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虚無戦線  作者: MIROKU
ラスト・クリスマス・ヒーロー
18/99

 某大学応援団団長を務める剴。


 実家は神社であり、神代から続く武術の遣い手でもある。


 柔道部、剣道部、ボクシング部などの猛者達が、ひそかに大学卒業までに打倒剴を願っているほどだ。


 そんな剴は夜中に神社の境内に出て、袴姿で真剣にて素振りをしていた。


「お、俺はどうすれば……」


 内心が声に出た。剴は不安に襲われ、それを打ち払うために真剣で素振りをしているのだ。


 夜の中で真剣の素振りを繰り返す剴の側に、二体の暗い影が舞い降りた。


 武徳の祖神に連なる神社の境内に現れたのは、ハロウィンの夜に「向こうの世界」からやってきた妖魔だった。


 妖魔は「レディ・ハロウィン」の討伐から逃れ、クリスマスにも現世で暴れるつもりなのだ。


「ゾフィーさん…………」


 剴はうつむきながら納刀した。普段の覇気は半分も感じられない。


 その剴を血祭りに上げるべく、二体の妖魔は行動を開始した。


「サタ〜ン!」


「クロォ〜スッ!」


 二体の妖魔は腕を交差させた。次の瞬間、二人は光に包まれた。


 光の中で二体の妖魔は一つになり、クリスマス魔人サターン・クロースへ変身した。


「ゾフィーさんが帰国するとは……」


 だが剴はサターン・クロースを気にした様子もない。


 彼は愛するゾフィーが、もうじき帰国してしまうかもしれない事実を知ったのだ。


 剴の魂は、かつてないほどの衝撃を受けていた。


「死ねえ〜い!」


 四本の腕に四本の足を持つサターン・クロースが、両手に斧を握って剴に襲いかかった。


 妖魔に背を向け、注意を向けていなかった剴だが、彼の闘志までは消えていなかった。


 剴は振り返りつつ抜刀した。


 抜き放たれた白刃は、半弧を描いて打ち下ろされた。


 剴の目前に迫っていたサターン・クロースの動きが止まる。


 その額から股まで一直線に赤い筋が走ったかと思うと、サターン・クロースの体は左右に二つに分かれて境内に倒れた。


 抜く手も見せぬ剴の妙技だ。剴は刀の峰を左拳で軽く叩き(刃についた血を落とすため)、納刀した。


 刹那の間に閃いた剴の片手斬り。神業的な剣技だが、それを放った剴の心は虚無だ。


 彼はゾフィーと別れるかもしれない不安に激しい緊張を感じていたのだ。


 それに比べたら、いきなり登場したラスボスのサターン・クロースなど小事だ。






「あたし、故郷に帰るかも」


 緑色の長い髪を持つ麗しのギテルベウス。彼女は珍しく憂い顔だ。


 ただし、場所は牛丼屋のカウンター席だが。


「はあー、ディナーはせめて寿司屋とかにしてよね~……?」


 ギテルベウスは隣に座った翔へ視線を移した。


 まだ大学生の翔は金はない。ギテルベウスには不本意ながら、彼氏の翔は年下の学生だ。


 財力はギテルベウスの方がはるかに上、それはともかく翔は目を丸くしていた。


「な、なんで…… いつだよ……?」


 翔は真っ青だ。ギテルベウスが見たこともないほどの、翔の狼狽ぶりだ。


「……情けない!」


 ギテルベウスは翔を平手打ちした。更に、ここが牛丼屋だという事も忘れて翔の胸ぐらをつかんで、彼に「ビビビッ」と往復ビンタを炸裂させた。


「そんな情けないアンタは嫌いよ!」


「う、うるっせえ!」


 翔はギテルベウスの往復ビンタに正気を取り戻した。


「バカヤロー、なんで故郷に帰んだよ! 俺を捨てる気か!」


「アンタこそ引き止めるとかできないの、この甲斐性なし!」


 翔とギテルベウスは牛丼屋で乱闘に及んだ。


 愛し合い、惹かれ合う男女の派手な痴話喧嘩だった。

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