6.集団カプグラ症候群
山県と保阪はこれらの怪情報が、点と点がつながらないか、議論を交わした。
検証の結果、二人はこう結論を導き出した。――それはとてつもない飛躍した答えに思えた。
見座が異星人――それも侵略者ではないかと推測した。あたかもカメレオンのように、擬態して人間社会に溶け込み、ひそかに転覆を狙っているのではないか? まわりくどいやり方ではあるが……。
「見座 リツコが侵略者だと仮定して……。だとしたら、この地球に、なんのために侵略しようとしているんだ? 女優として活動していた必要性は?」
と、山県。
「そこがミソだ。多くの人の耳目を集める地位にあるべきだったんだ。いろんなメディアを介してカリスマ性を発揮し、男たちが群がるようにする。じっさい近づいてきた男たちをキスで、イモガイの毒銛のように脳に種を撃ち込む。そして脳内で発芽させ、頭部を花に変えてしまう」
「イモガイの譬えは置いといて、種を発射するのといい、頭が破裂して花が咲くって表現といい――見座の正体は、植物型のミュータントじゃないか?」
山県は、熾っている炭火を見つめた。
「あるいはそうかもしれん」
「この写真集にしたってそうだ。おおよそ6パターンの見座 リツコがある。購入者の大半は男だろう。男にとって好みの異性に微妙に変異させ、気に入られるようにする狙いがあったのかも」
「ルッキズムが反対されるご時世に、いかがなものかと思うけどな」
「見座の正体が植物型のミュータントか、地球外からやってきたエイリアンでもどっちだっていい。男たちの頭に種を撃ち込んで開花させ、花の頭の人間に変えてしまう。つまり、なにが狙いだ?」
「こんなときこそ、花人間の立場になって考えてみろ」と、保阪は人差し指をこめかみに突きつけた。「純粋に種の保存じゃないか? 種を蒔く土壌を捜していたとしたら。地球まるごと奴らの領土にするつもりなんだ。地球人にとって、性的魅力に映るように何組もの女に姿を変えて、男を誘っていた可能性が高い。とにかく異性に近づき、交配させようとする。性的交渉までいかずとも、口づけだけで種を植え付けられるのだから、繁殖はかんたんだ。ゾンビのように増殖し、変態した花人間もまた、新たな獲物をえじきにしてしまう――」
「植物の擬態で思い出した。まるでビーオーキッドそのものの生態じゃないか!」
山県が言及したように、ビーオーキッド(蜂蘭)と呼ばれるオフリス属のランの仲間がある。
唇弁(ラン科の植物に見られる下側にある花びら)がなんと、ハナバチのメスに酷似しているのである。ふつう、擬態は昆虫や動物が得意とする。そんななか、植物が自然界を生き抜くために擬態を使いこなす稀有な例として知られているのだ。
ビーオーキッドは翅の形や丸っこい腹部、うぶ毛の生えているところまでそっくりに模倣している。メスのフェロモンのような香りまで放つというから芸が細かい。ハナバチのメスに似せることでオスの欲情を誘い、花粉を運ばせるのが目的だとされている。
オスが交尾しようと、ビーオーキッドの擬態メスに乗っかるのだが、交尾に失敗したと思い、別の花弁に移動する。その際に、前の花粉によって受粉が成立するのだという。
「擬態を使いこなすビーオーキッド型のミュータントにしろ、侵略型エイリアンにしろ、本体は今のところ見座ひとりなんだろうか?」
山県は素朴な疑問を口にした。
「というと?」
「被害者は男限定なのか? もしかしたら、すでに男版も存在し、人知れず数多くの女性がえじきになっているかもしれないじゃないか」
「今のところ、女の頭が割れて花が咲いたって情報はないが、水面下で、あるいは……」
「それにしても、なぜ見座はスローペースで侵略してきたんだ? 一人一人口づけして脳に種を生み付けているようではコスパが悪すぎる。男版がいたとしても、1億超えの日本人を花人間に変えようにも、途方もない時間がかかるぞ」
「奴らなりに、力を蓄える必要があったのかもしれん」と、保阪は思案顔で言った。「まさか、スマホが普及するとともに、無気力型の人間が増えた。表情が平坦で、スマホの画面にかぶりつき、人間関係の希薄な人々が。それはもしかしたら、見座の毒牙にかかっているとしたら!」
「いや……。それは誇大妄想だな。あんまり関係ない」
「たった今、思いついた。見座に関わった人間の記憶まであやふやにされる、なかったことに変更される。違和感なく、ストンと腑に落ちるやり方。――種にちがいない。種が右脳に働きかける、右脳の機能を狂わせる。物理的に脳に損傷を与えることなく、改ざんできるのかも!」
「集団カプグラ症候群みたいなもんか。人類規模の」と、山県は眼を瞠った。「……しかし、見座に口づけされ、種を植え付けられたのならわかる。植え付けられていないのに、どうやって人の記憶を操作できるんだ?」
「それこそが、見座が女優をやっている必然性なのかも……。テレビや、映画のスクリーン、そしてこんな写真集なんかの媒体を通して、怪電波を飛ばしていないとも言いきれないだろ!」
「怪電波って、おまえ」
「あるいは――僕らは憶えていないだけかもしれない」と、保阪はわなわなと身体を震わせ、山県を見た。「どこか、ビルとビルのすき間の暗がりで待ち伏せされ、通りすがりに誰かに引っ張り込まれたのかもしれない。そのときに口づけされ、脳に種を植え付けられたとしたら? 僕らは果たして、無事だと言いきれるのか!」
そのときだった。
二人は、背後から忍び寄る気配に気付かなかった。
テントの裏から何者かがシャベルを手にしたまま現れ、やおら保阪の頭に振り下ろされた。
シャベルの裏側で思いっきり殴られ、保阪はメガネを吹っ飛ばし、気絶した。
◆◆◆◆◆
「よくぞ、人間の分際で、そこまで言い当てたものだな」
「恐ろしいまでの推理力――いや、妄想力だ。褒めてやろう。ただし、全部が正解とは限らぬが」
「我が使命を白日の下に晒されてはならんのだ。せっかくだが、おまえたちにとめることはできはせぬ」
「種の保存が我らの望みだって? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれんぞ」
「植物型ミュータントか侵略型エイリアンか。その点については笑止千万だな」
「いちばん最後のやりとり――スマホ依存で、無気力人間が量産された件は、我らにはあずかり知らぬこと。一緒くたにされては困る」
山県は、横一列になった6人の女たちと対峙していた。
右手奥で賑やかな女性グループ6人組は、てっきり仲のいい家族か、スタイルのいいシルエットから、モデル仲間かと思っていたのだが……。
その女たちは、男ら二人を監視し、聞き耳を立てていたらしい。
この夕焼けのなか、つぶさに見れば、6人とも見座 リツコだった。
揺らぎのある写真集の女たちだった。6パターンが勢ぞろいしていたのだ。
いずれも微妙に背丈が異なるが、顔立ちに共通点がある。姉妹だと言えば、合点がいくかもしれない。
女たちが口にした謎めいたセリフから、山県は窮地に陥っていることを悟った。
裏腹、山県は本能的に、左から3人目の女がタイプだと思った。理想の異性として映った。
妖艶バージョンの見座だった。身体から見えざるフェロモンが陽炎のように立ちのぼっているかのようだ。
見つめられた。
艶然と、花の咲くような笑顔を向けられると、たちまち山県は虜になった。
磁気を帯びたような強烈な吸引力。抗いがたい。
好きにならずにはいられなかった。
妖艶タイプの見座だけが近づいてきた。
むせ返るような、蜜の匂いを放っている。
見座はそばに来ると、顎をあげた。山県の方が10cm以上背が高いのだ。
すぐ眼の前に、赤い唇がぬらぬらと光っている。
さながら花冠の中心の雌しべみたいに濡れていた。
山県は、生唾を飲み込んだ。
口づけせずにはいられない。
拒否できなかった。




