商店街
見慣れない道を歩きながら、僕は今日の出来事を思い返していた。
桜田小学校で初めて会話したクラスメイト、明楽のこと。クラブのこと。上杉先生のこと。
明楽はとてもまっすぐな性格の女の子だった。思ったことをすぐ口にしてしまうのが悪い癖だと本人は言っていたけれど、僕はそれが悪いことのようには思えない。明楽と話していると、僕が今まで人との会話を躊躇していたのがばからしく思えてくるほど、楽しかった。明楽は本当に何でも思ったことを言うので、僕もそれに引っ張られて、いつもより口が軽くなっているように感じた。明楽となら、僕も面白おかしく会話ができるような気がした。
家までの帰り道。明楽と僕は家が近いみたいだったから、途中まで一緒に帰ろうということになった。その間に、明楽はこの町のことについて教えてくれた。
桜田町には、千人ほどの人が住んでいる。山奥にあるこの町は、東京と違って地下鉄がない。大きい交差点だって、背の高いビルだって無い。その代わり、大きな自然に囲まれている。
「向こうに見えるおっきい山があるでしょ? あそこはね、桜山って言って、春になると桜の花が満開になってとても綺麗なんだよ!」
明楽が指さす方向には、大きな山がそびえたっていた。今は桜の花が散り、緑の葉が覆いつくしている。今は六月だから、桜の花を見られるのは大分先になるだろう。
「四月が楽しみだね」
「うん! でも夏には大きな花火大会もあるから、そっちも楽しみ」
そう言って明楽は遠い空を眺めた。遠くで鳥のさえずりが聞こえてくる。花火大会なんて、人が多くて行く気も起きなかったが、この町なら程よく楽しめそうだなと思った。
明楽と話を続けていると、桜田商店街が見えてきた。
商店街はたくさんの人がいた。魚屋、花屋、書店など、様々なお店がずらりと並んでいて、少し心がそわそわした。
「あら、お帰り明楽ちゃん」
「ただいま! おばさん!」
書店の方から声がした。その声にすぐさま反応し、挨拶を返す明楽。どうやら声の主は、明楽と親しい関係のようだ。
「いらっしゃい。明楽ちゃんのお友達かい? 見ない顔だねえ」
その人は、腰をとんとんと叩きながらゆっくりとした足取りで書店から出てきた。
「この子はね、日向っていうの。この前東京から引っ越してきたばっかりなんだよ」
明楽が僕のことを紹介してくれた。初対面の人と話すのは基本的に苦手なので、明楽の気遣いはありがたい。
「……はじめまして。奥村日向って言います」
少し緊張しながらも自己紹介をする。同年代の子に自己紹介するよりも気が楽だった。
「はじめまして。私はこの店で仕事してる、節子っていうの。よろしくね」
節子さんはやさしい笑みで僕を温かく迎え入れてくれた。僕もつられて笑顔になり、何の緊張感もなく、お辞儀をすることが出来た。
「はい。これからよろしくお願いします」
「ふふっ……礼儀が正しい子ね」
「でしょ!」
なぜか明楽が得意げに胸を張っていた。
商店街を通っていると、さっきの節子さんみたいに、明楽と僕に挨拶をしてくれる人たちがたくさんいた。その度に明楽は僕を紹介してくれて、僕は何度も、自分の名前を口にした。こんなにたくさんの人と話したのは、いつ以来だろう。引っ越す前には考えられないことだった。
そんな新鮮な気持ちを抱えたまま歩いていると、あっという間に明楽の家に着いた。
「私の家はここだよ」
そこには色とりどりの花が添えられたきれいなお店があった。立てかけられている看板には、天堂フラワーショップと書かれている。
「すごい……」
店の入り口に立つと、様々な花の香りが鼻腔を駆け抜けていく、すこし水っぽいよな、それでいてさわやかな香りが僕たちを包んだ。
「でしょ? 桜田町でお花屋さんはうちだけだから、結構人気なんだよ? また今度でいいから買いに来てよ、家族と一緒に」
「うーん……父さんはあんまり花とかに興味ないかも……」
「そっか〜。じゃあお母さんは?」
「えっと……」
突然投げかけられた質問にドキリとする。僕は思わず顔を背けた。
「あら、おかえり明楽」
「お母さん! ただいま!」
店の中から発せられた声に明楽が反応する。僕の心臓はまだ鼓動が落ち着かなかった。
「今日は帰りが早いのね。クラブはなかったの?」
そういいながら、明楽のお母さんは店から出てきた。黄色いエプロンを付け、長い黒髪を後ろで結んでいる。とてもきれいな大人の女性という雰囲気だ。
「うん! 今日はあたらしい友達ができたから、一緒に帰ってきたの」
そう言って明楽は僕の方を見る。その視線を追うように、明楽のお母さんも僕に視線を向ける。
「奥村日向です」
今日だけで何度も自己紹介をしている気がする。最初は緊張したが今回は明楽のお母さんということもあってか、さほど緊張することもなく自己紹介できたと思う。
「日向君、よろしくね。うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」
そう言って明楽のお母さんは笑顔を向けてくれた。
明楽のお母さんとのあいさつを終え、明楽のお母さんは店の奥へと戻っていった。明楽と僕は、お花屋さんの前で向かい合った。
「ねえ、今から日向の家に行ってみてもいい?」
「え? 今から?」
「うん! どこなのか気になる!」
「うーん……まあ、いいけど……」
明楽からの唐突な提案により、二人で僕の家へ行くことになった。