只今、屋上観察真っ最中
星城学園二年E組、出席番号14番、逆羽和葉。
現在、屋上の貯水タンクの上から女子団体によるイジメの現場を眺めている真っ最中。
しばらく眺めていると、飽きたのか知らないがイジメていた娘を残して去っていた。
やれやれ、やっと静かになった。
放課後の屋上など、告白かイジメぐらいしか訪れる人は居ないであろうから、俺が何時もここに居ることは誰も知らない。
貯水タンクの上から降りてイジメられていた娘の隣まで歩く。
「今の、イジメだよね」
突然声を掛けられてビックリしたのかその娘はビクッと肩を震わせて顔を上げた。
「え・・・・・・逆羽・・・くん?」
「ん・・・なんで俺のこと知ってんの?」
その娘はなにやら戸惑っている様子で口を開いた。
「なんでって・・・同じクラスだから」
こいつ、同じクラスのやつだったのか・・・
興味なかったから記憶にすらなかったわ。
「あ~・・・やっちまった・・・・・・」
おそらく戸惑った様子を見せたのは俺の態度があまりにも違うからだろう。
まぁ、いいか
「このこと、誰にも言うなよ。面倒だし」
普段、クラスでは愛想よく笑顔なんてものを振りまいて、好青年っぽく振舞っている。
だって、そっちの方が世渡りするのに便利だろ?
「お前、名前は?」
無表情でイシメられていた女に問いかける。
「坂口希美」
希美ね、よし覚えた。
「で、いつから?」
「え?」
「だからイジメ、始まったの」
「もう、ずっと前からだよ・・・・・・」
そう言って俯く。
その表情が、どこか引っかかった。
前にも見たことある表情。
愁いを佩びた疲れきった顔
「・・・お前、もしかして死ぬ気?」
そう聞くと、ビクッと肩を震わせた。
やっぱりな
「じゃぁ、死ぬ前に俺に一日付き合えよ」
俺の言葉に意味が分からないと言った表情をする。
「んじゃ明日、午前9時に駅前ね」
「え・・・、明日って学校あるよ?」
「だから?」
「えっと・・・サボるの?」
「死ぬのにサボるとか関係あるのか?」
「っ!」
優しい言葉なんて掛けてやらない。
そいつが命をどうしようがそいつの物なら別に文句は言わないさ。
それが俺のモットー、無関心無関係。
つっても人間、一人じゃ生きていけないのも事実。
だから、必要最低限の関係しか持ってない。
しかも、表面上のね
「明日、絶対来いよな」
そういい残して屋上を後にする。
んで翌日、俺が時間通りに指定した場所に行くと
「お、ちゃんと来たな」
先に来ていた希美の頭を撫でる。
なぜかって?
撫で易い位置にあるからだ。
俺のそんな行為にも顔を真っ赤にさせる希美に、知らずと微笑がこぼれた。
「おし、それじゃ行くか」
「どこに行くの・・・?」
「・・・内緒」
俺の隣を歩く希美を改めて見る。
淡いピンクのワンピースに可愛らしい花柄のハンドバック。
初夏を目の前にしたこの季節にふさわしい格好だ。
各言う俺も、ノースリーブの黒いシャツに、黒いGパンという姿なのだが。
歩くこと30分
見えてきたのは青い屋根の建物
「ここって・・・」
「入りゃわかるさ」
困惑する希美を置いてさっさとドアを開ける。
「ちぃ~っす」
入ると直ぐにエプロン姿のおねーさんが迎えてくれた。
「あら、和葉くん今日は彼女連れなの?」
「そっすよ~、羨ましいでしょ?」
何時もみたいな軽口を交わす。
彼女とか言われて隣で顔を真っ赤にしてる希美。
頭撫でたときも思ったが、初心だなこいつ。
とりあえず、さっさと奥に進む。
突き当たりにあるドアを開けて部屋に入ると、そこにいたガキたちが何事かと顔をこちらに向けた。
「あー! 黒い兄ちゃんだ!」
顔を輝かせて群がってくるガキ達に、若干怯えてる希美。
「ねー黒にーちゃん、この人だぁーれ?」
ツインテールの女の子が希美を指差して聞いてくる。
「おう、聞いて驚け。俺の彼女だ」
俺がそういうと、ツインテールの女の子がムッとした顔をして
「あたしのこと彼女にしてくれるって言ったのに!」
なんて叫んだ
「おい、俺がいつそんなこと言った?」
なんて俺の話を聞かずに、最初に俺のことを呼んだガキが
「黒い兄ちゃんってロリコンだったんだー」
とか言いやがった。
「誰がロリコンだ!」
ちょっと声を荒げて言うと
「わー! 黒ちゃんが怒ったー!」
そう叫んで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「えぇい! 黒ちゃん言うんじゃねぇ!! まるで猫みたいじゃねーか!」
逃げる者は追う、これ鉄則。
「待てコラー!」
「わー」
「きゃー」
そんな俺らのやり取りを見て、希美は笑っていた。
ちゃんと笑えんじゃねぇか
俺が余所見を見ている間に、狡猾にも仕掛けられた縄跳びに足を取られて転倒。
そこに群がってくるガキども。
流石に一対多では、いくら子供とは言っても勝てる物ではなく
「こら、顔にラクガキするな! おい! なにちゃっかり頭に猫耳なんてつけてやがる!」
好き放題やられた後やっとの思いで魔の手から逃れた俺の顔を見て、希美が顔を逸らして震えていた。
「ちきしょう! 笑うなら思いっきり笑いやがれ!」
俺がそういうと、希美は目に涙を溜めて笑っていた。
石鹸で顔を洗ってから改めて鏡を見る。
「油性ペンで書きやがって、ヒゲが消えねぇ」
頭に猫耳、顔にはご丁寧に三本ヒゲまで書いてくれやがった。
何度も顔を洗って、やっとのことでラクガキを落として部屋に戻ると、希美がガキたちに絵本を読んでやっているところだった。
「おう、待たせて悪いな」
俺に気づいた希美は絵本を閉じて立ち上がった。
「えーお姉ちゃんもう行っちゃうのー?」
ガキたちから不満の声が上がる。
そんな声に希美は
「ごめんね」
と謝っていた。
「それじゃまた来るからな」
俺が何時ものようにそう言うと
「ばいばい黒にーちゃん! おねーちゃんもまた着てねー!」
すっかりガキどもに懐かれていた希美だった。
夕日が傾く街を並んで歩く。
今朝よりは、生き生きした顔をしている希美を連れて、今度はこじんまりとした教会に来た。
「こんにちはシスターさん」
「はい、こんにちは」
修道服に身を包んだ穏やかな笑顔のシスターさんは俺の隣にいる希美を見て、穏やかな顔をさらに緩ませて微笑んだ。
「奥、行っても平気っすか?」
「えぇ、大丈夫よ」
そういわれて、俺は入ってきたのとは違う扉を潜って奥に進んだ。
「ここの教会な、病院の院長が立てた物なんだ。だから」
少し歩くと、病院の裏口に着いた。
裏口を開けて、直ぐ近くにあるエレベーターに乗って最上階に行く。
そこで下りて、右手側にある病室へと入る。
「おっす、お前ら元気か?」
俺が声を掛けると、ベッドに横になっていた子供たちが顔を輝かせた。
「あ、黒さん。今日は彼女連れですか」
「もー黒さん、何人目ですか」
小学生の高学年くらいの子から中学三年生くらいの子まで、ここに入院している子供は様々だ。
「何人目だろうな、俺もわかんね」
そう言いながら、ポシェットから御菓子を取り出して配る。
「もう子供じゃねーんだから御菓子じゃなくて別のにしてくれよ~」
なんてふて腐れるような口を利く男の子だが、言葉に反して顔は笑っている。
「じゃあ次からマオだけ花束な」
「げ、それは勘弁。あれ、置き場に困るんだよな~・・・」
病室でしばらく雑談した後、俺たちは病院を後にした。
「あそこに入院してるやつらな、助かる見込みが殆どねーんだ」
「っ!」
希美も打ち解けて仲良く話していたからだいぶショックだったのだろう。
「俺らが過ごした今日は、あそこに居る誰かが願った明日だったかもしれないな」
俺の言葉に、希美は俯いたまま答えない。
「さて、じゃあ最後にお前が一番行きたい場所に連れてってやるよ」
そうして俺らが向かったのは
「なん、で、ここ・・・なの?」
星城学園の屋上
「だって、死ぬんだろ? そのためにわざわざ遺書までハンドバックに入れてきたんだろうし」
俺の言葉に、ハンドバックをギュッと握る。
「お前の最後、俺が看取ってやるからさっさと飛べよ」
希美は黙ったまま俯いて動かない。
長い間お互いの間に沈黙が流れる。
それを破ったのは希美だった。
「あたし・・・・・・・・・死に、たくないよ・・・・・・」
涙をぽたぽたと零しながら、希美は続ける。
「施設の子供たちも、病院で話した子達も、笑ってた。あたしより、辛い筈なのに、皆、笑顔で・・・」
「それに、坂羽くんが言った『俺らが過ごした今日は、あそこに居る誰かが願った明日だったかもしれない』なんて、聞いたらあたし、死ねないよ・・・・・・」
「・・・・・・だったら、生きりゃいいじゃん」
俺の言葉に希美はその場にへたり込んで声を上げて泣いた。
その後、希美を家まで送り届けて俺も家に帰った。
俺にとってはどうでもいい話なのだが、どうやら希美はイジメられている事を両親に話して学校に訴えたらしい。
教室で楽しそうに笑っている姿を見かけるようになった。
星城学園二年E組、出席番号14番、逆羽和葉。
今日も、屋上の貯水タンクの上から何が起こるか屋上観察真っ最中。
次は、君の番かもね・・・・・・
勢いと気まぐれで描いた。
ちょっとでも何かを感じてくれれば嬉しい限りです。