲いかかる。
──はあ。一度くらい彼女が欲しかったなあ。
どうせなら岩清水さんみたいに可愛い子と、楽しくお付き合いを……まあ、この顔じゃ無理か……。
あきらめて現実逃避する僕の頭上を、子分たちは放物線を描いて飛び越えていった。そのまま路地の奥にパンケーキみたいに折り重なって、苦しげに呻き声をあげる。
「え?」「え?」
状況が理解できずにハモる僕とアニキ。なんだろう、何らかのものすごい力で背後からふっ飛ばされたかのようだ。
「暴力は、おやめなさい」
そこに凛々しく澄んだ声が鳴り響く。路地の出口の逆光を背負い、悠然と歩を進めてくるシルエットは、すらりと手足の長い細身の女の子のもの。
「あァ? 何者だ?」
向き合って凄むアニキの声をそよ風のように受け流し、光の奥から現れた白のブラウスと空色のプリーツスカートは、僕と同じ高校の女子の制服だった。
そして黒髪ポニーテールにきりりと凛々しい眉、猫みたいなアーモンド型の目にキラキラの瞳。
ああ、間違いない。彼女こそ転校生の岩清水さん──岩清水 凛音、そのひとだ。
「私は異世界帰りです。なので抵抗しても無駄です」
「はァ!? 舐めやがって……女なら許されるとか思うなよ!」
「私は格闘技経験者です」みたいに言う彼女の細腕を、乱暴に掴んだアニキは──なぜか次の瞬間、逆に手首を掴み返され腕をねじ上げられている。
ずっと見ていたのに、何がどうなったのかわからなかった。
「いでででッ、何て力だ!? 離せこのメスゴリラッ!」
岩清水さんの可愛いお顔が、その言葉の瞬間だけ恐ろしい般若に見えた。
同時に彼女が腕をぐいと掲げると、ふわりと空中に浮かんだアニキの体は僕の頭上に放物線を描き、子分たちの上に落ちて四重の呻き声が響いた。
「あ……ありがとう、岩清水さん。強いんだね……」
「礼には及びません。私は、あなたではなく彼らを助けたのだから」
その彼らは、四人で支え合いながら立ち上がると、ふらつきながら路地の奥に向かって逃げていく。
「……えっと、どういう意味?」
「とぼけないで。あのまま放っておいたら、あなたは彼ら全員をむごたらしく殺していたでしょう。今ごろこの路地は、血の海に……」
なぜか哀しげな表情を浮かべて、すさまじい言いがかりを付けてくる。
「そんなことしないし、できないから」
いや、それよりもだ。
彼女は本当に「異世界帰り」だったのか。
目の前であんな超人的な怪力を見せられたら、なろう系的アレコレの末に異世界から帰ってきたのだと納得するしかなかった。
「だって今朝、ものすごく怖い顔で私を睨んだでしょ!」
「いや、顔が怖いのと目付き悪いのは生まれつきだし、睨んでたわけじゃなく……」
岩清水さんが可愛すぎて見惚れてたんだけど。
「まさか、勇者リオンを覚えてないの!? 前世のあなたを──魔王ゾルヴァリウスを倒したこの私を!」
「前世!? 魔王!? いやぜったい人違いだよ!?」
「ふざけないで! ベヒモスも逃げ出しドラゴンも震え上がるその恐ろしい顔を、見違えるわけないでしょう!?」
すごい角度から顔をディスられてる気がする。もはや傷ついていいのかもよくわからない。
「でも、岩清水さんが魔王を倒したのっていつ? 同学年だと年齢合わなくない?」
「合わなくない! 異世界転生と異世界転移では時空にズレが発生するって女神さまも言ってた!」
うーん、ああ言えばこう言う。しかし、いくら言われたところで同じだった。
「じゃあ百歩譲って、僕がその魔王ゾルクアンシエル……だっけ?」
「違います!」
「えーと、ゾル……タクス……ゼ……」
「ゾ、ル、ヴァ、リ、ウ、ス!」
「と……とにかく、そのそいつだったとして、前世の記憶とか全然ないからね」
黙って僕の目をじっと見詰める岩清水さん。
心臓が高鳴る。改めて見てもほんとに美少女だ。今朝の時点でほぼほぼ一目惚れしていたのに、こんな一対一で見つめ合ってしまったらもはや抗えない。
それなのに、彼女はどうやら僕のことを宿敵の魔王の転生者(?)だと思っているらしい。
完全に詰んでるじゃないかそれ。高鳴る胸がそのまま苦しくなってきた。
──そこで彼女は小さくうなずき、口を開いた。
「ゾルヴァリウスは、名前をいじられるのが大嫌いでした。ほんの少し名前を噛んだだけで、四天王の一人をむごたらしく殺したくらい」
いやそれ最低じゃないか。ほんとにそんなのが僕の前世だったら嫌すぎる。
「だから、あなたに前世の記憶がないというのは信じます」
──ああ、良かった。信じてもらえた。
「でもいつ記憶を取り戻して、この世界に害を為すかわからない。監視のために、明日からなるべく一緒に居させもらうから」
「……は……?」
「お昼休みは一緒にお弁当を食べるし、放課後もいっしょに帰るし、あと休日にどこか遊びに行く時も同行するから」
「…………」
「なのでLINE交換しましょう。この世界を守るためだから、あなたに断る権利はありません」
「え……うん、まあ、僕は全然いいんだけど……」
「いいんだけど、何?」
そこまで黙って聞いていた僕は、思ったことを素直に彼女に伝えた。
「それってもはや、付き合ってない?」
「つ!? つつ、つきあう!? だっだだだ男女交際って意味で言ってますかそれ!?」
「うん。岩清水さん、いま自分が言ったことを冷静かつ客観的に考えてみて」
落ちる沈黙。そしてみるみる真っ赤に染まっていく彼女の白い肌。
「……うん……付き合ってます……ね……まあ、あなたがいいなら、それはそれで……」
え……? それはそれでって、どういう………
なぜかちょっと嬉しそうな彼女の表情に、しかし次の瞬間、鋭い緊張感が走る。
「──危ないっ!」
残像を残しながら僕の後ろに移動した彼女は、かばうように両腕を広げる。
僕より頭半個ぶん低い背中越しに見えるのは、路地の奥で紫スーツのアニキが仁王立ち、黒光りする拳銃の銃口をこちらに向ける光景。
「……舐められちゃあ、終いなんでな」
グラサンを外した両目の焦点は宙を泳ぎ、狂気が宿っている。
待って、どうなんだこれ? 異世界帰りの彼女なら拳銃も平気? いやでも異世界に拳銃とかないのでは?
もし……もし彼女が、僕をかばって撃たれたりしたら……?
「大丈夫……です……!」
そのとき彼女の声が、震えていたから。
僕は後先考えず、広げた彼女の腕をくぐって前に回り込んで、恐怖に詰まる言葉を絞り出した。
『やめろ』
聞こえた自分の声があまりにも、地の底から響くように低く冷たくて、ぞわり鳥肌が立つ。
泳いでいたアニキの両目はいっぱいに見開かれ、僕の顔を凝視している。銃口はめちゃくちゃに震えて定まらず、ガチガチと歯の鳴る音がここまで聞こえた。
ダメ押しに前髪を上げて三白眼を全開に、満面のジョーカースマイルを浮かべると、「ヒッ」と息を呑む音に続いてスーツの股間に黒い染みが拡がる。
それほどまでに、僕の顔が怖かったのだろう。
ベヒモスも逃げ出しドラゴンも震え上がる、恐ろしい魔王の形相が。
『──行け。二度と顔を見せるな』
再び響き渡る魔王の声に、背を向けた彼は何度も転びながら路地の奥へ消えていった。
同時に、ぺたんと腰が抜けたようにその場にへたり込む岩清水さん。
──そのとき、僕は思い出した。
魔族を率いる魔王として、彼女と何度も戦ったことを。冷酷で残虐だった自分が、彼女の純粋な心に触れて少しずつ変わっていったことを。
けれども、魔王はあまりに罪を犯し過ぎていた。だから、彼女に討たれることを選んだ。
『……別の出会い方をしていたら……俺は、お前と……』
そして彼女の腕の中で、魔王が灰になって消えたことを。
「──あいかわらず詰めが甘いな、勇者リオン」
「……!? ……ゾルくん……?」
「その呼び方はやめろって、言ったじゃないか」
「……っ……探したんだよ……!」
差し出した僕の右腕に、すがりつくようにして立ち上がった彼女は、そのまま僕の胸に抱きついて泣き出していた。柔らかな感触と仄かなぬくもりと、そして甘い香りと……抱きしめる怪力と……。
「……ぐぇ……」
「あ! ごめんなさい私……」
肋骨が数本逝く寸前で気付いてくれた彼女は、腕の力を緩めて僕の顔を見上げた。
至近距離の上気した頬に、潤んだ瞳の上目づかい。肋骨どころか心臓をぶち貫かれる。
「それにしても顔、怖すぎです。前世より怖いかも」
「えっ!? そうかな……なんかゴメン……」
岩清水さんは、異世界帰りの勇者。でも今の僕は、顔が怖いだけの高校生。
「ううん。私はその顔も、好きだよ」
──僕たちは、別の出会い方ができた。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければブクマ登録や★でご評価いただけますと、なによりのモチベになります!