避暑地の六甲山で結ばれた君臣の誓い
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
夏特有の刺すような日差しと蒸し暑さも今は昔、この頃は吹き抜ける涼風に秋の訪れを感じるようになりましたよ。
私こと愛新覚羅紅蘭が承徳の避暑山荘から北京への帰路についたのも、そんな初秋の日の事でした。
「御帰りなさいませ、愛新覚羅紅蘭女王陛下。御健勝の御様子で何よりで御座います。」
「ああ、翠蘭…」
紫禁城に帰朝する私を折り目正しい拱手礼で出迎えてくれた、顔馴染みの文武百官達。
その中でも一際気品に満ちた微笑を浮かべる初々しい満洲服姿と目が合うや、私の頬も自ずと緩んでしまうのでした。
中華王朝の天子として万民の慈母である事が求められる私ですが、やはり血を分けた我が子は殊更に愛おしいのですよ。
「貴女も御元気そうで何よりですよ、翠蘭。太傅を始めとする文武百官の言い付けを正しく厳守し、公務や勉学に励まれた事が一目で分かりますよ。」
こうして次期王位継承者である愛娘の笑顔に出迎えられると、王城である紫禁城へ戻ってきた事が改めて実感させられますね。
有事の際に愛新覚羅王家の血脈を残すためとはいえ、離宮での避暑に娘を同行させてあげられないのは、やはり心苦しいものです。
とはいえ、そうした葛藤は我が愛新覚羅王家に限った事では御座いません。
恐らくは我が国と同じ立憲君主制国家である日本やイギリスのロイヤルファミリーの方々も、今の私と同様の葛藤を抱えていらっしゃるのでしょうね。
いずれにせよ、こうして紫禁城の玉座へ戻って参りますとホッと一安心致しますね。
確かに承徳市の避暑山荘は風光明媚で気候も良く、各地の名刹を参考に築かれた離宮や泉質の良い温泉まであるのですから、避暑には最適な場所と言えるでしょう。
とはいえ康煕帝が造営し乾隆帝の代に完成した避暑山荘は単なる避暑地ではなく、我が愛新覚羅王家の御先祖様の縁の地にして中華王朝と清朝を繫ぐ歴史的な意味合いの強い離宮なのですからね。
幾ら避暑という名目ではあっても、物見遊山のような浮かれた気分で訪れる訳にはいかないのです。
そうした考えが脳裏を過った事もあり、玉座に腰を下ろした私はこのような事を口走っていたのでした。
「避暑山荘の離宮で過ごす夏の日も悪くは御座いませんが、日本の六甲における避暑は良う御座いましたね。あの六甲山での避暑は、生涯忘れる事は出来ませんよ。」
今でこそ中華王朝の天子として玉璽を預かる立場ですが、十代の頃の私は一介の華僑の娘に過ぎなかったのです。
生まれながらの王族である翠蘭とは、そこが大きく異なる点ですね。
こうして玉座に腰を下ろしておりますと、華僑の娘として日本で過ごしていた時代が遠い過去のように感じられますよ。
されど当時の私をよく知る貴女がこうして同席して下さるからこそ、私は初心を忘れずにいられるのでしょうね。
「はっ!仰せの通りで御座います、陛下。」
いつもながら、打てば響くような即答振りですね。
思えば私が清朝の末裔である事を改めて意識するようになってから、私の側には常に貴女が寄り添って下さいましたね。
貴女は上将軍としての軍装である青と金の鎧がすっかり板に付き、私も紫禁城の文武百官達から「陛下」と呼ばれる事に慣れましたが、こうして二人で顔を合わせておりますと若き日の思い出が鮮明に蘇ってくるようですよ。
「陛下は神戸南京町の貿易商で、私は大阪市の本田一番町の美術商。同じ関西住まいの華僑の娘だった私達が同じ日に六甲山へ避暑に赴き、青春の大志を語り合う事で意気投合を果たした。あの夏の日の陛下と私の出会いは、私達二人は勿論の事、その後の東亜の歴史をも変えてしまったのですから…」
「仰る通りですよ、司馬花琳将軍。もしも夏の六甲で貴女と出会っていなければ、今の私は存在しなかったでしょう。王政復古派の華人達の旗印になる事も、清朝の皇位継承権を駆使して中華王朝を建国する事もなく、単なる一介の華僑として南京町で生涯を終えていたのかも知れません。」
武官の筆頭である上将軍にして、建国以前からの腹心。
そして何より少女時代からの刎頸の友。
そんな貴女に応じながら、私は夏の日の六甲山に思いを馳せていたのでした…
六甲山の山頂は開けた眺望が実に素晴らしく、西には淡路島や播磨平野、東には生駒山や大阪平野が視界に広がり、天気が良ければ紀伊山地や丹波高地まで望めるのです。
そうした見事な絶景は勿論ですが、羊の放牧されている観光牧場や泉質の良い温泉も備えているので、関西の人々にとっては絶好の行楽地と言えるでしょうね。
それに加えて神戸の市街地より五度前後も気温が低いのですから、夏場ともなれば関西各地から避暑目的で沢山の観光客が訪れるのです。
そしてそれは、当時の私も含めた神戸や大阪市の中華街の住民にとっても同様なのでした。
実際、私を避暑に誘われた祖母の才蘭は、この風光明媚で気候も穏やかな六甲にすっかり魅せられていたようでした。
「御覧なさい、紅蘭さん。ここから眺める神戸の景色も、それは見事な物ですよ。」
「えっ、ええ…仰る通りですね、御祖母様。」
早くに両親を亡くした私を親代わりに育てて下さった祖母の優しさには、感謝してもしきれません。
この六甲山での避暑に関しても、中国大陸を追われるようにして日本へ亡命した私を気遣っての事だというのはわきまえております。
とはいえ当時の私には、「自分だけこのように安穏と過ごしていて、本当に良いのだろうか?」という疑問がどうしても生じてしまい、人並みの楽しさを無邪気に享受する事に躊躇いを感じていたのでした。
それも全ては、私が祖母を頼って日本へ亡命するに至った原因と直結するのですが…
そんな私の様子を察したのか、祖母は実にさり気ない形で助け船を出して下さったのです。
「どうやら紅蘭さんは、些か御疲れのようで御座いますね…いかがでしょう、あちらの台湾カフェで一休みされては?冷たい物でも召し上がれば、また元気になるでしょう。」
私に気を遣わせまいという何気無い祖母の真心には、本当に恐悦至極で御座いましたよ。
そして何を隠そう、その真心に報いるべく来店した喫茶店こそ、私と我が中華王朝の運命を大きく左右する出会いの場だったのです。
「おや、あの方は…」
台湾カフェという事もあり、客層の多くが中華系である点に関しては予想の範疇でした。
されど先客として来店されていた貴女が御召しの青い漢服の鮮やかさたるや、店内で殊更に際立っていたのですよ。
それもそのはず、中華風の民族衣装に袖を通していたのは、店員の方と満洲服を着用した私を除けば、貴女だけだったのですからね。
しかしながら、私が貴女に興味を惹かれた理由は服装だけでは御座いません。
歴史ある高貴な家柄を感じさせる上品な立ち振舞いに、何らかの野心と大志を胸中に秘めている事を伺わせる情熱的な眼差し。
そうした只者ではない風格を本能的に感じた私は、貴女に強い関心を寄せたのでした。
「ほう、貴女は…」
それはどうやら、貴女も同様だったのでしょう。
清茶を啜る手を止め、私の方へ向き直ったのでした。
その澄んだ青い瞳に宿る光の、何と力強かった事でしょう。
これこそ正しく、青春の大志を抱く若人の眼差しなのでした。
「御無礼を承知で申し上げますが、同席しても宜しいでしょうか。貴女とは楽しいお話が出来そうにお見受け致しましたので。」
「構いませんよ。家人と一緒に避暑に来たものの、少し物思いに耽りたくなりましてね。貴女と語らっているうちに、何か糸口が掴めれば幸いです。」
そんな私の申し出に、貴方は快く応じて下さいましたね。
そうして気を遣うように席を外した祖母に黙礼すると、私は貴女と相席して単刀直入に切り出したのです。
「差し支えなければ教えて頂けないでしょうか。貴女が糸口を掴もうとされている課題とは…」
「我が民族と故郷の現状と将来について、今の自分に何が出来るのか。それを憂いているのですよ。このまま惰眠を貪っている訳にはいかないが、焦るばかりで何も出来ない。そんな自分が許せないのです…」
この一言に、私は思わず息を飲んでしまったのです。
何しろ貴女が抱えていた課題は、当時の私の悩みと同じ物だったのですから。
第二次大戦の前後における政争で混乱に陥った中国大陸は、今回の戦争にも満足な対応を出来ずに壊滅的な被害を被り、破壊と殺戮の猖獗を極める焦土と化してしまいました。
向ソ一辺倒によって旧ソビエトの影響を受けた当時の政府も既に滅亡し、今は多国籍軍と敵勢力が血で血を洗う有り様。
幸いにして私は日本に亡命する事で戦禍に巻き込まれずに済みましたが、故郷が敵対勢力に蹂躙されるのを報道で見聞きするのは本当に辛い事で御座います。
とはいえ果たして、当時の私に何が出来たのでしょうか。
幾ら清朝皇族である愛新覚羅家の直系にして皇位継承者であるとは言え、辛亥革命や北京政変を始めとする様々な政変を経た後では、その発言権や影響力など高が知れています。
そうした事情を鑑みた祖母の勧めもあり、当時の私は漢性を名乗っていたのでした。
しかしながら、所詮は単なる逃げの一手でしかなかった。
その事に気付かれたのは何を隠そう、あの時の貴女の一言だったのですよ。
「全く、今の己の不甲斐なさに閉口させられるばかりですよ…諸葛孔明と幾度となく争った司馬懿仲達殿に、武皇帝として即位した司馬炎殿。そうした綺羅星のような偉業を成し遂げた御先祖様に、今の有り様で如何に顔向けすれば良いのやら…」
「司馬懿に司馬炎…すると貴女は晋王朝を興した司馬氏の…?!」
何と驚くべき偶然なのでしょうのか。
かつての王室の血脈を現代にまで受け継ぐ者が二人も揃い、混迷する時代に己が為すべき事について思い悩んでいるだなんて。
「仰る通りです。この司馬花琳、八王の乱を生き延びた司馬一族の直系で御座います。晋朝の皇位請求権者であるにも関わらず、未だ何の成果も挙げられていない不肖者では御座いますがね。」
口振りこそ自嘲的では御座いましたが、貴女の美貌にも眼差しにも諦観めいた様子は一切見受けられません。
そこにはただ、大志を抱く若者の情熱があるばかりでしたよ。
「そう仰る貴女様も、どうやら一介の俗人では御座いませんね。御召物や立ち振舞いから、満洲族の貴き御方と御見受け致しました。差し支えなければ、どうか御尊名を…」
何時しか私も、貴女に親愛と共感の念を抱き始めたのでしょう。
やがて請われるがままに、己の素性を詳らかにしたのです。
「夏紅蘭…いいえ、私は愛新覚羅紅蘭と申します。今は漢姓を名乗っておりますが、これは故あっての事とお察し下さい。私も太祖の努爾哈赤や太宗の皇太極に恥じない生き方を出来ているのか、思い悩む日々を送っている次第です…」
「愛新覚羅、すると貴女は清王朝の!?」
あの時の貴女の驚き様は、今でもよく覚えておりますよ。
まるで電流を浴びたかのようにサッと背筋を伸ばすや否や、洗練された動きで拱手の礼を示したのですからね。
「お待ち下さい、花琳さん。清朝と申しても過去の事で御座います。そう固くならずに…」
「は、はあ…」
そうして慌てて宥め賺す私に合わせるようにして、貴女は直ちに時揖の礼へ御改め下さいましたね。
その何気ない心遣いが、本当に嬉しく感じられましたよ。
こうして互いの身の上を明かした私達二人は、当時の社会情勢を論じるうちにすっかり意気投合致しましたね。
そうして私達の間には、非常に強固な絆が育まれたのです。
個人の漠然とした理想を、共通の大志へと昇華させられる程に。
「因習や悪癖とは決別した上で先人達の歴史や文化の長所を受け継ぎ、国際社会との協調と民族協和を両立する新たなる王朝国家の建国。私一人では単なる夢物語に終わる所でしたが、貴女とならば実現出来る望みが出てきたという物で御座いますよ。清朝の皇位請求権を御持ちの貴女ならば、世界各地に散った王政復古派の華人達の希望となる事でしょう。」
「私への過分なる御期待、恐悦至極に御座います。しかし、私如きに天子が務まるでしょうか?皇位請求権なら、花琳女史も御持ちのはず…」
王制派の華人達への呼び掛けと、国際社会と世論を味方につけた上での皇位請求権の行使。
そんな大任に戸惑う私を後押しして下さったのも、貴女でしたね。
「いいえ、紅蘭殿。人間誰しも各々に見合った器が御座います。私の見込みでは、玉璽を持つ天子の地位は貴女にこそ相応しい。決して奢る事なく他者の意見に耳を傾けられる、慎み深さと謙虚さを御持ちの貴女にこそ。そして私は、貴女の仁政を支える盾となり矛となりましょう。それこそが私の器であると自負しております。」
「成程、王佐の才という訳ですか。それは心強い限りですよ。荀彧を部下に得た時の曹操は『我が子房を得たり』と心強く感じたそうですが、そんな曹操の気持ちが今の私にはよく分かりますよ。」
御互いに支え合えば、きっと私達は高みを目指せるだろう。
そう信じられたからこそ、私は夏の日の六甲山で貴女と君臣の誓いを立てる事が出来たのですよ。
そうして私達は、共に目指した夢を実現する為に奔走したのでした。
多国籍軍に義勇兵として志願して荒廃した大陸の現状をこの目で確認し、世界各地に散った王政復古派の華人達への呼び掛け、華僑や軍人としてのコネを活用して人脈を形成して。
その過程で私達は、沢山の素晴らしい方々と出会う事が出来ましたね。
宰相である相国としては勿論の事、亜父として長きに渡って私を支えて下さった徐福達老師。
そして次期天子である翠蘭第一王女を懇切丁寧に教え導いて下さっている、太傅の完顔夕華。
そうした今日の我が中華王朝になくてはならない優れた文武百官を得る事が出来たのも、貴女の後押しや励ましがあってこそ。
当時の私は貴女を曹操にとっての荀彧に例えましたが、今にして思えば苻堅にとっての王猛や劉備にとっての関羽と張飛に勝るとも劣らない程に、貴女の存在は大きくて掛け替えのない物なのですよ。
荒廃した祖国の復興や王朝の存在を良しとしない旧体制派の反乱鎮圧など、中華王朝初代女王として即位した私には様々な困難が降り掛かりました。
それらの難局を乗り切れたのも、貴女が支えて下さったからなのです。
「まだ司馬氏の後継者という事を意識しておらず、自己認識が大阪市の華僑令嬢で留まっていた頃の私は、避暑に訪れた六甲山から眺める絶景を無邪気に喜んでいた物ですが…陛下に御会いした事を機に生涯を賭けるに足る夢を持つ事が出来、ここまで達するに至りました。」
「それは私も同じ事ですよ、司馬花琳将軍。あの六甲山から望んだ眺望よりも、今の私達は高みに来ているのでしょうね。何時の日か国政を後継者達に安心して任せられるようになったら、また貴女と一緒に六甲山へ避暑に行きたい物ですよ。」
その時の私達の目には、六甲山からの眺望はどう写るのでしょうか。
その日の為にも、中華王朝を繁栄させて世界中から愛される国にしなければなりませんね。