血なんか飲みませんよ
「一人暮らしで窓全開とは不用心だな」
ネギシはあんぐりと口を開けている目の前の女に、不敵な笑みを向けながら長いマントを靡かせた。無駄に先の尖った革靴で、遠慮なしに聖域に入り込む。ゲームやら音響機材やらが散らばる“城”は汚部屋の印象を受けた。
床には飲みかけのペットボトルや使用済みのティッシュ。遠くから見えるキッチンから異臭が放っている。
──この部屋が。
部屋の主を見下ろす。ヘッドフォンを震える手で首元に降ろし、不安定に瞳を揺らしている女の顔は吹き出物だらけだ。誰が見ても不健康な食事生活ばかりしているのだろう。ネギシは咳払いしたのち、仰々しくお辞儀をしてみせた。
「こんばんは。お招き頂きありがとうございます」
「きゅ、吸血鬼……! じゅ、十字架、にんにく……! ていうか招いてないし!」
「あ? 招いただろうが。さっき“凸待ち!”って呟いてたじゃねぇか」
「確かに凸待ちとは書いたけど、いつも一人しか聞いてくれないから配信は中止したし、第一どうやって自宅を特定、」
「うるせぇな。とにかく招かれたからには邪魔するぜ」
怯える女へにじり寄る。犬歯を覗かせながら舌なめずりすれば「血は飲まないで下さい」とすすり泣く声が聞こえてきた。ぴたりとネギシは足を止める。
「処女の血が美味しいってのは聞いたことがありますけど、私まだキズモノになりたくないぃ」
「いや俺、血なんか飲まないけど。アレルギー持ちだし」
「え? 吸血鬼で血のアレルギー? 何それ、死なないの?」
「別に血なんか飲まなくたって生きていける」
「それじゃあなんでわざわざ部屋に招かれたのよ」
疑問に満ちた女の言葉にネギシの顔が歪んだ。余裕を醸し出していた態度から一転。赤面しながらしどろもどろと指先を重ね合わせた。
「い、いつも“ネコネコちゃんねる”視聴しています。あ、あの、一曲リクエストしてもいい、すか?俺ファンでして」
「え! いつも聞きにきている一人ってアンタだったの!?」