天を動かせ!の巻!
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「シブンキョウを倒せ!」
チョウガイはゴヨウに命じた。
百八の魔星の守護神チョウガイは、魔星に転じた勇士らを率いて混沌の軍勢と戦う。
無敵に近いチョウガイも、シブンキョウには勝てない。たとえチョウガイの方が強くとも。
定められた天数、運命には勝てないのだ。
水滸伝において、晁蓋は史文恭に殺されている。
天導百八星にとって史文恭は最大の難敵だ。
「わかりました」
天機星「知多星」ゴヨウは頭を下げた。
蛇遣い座の女神、カオス、メロリン。
超越の女性たちの助力を得ているゴヨウならば、あるいは。
虚無戦線ではグレースが劣勢だ。
「だ、ダメかも……」
グレースの発射した「桜ランチャー」の一撃でも、虚無の闇を浄化できない。
闇とは人間の悪意そのものだ。
人間の欲望と悪意は同一であり、決して晴れることはないのか。
「くっ!」
グレースの側にいたリョウマは爆弾を抱えると、戦場を駆けた。
「リョウマ、何してるの!」
背にグレースの声を浴びながら、リョウマは戦場を駆けた。
それはまるで、銃弾飛び交う戦場に飛び出した兵士のようだ。
(これでいいんだよ!)
リョウマは駆けながら泣いていた。
いや、笑っていた。
彼は自分が何のために産まれてきたのか、わかったような気がした。
(ありがとうな、グレース!)
リョウマはグレースに感謝した。
前途に何も見出だせないチャラ男のリョウマを救ったのは、グレースだった。
かわいいグレース(短大生だが女子中学生に間違われる)は、バレンタインの概念と存在の意義を守る守護者だった。
グレースは守護者「バレンタイン・エビル」として生き、そして死のうとしていた。
普通の人間に過ぎないリョウマには何がなんだかわからなかったが、彼女の心意気に感銘を受けたのは確かだ。
「元気でなー!」
リョウマは目を閉じながら駆けた。
短期間でグレースのことが好きになっていた。
せめて最期くらいは男のロマンに死すのだ。
好きな女の子が幸せになりますように…………
――ボン!
リョウマは何かにぶつかって、後方に弾き飛ばされた。
慌てて身を起こそうとしたリョウマは、複数の人影を見た。
暗い空の下に立ち並ぶのは、身長三メートルにも達する美女たちだ。
それぞれが鎧や刀槍で武装していた。ファンタジーゲームのキャラクターのような巨大な美女たちだ。
リョウマは魂の底から震え上がった。なぜならば美女たちは、人間にとっては「魔神」と呼ばれる存在だったからだ。
また彼が激突したのは、先頭の美女の豊かな胸だったらしい。
「よこせ」
美女の一人がリョウマの手から爆弾を奪った。
懐中電灯に似た小型の爆弾だが、これでも地図を書き換えるほどの大爆発を引き起こす。
その爆弾を美女の一人は、飲みこんだ。
――ドモン!
美女の胃の中で爆弾が爆発した。美女の腹部は一瞬、大きく膨れ上がった。
「……ふう〜、しばらくタバコはいらないか」
美女は口から黒煙を吹きながら、ニヤリと笑った。他の美女たちもだ。
リョウマはただただ震えていた。魔神を前にして人間に何ができるだろう。
「お前の心意気に免じて、今日は退いてやる。だから、彼女のとこに帰んな」
魔神が――
いや異形にして巨大の美女が言った。
リョウマは緊張の糸が切れて気絶した。
グレースによれば、始まりの世界には女しかいなかったという。
男は後から創られた存在であり、それゆえに女の期待を一身に背負わされるのだ。
また、光の存在が人類を滅ぼそうとする一方で、闇の存在が人類を守ろうとしているらしい。
光も闇も人類の思いなくして存在しえないからだ。
この宇宙に漂う力が、人類の思いによって形となったもの――
それが神や魔と呼ばれる存在だ。
「ふう〜ん……」
リョウマは湯船に浸かりながら、グレースが入ってくるのを待っていた。
今日はグレースが背中を流してくれるという。敢闘賞らしかった。
リョウマの胸は期待と不安に高鳴っている……
「お待たせ〜」
グレースが浴室に入ってきた。
リョウマは思わず立ち上がりそうになった。
バスルームの中で見つめあうグレースとリョウマ。
グレースは水着姿だった――
「なんだよ、もうー!」
「へへへー、期待した? 期待しちゃった?」
「う、うるせえなー、もうー!」
「きゃあー、立たないでー! アレとかアレとかは結婚してからだって言ったじゃん!」
リョウマとグレース、二人の騒々しい声が浴室に響く。
今日も男女の絆は永遠の輝きを放っていた。




