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人知の及ばぬ世界で、未来を守る戦いは続いていた。
この勝敗の行方はわからない。秒単位で戦況は目まぐるしく変化している。
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「だから悪かったって言ってんだろ!」
「うるさーい!」
ギテルベウスはソンショウへ飛びかかると、前髪をつかんで顔面にパンチの嵐を浴びせた。
「グヘ……!」
「あんたは足りないわ!」
崩れ落ちるソンショウをギテルベウスは見下ろした。ギテルベウスは何かを期待しているようだ。
二人の女性が大地に突っ伏したソンショウの両足をつかんで、後方へ引っ張っていく。
「しっかりしなさい!」
和服美人がソンショウに檄を飛ばした。
彼女の名前は、さくら。さくらは混沌に属する怨念の一体だったが、ソンショウとギテルベウスの痴話喧嘩を眺めるうちに、女の一念を取り戻したのだ。
「なんであんな女を……」
もう一人の女性は心配そうにソンショウの腫れ上がった顔を見下ろしていた。
彼女の名は、こゆき。元々は人間だが死して後、ひ孫を見守るためソンショウに導かれて現世に舞い戻った。
そしてひ孫の結婚式を見届けると、ソンショウへの恩返しのために冥府へ戻ってきた。
「な、なんで山に登るのかって? そりゃ、山があるからさ……」
ソンショウは鼻血をダラダラ流しながら立ち上がった。開き直った笑みを浮かべている。
百八の魔星の一人、入雲龍ソンショウ。
彼は四千年の間に幾度も生まれ変わり、百八の魔星の守護神・托塔天王チョウガイと共に戦ってきた。
人間として即身仏の修行を成し遂げたソンショウは、今や現世と冥府を自在に行き来する。
そして死した勇士を率いて混沌の侵攻に立ち向かっている。
ギテルベウスは混沌の尖兵だが、どういうわけかソンショウと相思相愛になっていた。
光と闇で惹かれあうとは不思議な話だ。
だが男と女も同じ人類ではなく別の生物だ。
ソンショウとギテルベウスは、自分にないものを求めているのか。
「お、おい……」
ソンショウはフラフラしながらギテルベウスに歩み寄った。
「何よ!?」
「お、俺とメシ食いに……」
ソンショウはよろめいて、ギテルベウスに抱きつくように倒れこんだ。それはボクシングにおけるクリンチだ。
偶然だが、これは入神の一手だ。
「な、な、何よ…………」
ギテルベウスは真っ赤になった。ソンショウは倒れまいとギテルベウスに抱きついて身を支えている。
それこそ正しい。ギテルベウスが真に欲していたのは、金でも豪華な食事でもなく、ソンショウの真実の思いだった。
「お、俺とメシ食いに行こうぜ……」
「わ、わかったわよ…… 何食べんの? あ、あたしは気楽にラーメンでいいわ」
「お、おお、じゃあ九朗ラーメンとかどうだい……?」
顔を腫らしたソンショウは満足した笑みを浮かべていた。彼はやり遂げたのだ。自身の思いをギテルベウスに伝え、混沌の混乱を防いだ。
ギテルベウスはハロウィンの女妖魔だ。彼女が持つ「死者の書」が開かれれば、現世と冥府が繋がり、無数の妖魔が人間の世界に現れる。
人間型、動物型、機械型、不定形――
様々な妖魔が地上を練り歩く様子こそ真のハロウィンナイトだ。その時は人間の世界が終わる。
ソンショウとギテルベウス、二人が惹かれ合うのは人類の未来を守るためかもしれない。
ギテルベウスも元は人間だったのだ――
「だいじょうぶかしらね……」
「彼だけじゃ不安だわ、私達がついててあげないと」
「そうね、あの男、頼りないから」
「私達みたいな、いい女がついていないと人類の未来は守れないわ」
さくらとこゆきの二人は顔を見合わせ笑った。




