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某大学応援団団長を務める剴。
実家は神社であり、神代から続く武術の遣い手でもある。
柔道部、剣道部、ボクシング部などの猛者達が、ひそかに大学卒業までに打倒剴を願っているほどだ。
そんな剴は夜中に神社の境内に出て、袴姿で真剣にて素振りをしていた。
「お、俺はどうすれば……」
内心が声に出た。剴は不安に襲われ、それを打ち払うために真剣で素振りをしているのだ。
夜の中で真剣の素振りを繰り返す剴の側に、二体の暗い影が舞い降りた。
武徳の祖神に連なる神社の境内に現れたのは、ハロウィンの夜に「向こうの世界」からやってきた妖魔だった。
妖魔は「レディ・ハロウィン」の討伐から逃れ、クリスマスにも現世で暴れるつもりなのだ。
「ゾフィーさん…………」
剴はうつむきながら納刀した。普段の覇気は半分も感じられない。
その剴を血祭りに上げるべく、二体の妖魔は行動を開始した。
「サタ〜ン!」
「クロォ〜スッ!」
二体の妖魔は腕を交差させた。次の瞬間、二人は光に包まれた。
光の中で二体の妖魔は一つになり、クリスマス魔人サターン・クロースへ変身した。
「ゾフィーさんが帰国するとは……」
だが剴はサターン・クロースを気にした様子もない。
彼は愛するゾフィーが、もうじき帰国してしまうかもしれない事実を知ったのだ。
剴の魂は、かつてないほどの衝撃を受けていた。
「死ねえ〜い!」
四本の腕に四本の足を持つサターン・クロースが、両手に斧を握って剴に襲いかかった。
妖魔に背を向け、注意を向けていなかった剴だが、彼の闘志までは消えていなかった。
剴は振り返りつつ抜刀した。
抜き放たれた白刃は、半弧を描いて打ち下ろされた。
剴の目前に迫っていたサターン・クロースの動きが止まる。
その額から股まで一直線に赤い筋が走ったかと思うと、サターン・クロースの体は左右に二つに分かれて境内に倒れた。
抜く手も見せぬ剴の妙技だ。剴は刀の峰を左拳で軽く叩き(刃についた血を落とすため)、納刀した。
刹那の間に閃いた剴の片手斬り。神業的な剣技だが、それを放った剴の心は虚無だ。
彼はゾフィーと別れるかもしれない不安に激しい緊張を感じていたのだ。
それに比べたら、いきなり登場したラスボスのサターン・クロースなど小事だ。
「あたし、故郷に帰るかも」
緑色の長い髪を持つ麗しのギテルベウス。彼女は珍しく憂い顔だ。
ただし、場所は牛丼屋のカウンター席だが。
「はあー、ディナーはせめて寿司屋とかにしてよね~……?」
ギテルベウスは隣に座った翔へ視線を移した。
まだ大学生の翔は金はない。ギテルベウスには不本意ながら、彼氏の翔は年下の学生だ。
財力はギテルベウスの方がはるかに上、それはともかく翔は目を丸くしていた。
「な、なんで…… いつだよ……?」
翔は真っ青だ。ギテルベウスが見たこともないほどの、翔の狼狽ぶりだ。
「……情けない!」
ギテルベウスは翔を平手打ちした。更に、ここが牛丼屋だという事も忘れて翔の胸ぐらをつかんで、彼に「ビビビッ」と往復ビンタを炸裂させた。
「そんな情けないアンタは嫌いよ!」
「う、うるっせえ!」
翔はギテルベウスの往復ビンタに正気を取り戻した。
「バカヤロー、なんで故郷に帰んだよ! 俺を捨てる気か!」
「アンタこそ引き止めるとかできないの、この甲斐性なし!」
翔とギテルベウスは牛丼屋で乱闘に及んだ。
愛し合い、惹かれ合う男女の派手な痴話喧嘩だった。




