クリスマスの余韻の余韻
**
大晦日、グレースはマンションの自室でコタツに入ってぬくぬくしていた。
「おそばも食べたし…… はあ〜、幸せ〜……」
「姫様、紅白にビージュが出てるモン!」
「すごいサプライズだブル!」
グレースの側には猿型妖精ジェット、犬型妖精ブルもいた。三人?で紅白を観ている。
「もう何にもしたくな〜い」
「姫様、そう言いつつミカン三個目モン!」
「まあ今は束の間の休息ブル…… 次はバレンタインが待ってるブル!」
そう、グレースはバレンタインの守護者「バレンタイン・エビル」だ。
悪と名乗るのは、彼女が決して綺麗事だけの存在ではないからだ。
バレンタインをないがしろにし、愛を傷つける者は決して許さない。
彼女の必殺技「バレンタインの鈍色刃」は、罪人を両断するデーモンスレイヤーなのだ。
「だあってさあ、バレンタインを祝福するだけのはずなのに、クリスマスまで祝福したんだよー? 疲れるよー、お姉様もバテバテだったじゃん」
グレースは唇を尖らせて不満をもらす。そんな仕草が可愛らしいが、彼女は短大生だ。女子中学生ではない。
「ローレン様も立派だったブル……」
ブルは感動すら覚えた。
ローレンはグレースの従姉妹であり、ハロウィンの守護者「レディ・ハロウィン」でもある。
本来ならばハロウィンを祝福するローレンが、サンタクロース不在のために、グレースと共にクリスマスを祝福したのだ。
サンタクロースである「完璧商人始祖」の白銀マンは、狂信者によって動きを封じられている。
他の完璧商人始祖も動きを封じられているために、昨年のクリスマスにはローレンとグレースの「ハロウィン・シスターズⅢ」が動くしかなかったのだ。
「あたしは? あたしは〜?」
グレースはブルをにらんだ。ちょっと恐かった。そうして主従は年を越した。
一方、悪の組織では大掃除も終了し、組織のメンバー全員で年越しそばを食べた後、ほぼ全員が解散となった。
「新幹線に遅れちゃうよ!」
「空港までタクシーね……」
「いいなあー、私は船だよ船!」
悪の組織も年納めだった。
構成員は全員が女性だ。
彼女達は年末年始は故郷に帰るという。
まるで全寮制の学校だ。
「さ、風呂にしよう。背中を流しておくれ。まさかビビっておるのか、チェリーか?」
組織の女首領リリースは人間サイズだった。体のサイズを自由に変化させられるらしい。
普段は威厳を保つために巨大化しているのだそうだ。
「そ、そんなわきゃねーだろ!」
狼男アローンは叫んだ。彼の反応にリリースはクスクス笑う。とても短大生の娘がいるとは思えない。妖魔だからか、リリースの外見は二十才前後だ。
「では……」
というわけでリリースはアローンと共に浴室に入った。
湯気が邪魔だ、湯気が。
だが、湯気でよく見えないのだから、十八歳未満お断りにはならない。
「ほれ、頼むぞ」
「へいへい……」
アローンはブツブツ言いながらリリースの背中を流した。
すると不思議な事が起きた。リリースは緑色の肌をしていたが、洗い流すと人間と同じような肌が現れたのだ。
「あ、あれ?」
「女に過去を聞くな……」
リリースは顔だけ振り返って寂しく笑った。
その表情は娘のイブにも似ていた。
(ん、待てよ)
ここでアローンは、ハッとした。
思い出したのは旧約聖書だ。
始まりの人間、その最初の妻。
エデンの園の伝説……
(ま、待てよ、待ってくれ……)
アローンは急に寒気を感じた。
リリース。イブ。
旧約聖書にも、よく似た名前の人物が出てくるのではなかったか。
彼らは何をしたか。
なぜ今、アローンがそれを感じるのか。
アローンは見てはならぬ宇宙の深奥をのぞいてしまったのではないか、と恐怖に震えた。
「なんじゃ、手が震えておるぞ。やはり、いい年して童貞か」
「童貞ちゃうわー!」
アローンは虚無の中から立ち直った。
リリースは助け舟を出したのかもしれない。
「……さ、上がったら宴会でもしよう」
リリースの笑顔にアローンは救われたような気がする。
もう一度、旧約聖書をしっかり読もうと思った。
そして、リリースの娘のイブは、妖魔のメイド少女三人と共に、除夜の鐘見物に出ていた。




