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虚無戦線  作者: MIROKU
青い春フェスティバル
30/99

萌えよ、ケン!の巻! 3



 夜道をゆくケンとヒューイットの二人。


 駅前とはいえ夜の十一時を過ぎると人の通りも少なくなる。


 人口の明かりに照らされる二人は、端からはどのように見えているのか。


「ち、近くなんですか?」


「う、うん」


 ケンとヒューイット、会話が弾まない。それでもケンは挑む。


(せめて家まで送る、それが俺の使命だぜ!)


 ケンとしては、今夜がヒューイットと会話する最後のチャンスになろうと、家まで送る事に全身全霊を傾けていた。


 近頃はチュパカブラも世界的に出没しており、夜道の一人歩きは危険なのだ。


「わたしが年上なんだからリードしなくちゃ、でも学生ってどんな会話してるのかしら、やっぱりえっちな話題ばかりかな……」


 ヒューイットの方は心の声がだだ漏れだ。ケンは思わず咳払いした。


 公園の真ん中を通っていくのが近道だと教えられ、ケンはヒューイットを背にかばうようにして進む。


 この公園では謎のチェーンソー女「プリティ・フェイス」がしばしば目撃されていた。よく襲われるのはバカップルだった。公園の隣は墓地だというのに――


 ――チュパカ〜


 その時、ケンとヒューイットは動物の鳴き声らしきものを耳にした。緊張にケンとヒューイットが身をこわばらせた。


 そして公園の繁みから飛び出した怪生物に、二人は悲鳴を上げそうになった。


「ち、チュパカブラだ!」


 ――チュパカ〜!


「ヒューイットさん逃げてえー!」


 ケンは叫んで全身緑色の怪生物チュパカブラに突き進んだ。


 が、チュパカブラはケンの脇を滑るようにすり抜けた。そして背後から抱きつきながら右足を回して、ケンの両足に引っかける。


 ケンはバランスを崩して前のめりにアスファルトに倒れた。倒れた拍子に鼻を負傷し、鼻血が流れ出る。


 ――チュパカ〜!


 更にチュパカブラは、ケンの首に背後から両腕(両前脚?)を回してガッチリとロックする。


「おごごご……?」


 ケンは刮目した。チュパカブラの鮮やかなテクニカル・レスリングに圧倒されていた。


 自分の知らない世界の戦い方だ。自身の未熟を痛感したケンだが、ヒューイットの姿がどこにもない事に安心した。


(ヒューイットさんが逃げてくれたならいいさ…… ああ生まれ変わったら……)


 様々な格闘技経験者と手合わせしてみようと思った。そして強くなり、ヒューイットのような大事な女性ひと)を守れる男になるんだ……


 ケンの意識は朦朧としてきた。チュパカブラはヒューイットを襲おうとしたのにケンが邪魔をしたから、怒り心頭に達したらしい。


 ジワジワとなぶり殺し(実際にはチュパカブラによる殺人事件は起きていない)にしようとするチュパカブラと、意識が遠のきそうなケン。


 その時、両者は夜を引き裂く轟音を聞いた。


 次いで夜の闇から駆け出してきたのは、チェーンソーを手にした儚げな姿だ。


 線の細い肢体に白いワンピース、背に流れ落ちる長く滑らかな黒髪、そして顔を覆うズタ袋……


 ズタ袋の表面には、子どもの落書きのような顔が描かれている。その幼稚さと愛くるしさゆえに「プリティ・フェイス」と呼ばれているのだ。


 ――チュパカ〜!


 チュパカブラはケンから離れ、プリティ・フェイスへ「チュパカ〜!(※訳:きれいなお姉さーん!)」と飛びかかった。


 プリティ・フェイスの振り回したチェーンソーの刃は回転しながら空を切り裂き、チュパカブラをも切り裂いて、鮮血を夜空に舞い上がらせた。


 赤い雨が周囲に降り注ぐ中で、ケンは意識を失った。





 数日後である。


「へい、らっしゃい!」


 ケンは相変わらずラーメン屋でバイトしていた。


「……味噌バターコーンキムチラーメン特盛とチャーハンセット」


 来店したヒューイットがカウンター席に座り、ケンに向かってはにかみながら微笑した。


「へ、へーい、味噌バターコーンキムチラーメン特盛とチャーハンセット!」


 ケンはヒューイットの微笑を目の当たりにして耳まで真っ赤になっている。


「あいよ」


 店主は応えて準備にとりかかる。ケンはチャーハンセットの餃子を焼く準備だ。


「げ、元気?」


「へ、へい!」


 ヒューイットとケンのやり取りに店主はイラッと来たが、怒りは抑えた。それこそが青い春だからだ。魚のように生臭い。


「それにしてもプリティ・フェイスは何者なんだ……」


 ケンは食器を洗いながらつぶやいた。チュパカブラにチキンフェイスロックをかけられて絶体絶命のケンを救ったのは、謎のチェーンソー女プリティ・フェイスだった。


 どうして彼女がケンを助けたのか。ケンが目覚めた時、ヒューイットが心配そうに見下ろしていた。


 ケンにとってプリティ・フェイスは、自分とヒューイットを助けてくれた恩人だ。


「ほ、本気で気づかないの、この男……?」


 ヒューイットは安心を通り越して怒りがこみ上げたらしい。その白い額に青筋が浮かんでいる。


「あいよ」


 女心を察した店主は、ビールの大ジョッキをヒューイットの前に置いた。


 ヒューイットはビールの大ジョッキ(※およそ800ミリリットル)をつかむと、半分近くまでイッキ飲みした。


「……ぶうっはあー!」


「さすがヒューイットさん、いい飲みっぷりっすよ!」


「あいよ」


 店主はヒューイットの前に味噌バターコーンキムチラーメン特盛を置いた。ケンとヒューイットは、チュパカブラを通じて打ち解けてきたようだ。


「……まだお酒はダメだからね」


「さすがヒューイットさん、大人の女の貫禄っすよ!」


「み、未成年と夜のデートなんかしたら十八歳未満お断りの展開に……」


「あいよ」


 店主はヒューイットの前にメンマの小皿を置いた。ビールの大ジョッキもサービスだ。


 そしてケンにとって、未だ女心は永遠の謎だ。

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