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「きゃー、ひったくりよー!」
白昼堂々、女性がショルダーバッグを盗まれた。
人間の世は荒み始めていた。
「待ちなさーい!」
ひったくり犯の前に立ちふさがったのは、二十才前後の欧州女性だ。
彼女は素早く上着を脱いで、上半身下着姿になった。
「うほ♥」
ひったくり犯は彼女の艶姿に見惚れた。
その隙が命取りだ。
「えーい!」
女性はひったくり犯の顔に上着を巻きつけた。
視界を奪われ動揺するひったくり犯に組みつき、女性は独楽のように回転した。
「出雲流、鬼殺し!」
女性がしかけたのは、変形の背負投だ。
ひったくり犯の体が宙を舞って、背中からアスファルトに落ちた。
衝撃にひったくり犯は気絶した。
「ふう……」
「ひ、姫様ー!」
上着を身につける女性へ、小さな動物型妖精が羽ばたきながら近寄った。
「な、なんという無茶をするロン!」
「危ないし、下着姿になるなんてモン!」
「お嫁さんに行けなくなるブル!」
狼型、猿型、犬型の妖精が必死になっているが、女性の方は明るい笑顔を返すのみだ。
「大丈夫よ、犯人は捕まったし」
女性はニコニコしている。
先ほど鮮やかな柔の技を見せた時とは、まるで別人だ。
この女性――
グレースにとっては人前で下着姿になろうと、ひったくり犯を捕まえる事の方が重要だった。
――グォドドド……
その時だ、街中に闇の軍勢が現れたのは。
彼らは「カオス」の尖兵であり、人々から不幸のエナジーを吸収していく。
彼らの目的「大破壊」のために……
「きゃあー!」
幼兒を抱えた若い母親に、闇の妖精が襲いかかる。
次の瞬間、二条の閃光が宙を走り、闇の妖精を斬り裂いた。
「人呼んで一匹狼!」
両手に双剣を握った男が――
いや顔は狼だ。狼男は母子を守った。
「姫、ただいま推参!」
一匹狼はグレースに振り返った。
狼男だが、その顔貌は凛々しく勇ましい。
「きゃあー、かっこいいー!」
「ありがとー、おじさーん!」
「へへ、カッコつけすぎたな……」
若い母子に称賛されて、一匹狼は照れくさそうに笑った。
「だあああ!」
背に翼を生やした猿のような生物が、空中から無数の十字手裏剣を放って、闇の妖精を蹴散らしていく。
彼もまた一匹狼と同じく、グレースに仕える妖精「飛行猿」だ。
だが、まだ闇の妖精はいる。
闇の妖精は大型トラックに取り憑き、暴走させた。
居合わせた人々の、無数の叫びが巻き起こる。
「ふおおお!」
大型トラックの前に立ちふさがり、受け止め、更に横転させたのは鋼鉄のブルドッグのような――
そう、グレースに仕える「三勇士」の一人、鋼鉄犬だ。
その圧倒的なパワーは、一匹狼も飛行猿も及ばない。
「姫!」
「姫様!」
「姫、今こそ真の姿を!」
三勇士はグレースに振り返った。
闇の軍勢を率いていた魔女イブもまた、グレースに注目していた。
「さあ、今日こそケリをつけようじゃないか!」
イブは妖艶に笑った。
セクシー衣装のイブに、居合わせた男性は誰もが目を奪われた。
コホン、と咳払いするイブだが、男性から注目を集めるのは、まんざらでもない様子だ。
「え、や、やだ……」
グレースは両手で顔を覆って、全身を震わせている。
「だ、だって、あんなプリ◯ュアみたいな格好は…… 私これでも短大生なのに……」
「ひ、姫、何言ってんの?」
「さっきは衆人環視の中で下着になっちゃったじゃん!」
「姫も難しい年頃ですな……」
羞恥に震えるグレースをなだめるアローン、ジェット、ブルの三勇士。
闇の尖兵イブはまたもや咳払いした。
「あんたねえ、あたしなんかどうすんだよ!」
イブは吠えた。
「あたしだって、好きでこんな恥ずかしい格好してんじゃないんだよ! 責任ある幹部だからしてんだよ! あたしだって、もっとかわいい衣装がいいんだよ!」
と、イブは不平不満をぶちまけた。
しかし、グレースは変身しようとはしなかった。
気まずい空気の中、今日の平和は守られた。
クリスマスまでグレースと闇の軍勢との戦いは続く。




