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5.発芽

 二人は、他に秘密がないか、もっと過去に遡って探ってみることにした。いかがわしい電子掲示板での書き込みをも追究してみた。

 嘘か誠か、見座 リツコにまつわる怪文書が出回っていた時期があったというのだ。見座と関わった男たちによる告発だった。


 彼女と恋仲になった男たちは、一様に頭痛を訴えるようになった。

 ある男優が見座と共演したとき、一夜限りの性交渉を持った。

 その後、同様の激しい頭の痛みから仕事ができなくなり、脳のCTを受診。脳に腫瘍が見つかったというのだ。摘出手術し、生検の結果、衝撃の事実が明らかに――。

 それは悪性腫瘍ではない、なんらかの『種』だった。


 種は植え付けられたこと自体にも気付かず、日常生活を送ることができた。

 しかしある潜伏期間を経て、それはとんでもないものに姿を変えた。がん遺伝子検査の過程で、突如、種は変異した。

 

 発芽(、、)してからはあっという間だった。

 種を植え付けられた男たちの頭部は、地雷が炸裂したかのように四散した。

 肉が弾け、頭蓋骨までが原型もなく砕けたのに、その中心部の脊髄にはつぼみが残っていた。

 見る間に蕾は開花した。


 あでやかな赤や黄、青の花が咲いた。胴体は人間なのに、頭部だけが花なのだ。

 奇怪なことに、そんな状態で生きているのだという。

 あまりの奇抜な内容に、山県と保阪は顔を見合わせた。


◆◆◆◆◆


「これって、完全に一線を超えてるだろ……」


 山県は、あまりの常軌を逸した記事に、両眼を見開いて言った。


「なんでこんな情報が、今まで見すごされてきたんだ。これって警察が動く事案だろ。警察どころか科学犯罪捜査班レベルだ。なのに公にされず、世間も騒がないってどういうことだ?」


 と、保阪。


「まだ探れば、なにか出てくるかもしれん」


「なら、徹底的に見つけよう」


 二人は頷き、スマートフォンをスワイプし、さらにネットの世界に没入した。

 長い夕方だった。さっきからずっと夕日が木々の隙間からさして、あたりをオレンジ色に染めているというのに、一向にかげってこないのはどういうわけか。

 山県たちは疑問すら抱かず、スマホの画面に集中した。




 掲示板の続きを読んだ。

 某人物のX(旧Twitter)でのツィートがコピーされていた。


『以前、クラブで飲んでると、隣の席に女優の見座 リツコがいた。『ダウジングの人』、アマゾンプライムで観た。あの物語狂ってて好き。主役をつとめた見座も、やさぐれた感じがエロくて好きだった。メンヘラは勘弁だけど。』


『試しに話しかけると、息が合った。お互い酒に酔ってたせいもあって、いい雰囲気になったんだ。』


『「キスしよっか」って、冗談半分で言ってきた。あの美人顔で近づいてこられてみろ。おれは逆らえなかった。ためらいもなくブチュッとやってしまったわけ。』


『そしたら、びっくりするほど長い舌が入ってきた。はじめこそうっとりするほどキスに痺れたが、すぐに嘔吐感に襲われたの。人間ドックで胃カメラを挿入されたのと同じ。いきなりだから驚いたのなんの。』


『舌が伸びてきて、鼻の奥まで逆流する形で突っ込まれた。激しい痛み。まるで脳みそに、アンカーボルトでも打ち込まれたみたいな衝撃があったんだ。』


『そこから記憶が曖昧だ。結局、見座と別れて、どこをどうやって家まで帰ったか、五里霧中……。』


 その連投ツィートは2年前のものだった。この人物は頻繁に呟いていたのに、最後のツィート以降、書き込みは途絶えたという。




 また、こんな書き込みも発見した。映画関係者のツィートらしい。


『見座 リツコは酔うとキス魔になるってのは本当だった件。』


『おれは映画制作会社のスタッフだ。『さよならギフテッド』の打ち上げパーティーに招かれたんだ。バッチリ、スーツを新調して、出かけていったよ。』


『ビックリだ。見座がおれたちのテーブルまでお酌をしに来てくれ、労をねぎらってくれたんだ。わざわざ下っ端の人間のところまで足を運んでくれる俳優は少ないっていうのに、見座の心の広さに感謝だね。』


『きっとこんな気遣いができるから、実力もさることながら、途切れず主演依頼が舞い込むんだと思う。人間持つべきは、コミュニケーション能力だね。』


『ワインを飲みすぎた。尿意を催したおれはトイレに立った。そのあとだった。通路を戻っていると、見座がおれを待っていたんだ。彼女に無理やり手を引かれ、おれたちは無人の会議室に入り、ドアに錠をかけられた。』


『積極的な人だと思った。見座にキスされた。いきなり舌まで入れられた。おれは反射的に怖くなり、思わず身を引いたんだ。』


『そしたら、見てしまったの! 見座のダラリと長い舌を。管状の、紐みたいに長い気味の悪い舌だった。とっさにおれは、イモガイ(、、、、)毒銛どくもりを思い出した。』


『おれは過去に、沖縄でスキューバダイビングでガイドの仕事をしたことがあるの。海には危険な奴が山ほどいる。ダイバーにとって、ヤバい奴のひとつがイモガイってわけ。』


『イモガイは文字どおり芋の形をした貝殻を背負った貝類で、見た目に反して肉食性だ。長いふんの先にある歯舌しぜつを獲物に撃ち込み、猛毒を注入するんだ。で、相手を麻痺させて餌にしてしまう。』


『見座 リツコはどんな特異体質は知らんけど、イモガイそっくりの歯舌を持つ女だったんだ。関わった男たちがことごとく入院したってのは、まんざら嘘じゃあるまい。』


『……おれは命からがら会議室を出た。この話を同僚らにしたが、誰も信じてくれない。それどころか、おまえが誘ったんだろと非難される始末。』


『しまいには会社に居づらくなり、おれは結局仕事を辞めた。おれのツィッターって、フォロワーがひと桁だし、ほぼ無反応。どうせ作り話だろうと鼻にもかけちゃくれないだろう。だけど、この体験は天地神明に誓って真実だ。』


『いいか、見座 リツコには気をつけろ。毒を撃ち込むキス魔だ。男の誰もが憧れるだろうが、あいつに関わったら命はない。もしかしたら、あいつはエイリアンなのかもしれない。』


◆◆◆◆◆


「なんでこれほど異常な情報が暴露されてるのに、誰もこの件に注目しないんだ? 炎上案件だろ、これって。――もしかしたら」


 保阪は言った。


「もしかしたら?」


 と、山県。


「注目させないように、見座はなんらかの方法で気を逸らしてるのだとしたら。僕らの記憶を操作するほどの力を持ってる『能力者(、、、)』かもしれない。地球外生命体の可能性がある。少なくとも人外の能力をいくつも持ってるんだ。消去法で、この星の生物ではないと考えるべきじゃないか」


「どうやって? そのメカニズムは? 根拠なんてないぞ。人外の特異体質だから、イコール宇宙人ていうのは、突飛すぎる気もするが。それこそ新型コロナウイルスは、科学者らによって作り出された生物兵器やら、利権団体によるデマやら、ワクチンにはICチップが入っているだのといった陰謀論と大差ない」と、山県は親指を噛み、下を向いた。そしてハタと思い当たった。「メカニズムは不明だが、カプグラ症候群なら――。国民全体をカプグラ症候群にしてしまう力を持っているとしたら?」

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