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年は明けた。
だが世界中の人々に活気がなかった。
「当然じゃ、欲望は長続きせん。人類に待つのは、傲慢が招いた自滅の未来じゃ」
虚無の闇に屹立する「蛇遣い座の女神」。
彼女は宇宙を創生した「十二星座の女神+1」だ。
今、蛇遣い座の女神は右手の平にゴヨウを乗せていた。
それは戦女神アテナが、右手に随神を乗せているのに似た。
「さて、お前はどうする?」
蛇遣い座の女神は、右手の平に立つゴヨウを見下ろした。
百八の魔星の一人――
天の機を知る宿星、天機星「知多星」ゴヨウ。
彼はどうする気なのか。
「今年はネットで『蛇と美女』の組み合わせイラストをたくさん見かけましたけど…… あれは、ひょっとして?」
「もちろん、わらわのイメージじゃ! 御利益あるぞ!」
蛇遣い座の女神はドヤ顔だ。
宇宙創生の超弩級女神の可愛らしい一面だ。
虚無戦線で戦うチョウガイとソンショウ。
彼らには味方もいる。ゾフィーとギテルベウスだ。
「ゾフィーさん……!」
満身創痍のチョウガイは、ゾフィーの姿を見て微笑した。
「来てくれたのかよ……!」
同じく満身創痍のソンショウは、鼻をすすりながら後ろを向いた。
「さ、一緒に未来を創りましょう!」
「気合入れてやんなさいよ!」
ゾフィーとギテルベウスの微笑。
二人の笑顔は、勝利の女神が微笑んだに等しい。
彼女達の思いを背負い、チョウガイとソンショウは尚も戦う。
全ては人類の未来のためだ。
未来は男と女が手を取り合った先にあるのだ。
「……バレンタインに向けて〜」
「イメージチェンジだモン!」
「やってやるブル! マッドなブルだブル!」
グレース、ジェット、ブルの三人はイメージチェンジした。
劇画調だ。顔が濃ゆい。グレースはまるで紫ナコ◯ルのようだ。何のこっちゃ。
彼らはバレンタインの守護者と従者だが、とにかく人間がイヤになったのだ。
「善を語って悪を為す事の当たり前」
暗い表情でつぶやくのはブルだ。
彼はほとんどの人間が自分を【善】としながら、悪を為しているおぞましさに吐き気がしているのだ。
「全ては公平だ……」
ジェットもつぶやいた。
彼は知っている。
死した者は、生前の行いを全て見させられる事を。
いや、見るではない。聞くでもない。魂が知るのだ。自分自身というものを。
死んだ後に自分自身を知り、絶望よりも深い闇に堕ちる者がほとんどである。
彼らは、はるかなる闇の底に沈む。
そこから浮き上がるには意志が必要だ。
即ち償いをするという決意だ。
「今年のバレンタインは悪役になっちゃうぞー!」
グレースは明るい笑顔で叫んだ。
輝くような笑顔で、悪役をやるとは。何か違和感がある。
「さ、では姫様に新たなコスチュームだモン!」
「おお、これは実に解放的だブル!」
「え、ちょっと待って…… こ、こんなえっちい衣装なの? お尻、Tバックじゃん……」
グレースは耳まで真っ赤になりながら、引きつった笑みで新コスチュームを手に取った……
グレースの従者アローンは、今ではイブとリリースの元にいた。
彼は和平の使者だった。
「悪の組織は解散じゃ」
組織の首領リリースは言った。
そして女性構成員の大半は新たな職に就き、あるいは辞めて故郷に帰ったりした。
それでいいのだ、悪の組織が長続きするわけがない。
このアジトは男子校の寮になるという。全国でも著名な全寮制の私立男子校の寮だ。
ここには全国から猛者が集まり、梁山泊のような様相になるに違いない。
「私は寮母さんになるのだ」
「ふうん」
アローンには今ひとつ想像がつかない。
妖魔のメイド少女三人も寮で働くという。
「俺はクビかな」
「何を言ってる、おぬしにも働いてもらうぞ…… 何せ相手は男子学生じゃ、女を襲わぬ保証はない。アローンがおれば安心じゃ」
「はあ」
何が何だかわからぬまま、アローンは曖昧にうなずいた。
「アローンは私のお婿さんになるんでしょ?」
はにかんだ笑みのイブがアローンに歩み寄った。
以前は「うっせーわー!」と叫んでいた危険な女だったイブも、今はなんとも可愛らしい。
「ふ、お前のおかげじゃ……」
リリースも熱い眼差しでアローンを見た。
妖魔のメイド少女三人もアローンを見つめて微笑している。
アローンによって何かが変わったのだ。
だが、アローンが特別だったわけではない。
彼は異世界の犬型妖精であり、本来はこの世界に存在しないものなのだ。
(怖えなあ……)
アローンは心中の震えを苦笑で隠す。
数年前の星辰の乱れ、地球を覆う病魔、大海からの試練、食の未来、それらをもたらしたのは混沌だ。
危機をもたらした反面、混沌は人類を成長させてもいる。
そして旧約聖書に記された「始まりの女性」と「始まりの男の肋骨から創られた女性」、その名はリリースとイブに酷似している。
また、リリースとイブは本当の母娘ではないという。アローンをめぐる恋敵には違いないが。
「何がなんだかわからねえ……」
「どうしたのじゃ、疲れた顔をして?」
「ねえママ、お茶にしましょうよ」
アローンをリリースとイブが労う。それもまた女性の愛なのだろう。




