9 異世界のバレンタインの余韻
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石畳の街ゼルマン。
そこは魔物の現れる魔都だった。
いくつもの馬車が行き交うメインストリートに面したメイドカフェ「ブレーメン・サンセット」。
そこはランバー行きつけの店であり、謎の美女ペネロペが経営するカフェでもある。
「美味しくなあれ♥」
メイドのスージーは――そばかすのある可愛らしい少女は――、ランバーの前に置いたオムライスにケチャップでハートマークを描いた。
「どうぞ」
メイドのラーニップは、ダン!と荒々しくランバーの前にティーカップを置いた。
「今日はバレンタインですわね」
ランバーのテーブルに来たのは、身長193センチの凄絶なブロンド美女ガーナクルズ(愛称はガーナ)だ。
ノーメイクのスージーやラーニップと違い、化粧は派手で濃い。
ガーナは獲物を狙う猛獣のような鋭い眼光で、ランバーを見下ろした。
「あ、ああ」
緊張した様子のランバーは、長い黒髪の美青年だ。
一見すれば美女のようだが彼は「魔物狩人」だ。ランバーはゼルマンに現れる魔物を討つのが仕事だ。
「は、ハッピーバレンタインです……♥」
ガーナはランバーから顔をそむけて、ラッピングされた包みを差し出した。
ランバーが受け取ると、ガーナは両手で顔を覆ってメイドカフェの奥に退却していった。
「ガーナさん、乙女だなー」
「仕方ないわよ、彼氏いないんだし」
のんびりしたスージーに、ツンツンしたラーニップ。
二人の美少女に挟まれて、両手に花のランバー。
だが、彼は緊張を解いていない。ランバーは魔物狩人だ。
そして、このメイドカフェで働く少女達は人間ではない。
「ウェルカム♥ 地獄の一丁目♥」
店の奥から出てきたのは、赤毛のショートヘアの美女ペネロペだ。
二十歳前後と思われるペネロペは、身長184センチの長身美女だ。しかも線は細く、それでいて女性らしい体型だ。
真紅のバッスルドレスがペネロペの体型を際立たせる。豊かな胸、細いウェスト、芸術的なヒップライン……
人間離れした美女だ。肌も青白く、美しい幽鬼が昼の下に現れたのかと思われた。
そのペネロペは、今にもランバーをぶっ殺しかねない殺意の波動を放っていた。
「な、なんだ、妬いてるのか」
「いいええ!」
ペネロペは鬼女の形相で吠えた。
あまりの迫力に客は次々と帰り、店員のメイド達も――彼女らも全員が人間ではなかった!――蒼白になって、整列した。
「ぬあんで、わたくしがランバーなんかにヤキモチ焼かなくてはいけないのお!」
ペネロペの髪が逆立ち、全身からオーラがほとばしる。
伝説の宇宙最強戦士のような迫力に、スージーとラーニップもランバーのテーブルから離れた……
夜になった。
ランバーは小さな酒場で飲んだくれていた。
「くそう……」
美青年ランバーは酒を飲みながら苦悩する。
彼が討つべきは、ペネロペ達だ。
だが彼女らは友好的だ。ましてやランバーはペネロペに好意を抱いてしまっていた。
最初は敵のはずだったペネロペらと共に、ゼルマンに現れる魔物を討つ――
ランバーは「光と闇の共闘」を体感していた。
なのに、ペネロペはランバーの心を乱しに乱す……
「まあいいじゃないの、あんな女ほっといて」
小さな酒場の女店主オフェーリアは、ランバーを慰める。妖艶で邪悪な彼女の目には、ランバーへの好意がある。
「ハッピーバレンタインよ……」
オフェーリアの渡した小さな包みを手にして、ランバーは全身を震わせた。
苦笑するオフェーリア。ランバーは彼女が倒すべき敵であるのに、どうしてこうなったのか。
世にも不思議な男と女――
そして、ランバーは異世界の蘭丸という青年と――
ペネロペは、ねねという謎の女と魂を共有していた。
蘭丸とねねも不思議な男女の縁でつながっていた。




