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チョウガイは虚無の中で戦っていた。
百八の魔星の守護神、托塔天王チョウガイは長ランを着た凛々しい青年の姿をしていた。
チョウガイの振るう黄金の剣から放たれた光は、虚無の彼方まで斬り裂いた。
しかし、闇は幾度もチョウガイの周囲を覆う。これは人間の世界が深い闇に包まれていくのと同じ事だ。
(もはや人類の未来は……)
チョウガイは黄金の剣を振るいながら思う。不動明王の力を行使するチョウガイであっても、無限の虚無の彼方から侵略してくる闇を打ち払えない。
この闇は混沌の波動を受けている。混沌の波動は未来から来ているのだ。
そして、混沌の波動の正体は未来から来る、人間の悪意だ。
(ならば人類の未来は!)
四千年の間、百八の魔星の守護神として戦い続けてきたチョウガイ。
彼は幾度も絶望を乗り越えてきたが、今度ばかりは心が潰れそうだ。
人類の未来はどうなるというのだ?
チョウガイの思考が途切れた一瞬の隙を衝き、混沌の闇から獣の群れが飛び出して襲いかかる。
「タァーイムっ!」
混沌の闇に響き渡ったのは、女性の声だ。混沌の獣の群れは動きを止めた。無論チョウガイも。
見ればフランケン・ナースのゾフィーが、豊かな胸を揺らしてチョウガイに駆け寄ってくるではないか。チョウガイは死闘の最中というのも忘れて赤面した。
「チョウガイさん、ハッピーバレンタインです!」
フランケン・ナースは頭部の電極を点滅させながら、ラッピングされたハート型の包みをチョウガイに差し出した。
「こ、これを俺に!」
チョウガイは感激した。もう死んでもいいと思った。相思相愛の女性から貰うチョコレートが、これほどに喜びを得られるとは。
同時に危うさにも気づく。人類の未来は男女が築いていくが、愛ゆえに生き、愛ゆえに死すだろう。
人類の未来が曖昧な事にチョウガイは改めて気づいた。彼が百万の混沌の尖兵を討とうと、それで人類の未来は守れない。
人類に未来を創る意志があって初めて、未来は続くのだ。
欲望や計算で生きた先にあるのは後悔と懺悔だ。
「我が生涯に一片の悔いなし!」
混沌の闇の中で、チョウガイは愛を叫ぶ。戦い死すとも悔いはない。
「チョウガイさんに手を出すのは許しません!」
穏やかなフランケンナースの瞳に闘志が燃え上がった。チョウガイですら見た事がない真剣な眼差し――
フランケンナースの鋭い眼差しは、混沌の獣の群れに向けられていた。
そして彼女はナース服の胸元を、ゆっくりと開いていく。驚愕の展開に、混沌の獣の群れがフランケンナースに飛びかかる。
だが開かれたナース服の奥には、光があふれているのみだ。溢れ出た閃光は光の帯となって、獣の群れを飲みこみ、消滅させた。
これはフランケンナースの最強兵器「胸部粒子砲」だった。
「爆発しろっ♥」
フランケンナースは悪戯っぽく笑った。魅惑の小悪魔だ。
「ゾ、ゾフィーさん……」
「言ってみたかったんですよ」
チョウガイとフランケンナースは身を寄せて抱きしめあった。
愛しあう二人は、たまにしか会う事がないのだ。
恋人同士ながら離れてばかり―― だが、それゆえに二人の愛は不滅であり、永遠の形だ。
「そんな二人を祝福します」
突如として現れたのはバレンタインの守護者「バレンタイン・エビル」だ。
彼女はハロウィンの守護者「レディ・ハロウィン」の双子の妹であり、バレンタインの概念と存在の意義を守る。
そんなバレンタイン・エビルには、チョウガイとフランケンナースのゾフィーの「不滅の愛」が微笑ましい。
「リア充爆発しろ……!」
バレンタイン・エビルの凄絶な笑みがチョウガイとフランケンナースのみならず、混沌の闇すら怯ませた。
女は魔物である。




