レディ・ハロウィン4 希望の未来へ
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レディ・ハロウィンは――
いや、ハロウィンの概念と存在の意義を守る守護者であるローレンは、超高層ビルの屋上から夜の街を見下ろしていた。
「人間の種の寿命は尽きているのかもしれない……」
ローレンの顔には憂いがあった。
人類は未曾有の危機の最中にある。
今や人類のほとんどは自身の欲望に従って生きている。スマホがそれを加速する。
欲望を満たすために他者をだまし、物を盗み、犯し、殺す。
それは共食いに似た行為だ。
人類は共食いをする飢えた化物のごとき生物に変わりつつあるのだ。
それをローレンは憂えるのだ。
人類四百万年の歴史は、命を守り、未来へ繋げてきたからこそ築かれてきたというのに。
これでは、人類は近い未来に地球の怒りによって滅びるのではないか――
「……どうでもいいわね、今の私には」
ローレンは苦笑し、懐から三十センチほどの金属の棒を取り出した。
この棒は伝説の兵器「ラグナロク」だ。
物理を越えた力を秘めたラグナロクは、無限に伸縮する。
「明日のハロウィンパーティーの仮装コンテストの衣装の方が気がかりよ……!」
ローレンは超高層ビルの上から飛び出した。
途端にラグナロクは伸び、はるか眼下のアスファルトに突き刺さる。
そしてローレンは棒高跳びの要領で夜の街へと舞い降りていく……
彼女は人類の未来を憂えるが、明日のハロウィンパーティーも大事だ。
日々を一生懸命に生きる、それは未来を創る事に繋がるのだ。
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翌日、帝都の某大学キャンパスにてハロウィンパーティーが開催された。
全ての人々に喜びの活力を。
それがこのハロウィンパーティーのコンセプトだ。
大学のキャンパスには仮装した客であふれ、お祭りのように出店もある。
「世の中、元気ねえからよ。これくらいしなくちゃな!」
大学の生徒会会長の翔は大学を動かし、地元の商店街を動かし、更には小学校や中学校までをも動かした。
まだ二十歳の翔には周囲の人々を動かす力があった。
それは全てを捨てた気迫だ――
「だってよ、俺は大学卒業したら寺を継がなきゃいけねえんだぞ!」
翔の言葉に生徒会の者がクスクス笑っていた。
茶髪でチャラ男の翔だが、それは実家への反発だ。
大学卒業後は頭を丸めて専門学校に行き、僧としての勉強をしなければならない。
今だけが翔の自由な時間なのだ。
「ふん、待っててあげるわよ」
ツンツンしているギテルベウス。
欧州系美女のギテルベウスは翔の恋人だ。しかも年上の姐さん女房だ。
そして言葉の意味は深そうだ。
「ところで、翔の仮装は何なのよ?」
「これはな、ミャンマーの竪琴っていう古い映画の主人公の坊さんだ!」
「あんた坊さん似合うわね…… やっぱり寺の息子ね」
「それより、お前のタキシードは何の仮装だよ?」
「これはね、ギートルジュースって古い映画の仮装よ。最近リメイクしたでしょ?」
「ギテルベウス…… ギートルジュース…… そうか、元ネタか」
「ば、ばか! しいー! つーか、だまれ!」
ギテルベウスは平手で翔の横っ面をひっぱたいた。
「な、なんだよー! お前なんか最初は敵役だったくせに!」
「何よ! あたしのおかげで、あんたもシリーズも人気出たんでしょーが!」
翔とギテルベウスはキャンパスのど真ん中でケンカを始めた。
いつもの事だ。二人は「男女の絆」の体現者なのだ。
「素敵だ……!」
応援団団長の凱は恋人ゾフィーの仮装姿を見つめて赤面していた。
応援団団長だけあり長ランが似合っている。長い木刀を手にしていたら、聖剣を持つ戦士の一人に似ている。
「そ、そんな…… 照れちゃいますよ」
ゾフィーも頬を赤らめていた。
彼女は人造人間かつ看護婦――
すなわちフランケン・ナースの仮装をしていた。
頭部には左右一対の電極、肌も土気色に塗り、縫合痕も施した見事なメイクだ。
欧州美人の長身ゾフィーの豊かな胸が、凱のみならず周囲の者達の視線を集める……
「……我が生涯に一片の悔い無し!」
凱はゾフィーの両手を取り、優しく握りしめた。
「もう死んでもいい……!」
ゾフィーも凱の顔を見上げて微笑した。
二人の愛のボルテージが光輝き、大学のキャンパスを照らし出す。
凱とゾフィーは「不滅の愛」の体現だ。
「……全く、死んでどうすんだよ。まあ、それぐらい満足してるって事だけどよ」
「いい加減、慣れたわ…… あの調子じゃキスしただけで昇天しそうね」
翔とギテルベウスは、凱とゾフィーを眺めて苦笑した。
大学のキャンパス内には子供連れの仮装客が多くなってきた。
にぎやかで楽しげな雰囲気だ。
明るい未来を創り出すために、人々の笑顔がある。
そんな錯覚すら感じさせる。
――チュパカ〜!
その時だ、野良チュパカブラがハロウィンパーティー会場に現れたのは。
今では世界中でチュパカブラが発生し、野良と化してバカップルを襲ったりしているのだ。
「またチュパカブラかよ!」
「あんた、何とかしなさいよ!」
「ゾフィーさん、下がって!」
「いいえ、凱さんは私が守ります!」
若い四人が身構える。
と、そこで豪快なチェーンソーの音が会場に鳴り響いた。
「ふおおおおお!」
チェーンソーを振り回してダンスを踊っているような女性は、ヒューイットだった。
線の細い彼女も仮装していた。
血だらけのエプロンに、子どもの落書きのようなマスクをつけた「プリティフェイス」の仮装だ。
そのヒューイットは、恐怖に震える野良チュパカブラを追い払った。
いや、本当に追い払いたいのは――
「ケンに近寄らないで!」
「それはこっちのセリフよ、おばさん! ケン君と別れてよ!」
ヒューイットは、あやめと口論をしていた。
あやめは、この大学の一年生で、駅前の秘密クラブで「女王様」のアルバイトをしていた。
このハロウィンパーティーにも女王様で参加していた。手には鞭まで握っている。
二人に挟まれたケンは――
赤い道着を身につけたケンは、ヒューイットとあやめの殺気に魂の底まで震え上がっていた。
「……ま、いいか。そろそろ仮装コンテストの時間だな」
翔はキャンパス内の時計塔に振り返った。
そろそろハロウィンパーティーのメインイベントである仮装コンテストの始まる時間だ。
翔は生徒会会長として、このハロウィンパーティーの若き主催者として司会を務めるのだ。
「……ほら、ヘイゾウ! 早く、早く!」
魔女の仮装をしたローレンは彼氏と腕を組んで会場に入った。空いた手にはホウキも握っている。
ローレンと彼氏のヘイゾウも、凱や翔と同じ大学に通っていた。
普段は気の強そうなローレンが、今は輝くような笑顔を浮かべていた。
感動の笑顔、喜びの涙。
それが未来を創ると信じている。




