両手に花!の巻!
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人の意識の及ばぬ虚無の中で戦いは続く――
「偉大なるクリエイターの死が、政治や法律よりも人々の心を、いや世界を動かした……」
黄金の剣を手にしたチョウガイは虚無の彼方を見つめた。
人類最後の戦いが続く最中、巨星墜つの悲報が世界に走った。そして更にもう一人の麗人までもが。
世界が悲しみに包まれたが、その悲しみによって人は我を取り戻す。
世界が動いたのをチョウガイは感じていた。大いなる戦士、愛と美の女神、二人が世界を動かしてしまった……
だが、一時的な変化では人類に未来を守る意志は生まれにくい。
「……それで。お前はどうした?」
チョウガイは傍らに立つソンショウを眺めた。
ソンショウは青ざめた顔でうつむきながらブツブツつぶやいていた。
「……チョウガイ様」
ソンショウは言った。
「俺はもうダメかもしれない……」
「なんだと、何があったのだ」
「実は……」
ソンショウは人間世界の「翔」という青年と魂を共有している。その翔は人間界で女性トラブルに見舞われていた。
ギテルベウス、さくら、こゆき。
三人の女性に振り回されて、翔は生きた心地もしない毎日だという。
「な、なんだそれは……」
チョウガイは、青ざめるやら呆れるやらで言葉が浮かんでこない。
そのチョウガイは人間世界の「剴」という青年と魂を共有している。
剴にはゾフィーという恋人がいるが、お互い忙しく、なかなか会えない。それゆえに二人は「不滅の愛」で繋がっているのだ。
「あ、兄貴い、ゾフィーさん大事にしろよ…… 四千年の輪廻を越えてきたんだからよお」
「四千年だと?」
チョウガイは半人半神の存在として、四千年の間「百八の魔星」を導いてきた。
人間だった時、彼は病弱の妹の高額な治療費を稼ぐために、傭兵稼業に務めていた。
幾多の戦士を葬り去ったチョウガイは超能力兵士として恐れられた。
だが妹は治療の甲斐なく幼くして死亡した。絶望したチョウガイは超越の存在に導かれて人間を越え、百八の魔星の守護神となった。
その時、妹を担当していた年上の看護婦と親しくなり、恋人同士になっていた。
「ま、まさか……!」
チョウガイの恋人だった看護婦。
そして、ゾフィーは「レディ・ハロウィン」に仕える忠実な侍女フランケン・ナースでもある。
二人とも、つまりは(強引ながら)看護婦だ。
二人は似てはいないが、ゾフィーから剴に注がれる深い愛情は、四千年という途方も無い時間を経て再会した感動の涙と、喜びの笑顔がもたらしたものであったのだ。
「く…… 我が生涯に一片の悔いなし!」
チョウガイはあふれる涙を拭いもせずに、拳を虚無の天空へ突き上げた。
まるでコントの一場面だが、本人はいたって真面目だ。
「これでいつでも死ねる……!」
「死んでどうすんだ兄貴! 戦いはこれからなんだぞ!」
ソンショウの憂鬱すら吹き飛ばすチョウガイ。また、ソンショウは四千年の間に幾度も転生してチョウガイと共に戦い続けた。
それは人間を越えるための永き修行であった。チョウガイを半人半神に変えた超越の存在によって、ソンショウは幾度も転生した。
そして即身仏の修行を成し遂げ、人間を越えた。今のソンショウは現世と冥府を自在に行き来するのだ。
「お前もだ翔! 三人とも幸せにしてやるのが男だぞ!」
「できるか、そんなことおー!」
チョウガイとソンショウは――
いや、剴と翔は珍しく口論した。
ギテルベウスはハロウィンの妖魔である。彼女が持つ「死者の書」が開かれれば、この世とあの世が繋がり、さらなる混沌が人間界に巻き起こる。本来は敵なのだ。
さくらは混沌に与していた怨念の一体だったが、ソンショウとギテルベウスの痴話喧嘩を眺めるうちに女の一念を取り戻した。いわば味方だ。
こゆきはソンショウによって冥府から現世へ導かれ、愛するひ孫ちゃんの結婚式を見届けて戻ってきた。ソンショウには感謝と尊敬と愛情入り混じった複雑な思いを抱いているが、こゆきもまた味方だ。
「なんで敵の女が本命で、味方の女を裏切る事しなきゃいけねえんだ!」
「そ、それもまた男道だ!」
チョウガイは珍しく誤魔化した。女ができると男は変わる。ギャグなど絶対にしないしできなかったチョウガイが、まさかこのような真似をするとは。
だが、それがいい。
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「さ、会長! 飲みに行きましょうよ!」
明るく元気なこゆきがリードして、翔とさくらも居酒屋へ向かう。
「終電逃してもまた泊めてあげますからね」
こんな時でも和服のさくらは、翔の隣で頬を赤らめ微笑していた。
地方の老舗旅館の娘であるさくらは、弟に跡継ぎの座を譲って上京してきた。
弟とは中学三年まで一緒にお風呂に入っていたほどのブラコンだ。
だからこそか、さくらは年下の翔に弟の面影を重ねていた。頼りないところがそっくりな上に、最近では男として見る事ができるようになったという。
「――ウェルカム♥ 地獄の一丁目♥」
居酒屋の店頭にはニヤニヤしながら殺気を放つギテルベウスが待ち伏せしていた。
ギテルベウス、さくら、こゆきはラインのやり取りをするほど仲が良かった。
恋のライバルには間違いないが――
「へ、へい……」
青ざめた翔の右腕にさくらが、左腕にこゆきが腕を絡ませた。さくらもこゆきも女の幸せに満たされた笑顔を浮かべていた。
だが、ギテルベウスの顔に浮かぶのは悪鬼羅刹のごとき凄絶な笑みだった。
翔は人生の終わりを予感した。




