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1.戸隠キャンプ場にて

 都内から車で3時間半を費やしてやってきたオートキャンプ場だった。

 白樺しらかばやクヌギ、カラマツの木立が並ぶフリーサイトは広大で、遠くに見える山は秋色のパッチワークで華やいで見えた。


 アウトドア好きの山県やまがたは、保阪ほさかを誘って男二人でキャンプをしに来たのだった。

 同期入社以来の付き合いで、苦楽をともにしてきた仲だった。ここ最近は保阪が思いつめた顔をしがちだったので、気晴らしがてら長野まで足をのばそうということになった。

 この内向的な28歳は最初のうちこそ渋ったが、営業部で鍛えられた山県の押しの強さに根負けし、首を縦に振ったのだった。




 コロナ禍の反動で、キャンプをやりはじめた人口が急激に増えたのは知っていたが――。

 まさかこれほど賑わいを見せているとは、山県ですら思いもよらなかった。3年前、単独でキャンプに来たときはフリーサイトは閑散としていたのに、週末ということもあるせいか、そこかしこに大小さまざまなキャンプが張られ、老若男女の客人で騒がしい。


 家族連れをはじめカップルの二人組、山県たちのように男同士、あるいは女だけの団体もめずらしくない。

 調子っぱずれのギターの弾き語りが聞こえ、手拍子まで聞こえた。笑い声でさんざめいていた。

 さりとてキャンプ場は、山県たちのものでもあるまい。関知しないことにした。


 テントの前に、タープを張り出してひさしを作り、座り心地のよいアウトドアチェアに身体を委ねていた。

 お互い、焚き火の炎を見つめながらコーヒーを味わう。

 そのうち白樺の向こうから、冷え冷えとした山気さんきが忍び寄ってきていた。今や戸隠とがくし高原も10月下旬なのだ。

 日が傾きかけていた。


「さーて、そろそろ夕飯の支度にかからないとな」


 山県はそう口にし、チタンのマグカップをサイドテーブルに置いた。


「君に、なにからなにまで世話かけるのも悪いよ。かんたんな食事でいいから」


 と、保阪は浮かない顔で言った。メガネのレンズに炎が揺らいでいる。


「よせよ。こっちはダッチオーブンやらバーベキューコンロ、メスティン(箱型の飯盒はんごう)まで用意してんだ。まさか長野くんだりまで来て、レトルトのカレーで済まそうってつもりじゃなかろうな」


「食欲がないんだ。手の込んだものはいいって」


「なら、せっかく大自然の真っ只中に来てるんだし、定番のバーベキューをやろうや。これならそんなに手間はかからない」


「任せるよ。手伝いたくても、やけに疲れててさ」


「やるさ。そこでマッタリしながら、ポエムでも書いてろ」




 クーラーボックスには、缶ビールやハイボールが満載していた。今夜は日ごろのストレスを忘れるべく、たっぷり飲み明かすつもりだった。

 山県たちの右手奥では、6人組の女性たちが輪になって、大きなキャンプの前で飯盒を焚いていた。


 6人ともいずれも背丈は異なるが、きれいなシルエットで、まるで姉妹のようにそっくりに見えた。和気(わき)藹々(あいあい)とはしゃいでいる。

 アルコールの力を借りて、お近づきになれないかなと、山県はひそかに下心を抱いていた。


 さすがキャンプ歴8年の山県にかかれば、バーベキューの火おこしなど手慣れたものだった。トーチバーナーを使いこなす。

 一番下に敷きつめた着火剤付きの豆炭まめたんを火種にし、備長炭に燃え移させる。ある程度炭に火がつけば、見切り発車で焼肉をはじめた。

 邪道なやり方かもしれない。いきなり牛モツを並べた。


 モツがあぶられ、脂がしたたり落ちる。

 生焼けの炭に落ちると、音を立てて炎が大きくなった。

 脂が次々と雫となって落ちるたび、炭はますます燃え盛る。モツの脂が天然の着火剤となっているのだ。牛脂のブロックを複数並べても同じ効果を得られるだろうが、モツなら火が通れば食べられるので合理的だ。


 しばらくもすれば、なかなか着火しにくい備長炭も赤々としてきた。

 炭が安定したところで、野菜やタン、カルビを網に置いていく。

 直火焼きにして二人は舌鼓したづつみを打った。やはり肉は炭で焼いてこそである。

 山県は缶ビールを口にした。下戸げこの保阪さえ、この日ばかりはチビチビやった。


 いささか早いペースかもしれない。他のキャンパーも炭火で料理に挑戦しているようだが、着火に手間取っている。それを尻目に、二人は愉しんだ。

 いつしか黄昏たそがれの色が、白樺の森を染め出した。




「このところ元気がないのは、悩みでもあるんだろ、保阪?」と、山県はタレにハラミを絡ませ口に放り込んでから言った。「おれでよかったら相談に乗るが――」


 マグカップを両手で握った保阪は、思いつめたように下を向いていた。

 やがて山県の視線に耐えられなくなったのか、顔をあげた。


「冷静に考えれば、どうってことない悩みかもしれない。昔からお気楽な君だ。どうせ話したところで鼻で笑われるのがオチだと思うけど」


「いっそゲロっちまえよ。誰が笑うもんか。その方が楽になる」


「さすが山県、よくぞ言ってくれた。君が背中押してくれることを期待してたんだ」


「なら、どうぞ」と、前屈みの姿勢で、トングで食材を網に並べながら言った。「食べながらで悪いが、聞かせてもらうとしよう」


◆◆◆◆◆


 保阪は口ごもりながら白状した。

 山県には黙っていたが、保阪の趣味は、好きなグラビアアイドルの写真集を蒐集しゅうしゅうすることだった。

 集めてどうこうするつもりはない。単にしの子を応援する意味で、売り上げに貢献するためと、時々好みの女をじっくり眺めては、ため息をつく。――それだけの、害のない趣味にすぎないのだという。


 本題はここからだった。

 2週間前、日本映画でよく見かける見座みざ リツコまでが写真集を出したらしい。

 保阪の守備範囲は広く、この33歳の美人女優の熱心なファンでもあったのだ。発売当日きっかりに、その書籍をネットで取り寄せたというのだ。




 見座 リツコは芸能界で本格的に活動する前、18から24までの間、『vivid』の元専属モデルをつとめたことがあった。目力のある端正なルックスと長い手足、豊満なバストと洋梨を思わせるヒップはモデルとして映え、当時の10代の若者に絶大な支持を集めていた。


 しかしながら、新手のモデルが台頭してくると、いつの世も古株は飽きられる。

 見座は旬がすぎると引退宣言し、俳優業にシフトした。

 はじめこそ、その他大勢のモデル出身者と同じく、演技に難があるうえセリフの棒読みで興ざめしてしまうなどと、世間からこき下ろされたものだ。


 彼女は、負けず嫌いの性格だったにちがいない。

 汚名返上すべく、役者の登龍門と言われる劇団『アヴァロン』に所属し、下積みを経験。舞台で磨きをかけ、わずか2年で頭角を現した。地上波ドラマでの活躍は皆無に近かったが、邦画の脇役で光る存在となった。


 やがて主演をつとめるようになり、主要な賞を受けるまでに急成長した。

 ところが好事魔多し。昨年末、週刊誌に妻子ある映画プロデューサーとの交際を隠し撮りされ、その後の釈明会見では舌禍ぜっかが波紋を広げる。


 急転直下で仕事を失い、最近はフェードアウトしつつあった。

 そんなときに、『脱いだ』と話題となった写真集の発表だった(もっとも、蓋を開けてみればフルヌードではなく、肝心なところは見えない軽いタッチだった)。


 保阪いわく、その写真集は、グラドル(、、、、)のそれとは違い、異様な構成なのだという。

 ページをめくるたび、顔や身体つきが別人のように変わっているのだと。どうにも落ち着かない気分にさせられるのだと彼は洩らすのだ。

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