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虚無戦線  作者: MIROKU
クリスマスまでだからね!
66/99


   **


「きゃー、ひったくりよー!」


 白昼堂々、女性がショルダーバッグを盗まれた。


 人間の世は荒み始めていた。


「待ちなさーい!」


 ひったくり犯の前に立ちふさがったのは、二十才前後の欧州女性だ。


 彼女は素早く上着を脱いで、上半身下着姿になった。


「うほ♥」


 ひったくり犯は彼女の艶姿に見惚れた。


 その隙が命取りだ。


「えーい!」


 女性はひったくり犯の顔に上着を巻きつけた。


 視界を奪われ動揺するひったくり犯に組みつき、女性は独楽のように回転した。


「出雲流、鬼殺し!」


 女性がしかけたのは、変形の背負投だ。


 ひったくり犯の体が宙を舞って、背中からアスファルトに落ちた。


 衝撃にひったくり犯は気絶した。


「ふう……」


「ひ、姫様ー!」


 上着を身につける女性へ、小さな動物型妖精が羽ばたきながら近寄った。


「な、なんという無茶をするロン!」


「危ないし、下着姿になるなんてモン!」


「お嫁さんに行けなくなるブル!」


 狼型、猿型、犬型の妖精が必死になっているが、女性の方は明るい笑顔を返すのみだ。


「大丈夫よ、犯人は捕まったし」


 女性はニコニコしている。


 先ほど鮮やかな柔の技を見せた時とは、まるで別人だ。


 この女性――


 グレースにとっては人前で下着姿になろうと、ひったくり犯を捕まえる事の方が重要だった。


 ――グォドドド……


 その時だ、街中に闇の軍勢が現れたのは。


 彼らは「カオス」の尖兵であり、人々から不幸のエナジーを吸収していく。


 彼らの目的「大破壊」のために……


「きゃあー!」


 幼兒を抱えた若い母親に、闇の妖精が襲いかかる。


 次の瞬間、二条の閃光が宙を走り、闇の妖精を斬り裂いた。


「人呼んで一匹狼(アローン!」


 両手に双剣を握った男が――


 いや顔は狼だ。狼男は母子を守った。


「姫、ただいま推参!」


 一匹狼はグレースに振り返った。


 狼男だが、その顔貌は凛々しく勇ましい。


「きゃあー、かっこいいー!」


「ありがとー、おじさーん!」


「へへ、カッコつけすぎたな……」


 若い母子に称賛されて、一匹狼は照れくさそうに笑った。


「だあああ!」


 背に翼を生やした猿のような生物が、空中から無数の十字手裏剣を放って、闇の妖精を蹴散らしていく。


 彼もまた一匹狼と同じく、グレースに仕える妖精「飛行猿(ジェット」だ。


 だが、まだ闇の妖精はいる。


 闇の妖精は大型トラックに取り憑き、暴走させた。


 居合わせた人々の、無数の叫びが巻き起こる。


「ふおおお!」


 大型トラックの前に立ちふさがり、受け止め、更に横転させたのは鋼鉄のブルドッグのような――


 そう、グレースに仕える「三勇士」の一人、鋼鉄犬(ブルだ。


 その圧倒的なパワーは、一匹狼も飛行猿も及ばない。


「姫!」


「姫様!」


「姫、今こそ真の姿を!」


 三勇士はグレースに振り返った。


 闇の軍勢を率いていた魔女イブもまた、グレースに注目していた。


「さあ、今日こそケリをつけようじゃないか!」


 イブは妖艶に笑った。


 セクシー衣装のイブに、居合わせた男性は誰もが目を奪われた。


 コホン、と咳払いするイブだが、男性から注目を集めるのは、まんざらでもない様子だ。


「え、や、やだ……」


 グレースは両手で顔を覆って、全身を震わせている。


「だ、だって、あんなプリ◯ュアみたいな格好は…… 私これでも短大生なのに……」


「ひ、姫、何言ってんの?」


「さっきは衆人環視の中で下着になっちゃったじゃん!」


「姫も難しい年頃ですな……」


 羞恥に震えるグレースをなだめるアローン、ジェット、ブルの三勇士。


 闇の尖兵イブはまたもや咳払いした。


「あんたねえ、あたしなんかどうすんだよ!」


 イブは吠えた。


「あたしだって、好きでこんな恥ずかしい格好してんじゃないんだよ! 責任ある幹部だからしてんだよ! あたしだって、もっとかわいい衣装がいいんだよ!」


 と、イブは不平不満をぶちまけた。


 しかし、グレースは変身しようとはしなかった。


 気まずい空気の中、今日の平和は守られた。


 クリスマスまでグレースと闇の軍勢との戦いは続く。

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