4.見座 リツコの経歴とゴシップ
山県は唸らずにはいられない。
こうまで10代の幼顔から、﨟長けた妖艶な女を演出できるとなると、カメラマンの技巧もあるだろうし、編集技術も加味してもよい。フォトショップによる加工は、当然行われているだろう。やはり、被写体の演技力も並々ならぬものがある。
しかしながらそれを差し引いても、保阪が言うような違和感がつきまとった。それぞれのページで見座の顔つきが異なるのは否めない。
少なくとも別人ではないのは、これではっきりした。ホクロの位置、骨格も同一人物だ。骨格は同じなのに、ブラジャーに包まれた乳房の形、大きさが異なり、手足の長さまで違って見えるのはどういうわけか?
すぐにこう解釈した。――撮影は長期間に及んだのかもしれない。成長記録をかねた写真集自体はよくあることだ。
実は見座の10代からコツコツと撮られたのではないか。はじめこそ地方から出てきた純粋な娘にすぎなかったが、プライベートでいくつもの恋を重ね、人生経験を経て次第に大人びていった。その途上の撮影もあっただろう。
そのうち成熟期をすぎ、老化現象を隠すため、少しずつ美容整形を施していった。いきなり全体を変えるのではなく、徐々に盛っていった途中の写真が混じっているだけではないか?
見座の歴史がパラパラ漫画のように積み重ねられ、本として出版するにあたり、意図的にシャッフルされたとすれば、腑に落ちる。
したがって本作は、見座の10年前後を費やした自分史と考えてよいのでは……。
……が、それでも違和感は拭いきれない。
統一感に欠けるのだ。とりわけ顔の造作。パーツの位置が微妙に異なるのが気に食わないと、山県は思った。
身体つきだって、こうも劇的に変わるものか。膝下からいやに長い写真もある。まさか写真集のためだけに整形をしたり、わざわざ戻したりはしまい。
やはり、時系列をシャッフルしただけとも思えない。フォトショップの機能を使って、こんなアレンジをする必要性も感じられなかった。
保阪の言い分もわかった。
振れ幅が大きすぎるのだ。カメラマンとしてのアーティスト作品としては、欠陥品のような気がした。山県自身、熱烈なファンでもないし、見座の元の容姿をよく知っているわけではないが、どれが本来の見座なのか、ページをめくっているうちに混乱してしまう。
大なり小なり、人の写真には同一人物かと疑うほど、別人のようなテイストを感じることはありこそすれ、ここまで揺らぎの大きな女もめずらしいと思った。ざっと見返したら、おおよそ6パターンの見座 リツコの変化が見られると、山県は分析した。
女優だから、こんな演じ分けができるだろうか?
それとも撮影者の意図的な狙いか? なんのために? 業界の最先端を狙った?
よく言えば新鮮に見えないこともないが、悪く言えば無節操すぎて、アートとしてはチグハグな印象を受けた。
山県は釈然としないまま、本を保阪に返した。
「そもそもさ。おれ、見座 リツコについて、よく知らないんだよな。美人だとは思うが、魔性の女のレッテルを貼られているし、芸能人としては優等生の香りがして、受け付けないっていうか。お高くとまったイメージがつきまとうからかな」
「僕だってコアなファンを自称してるわりには、彼女の顔や身体の記憶が曖昧だし、経歴となると、さっぱりだな」
「それでコアなファンって言えるのか」
「おかしいんだ……。この写真集みたいに、見座の姿形が一定していないみたいに、彼女についての記憶まであやふやなんだ。こんなことってあるか……。まさか、君がさっき言ったカプグラ症候群って奴に、かかってるんじゃないよな?」
保阪は自信なさげに、ふたたび頭を抱え、地面を見た。
「ちょっと時間をくれ。いったん見座について情報収集しよう。幸い、このキャンプ場には、Wi-Fiが来てる」
山県は言って、ジーンズの尻ポケットからスマートフォンを出した。画面にタッチした。
「そうだな」
保阪もそれにならい、検索してみた。
◆◆◆◆◆
二人はまず、彼女のウィキペディアを調べた。
年齢は33歳。身長は164cmあり、バストはDカップ。
なるほど、写真集は撮影次第で小柄にも、スタイルのいい体型にも写すことは可能だ。多面性を表現できる素地はある。
趣味は、「映画観賞とテレビゲーム、ケーナ演奏、ピザを焼くこと、延々アメリカンクラッカーをすることで『心を整える』、多肉植物を育てること」と、とりたてて奇抜でもない。
女優としての経歴は輝かしい。
28のとき、映画『傷痕』で山路ふみ子映画賞新人女優賞受賞。翌年には、『遥かなる憧憬』、『虹という漢字はなぜ虫偏なのか』で、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞と最優秀主演女優賞のダブル受賞。同作品は海外の映画祭でも注目を浴びる。
30歳の秋に『ダウジングの人』は報知映画賞、助演女優賞のノミネートどまり、『女の敵は女!』もブルーリボン賞、助演女優賞も僅差で敗れたものの、昨年『さよならギフテッド』は、ベネチア国際映画祭で栄光をつかみ取り、見座 リツコは返り咲いた。
名実とともに、日本の代表する女優として名を馳せていた。
それに引きかえ、プライベートでは恋多き女だった。
華麗なる男性遍歴! モデル時代から多くの男と浮名を流し、とっかえひっかえだった。悪びれたふうもなく二股三股の恋を重ね、魔性の女と冠されることもあった。業界では、酔うとキス魔になると噂されていた。
二度の結婚と離婚を経験している。その後、未婚のまま女児を出産。
所属事務所『エウロパ・プロダクション』との契約の行き違いからトラブルに発展、訴訟問題になり、泥沼裁判の末、敗訴。その後和解している。
バラエティ番組の出演は、極度のあがり症を理由にNGとしている。
性格は、共演した俳優の談によると、「一見すると近寄りがたいオーラを醸し出しているが、打ち解けると猫のように懐く」、「サバサバしている。見た目に反して、女を利用していない。カチンコが鳴ると、女優スイッチが入る憑依型の演者」。
次に保阪は、アマゾンレビューで、見座の写真集の評価を調べた。
案の定、賛否両論で荒れていた。やはり一貫性のないブレを感じ、見ていて居心地が悪くなるといったレビューが散見される。なぜこんな怪作を出版したのかと、疑問視する声すらあった。
むしろ、さほど揺らぎは気にならず、アートとして評価する人も半数近くいることはたしかだった。世間の評価は、人それぞれというわけだ。
ほんの3カ月前のことである。某週刊誌に、スキャンダラスな事件をすっぱ抜かれていた。
週刊誌の内容はこうだ――ビジネスホテルからチェックアウトした直後だろう。見座と男の姿を隠し撮りした写真が貼られていた。サングラスをかけた見座と、親しげに腕を組んでいる。
記事によると、男には妻子がいる映画プロデューサーだという。
記者は見座本人に、どういう関係か迫った。
見座は沈黙を続けた。不敵な笑みさえ浮かべたというのだから、清純さの欠片も持ち合わせていないことは明白であろう。
このゴシップの直後だった。不倫相手は激しい頭痛を訴え、緊急入院。脳腫瘍の疑いが見られた。
一方で週刊誌は、しつこく見座に食い下がった。
そんなある日、記者はなぜか消息を絶った。
まさにテレビ業界もスクラムを組み、この不可解な事件に迫ろうとしたときだった。ネット界隈でも下世話な推論が交わされた矢先だった。
俄かにイスラエル・パレスチナ情勢で報道機関はそれ一色になってしまったのだ。いくら世界に認められた日本の女優とはいえ、ここしばらくは忘れ去られていた。
2週間前に、さほど宣伝もされず発売された写真集で、一般人は彼女のことを思い出したくらいだった。