決意の先で
お待たせしました
次回最終回です
「ぐっ……!」
何度目かわからない衝撃が、腹を突き刺す。山田は相変わらず下卑た笑みを浮かべている。
俺は山田の取り巻き二人に手足を掴まれていた。
「一回おまえをボコボコにしてみたかったんだよ」
山田はそう言って、俺に蹴りを入れた。俺は痛みで顔が歪む。
「ほら、殴ってみろよ。俺のこと」
「暴力はダメだって、明楽に怒られる」
「は? 強がんなよ。動けないくせに」
山田は苛ついた表情で、俺の顔を殴った。
「うっ……!」
俺は山田を睨みつける。
「奥村に、もう何もするな……」
何度も殴られたせいで、声に力が入らなかった。だが、それでも俺は山田に訴える。
「もう、奥村に近づくな……!」
「何言ってんだお前? 自分の心配しろよ」
「……俺は、おまえらの嫌がらせなんて何も気にしてないからな」
山田は俺の言葉を聞いた瞬間、苛ついた表情をさらに歪めた。
「そういうとこがムカつくんだよ!」
山田は俺の顔面にめがけて拳を振り上げた。その瞬間。少し離れたところから声がした。
「や、やめろ!」
山田はその声を聞いて動きを止めた。俺は声の方を見た。そこには頼りなさそうに体を震わせながら、俺達を見据える人影があった。
「奥村……」
体の震えは止まらない。それでも、逃げるわけにはいかなかった。神山くんは、体中がぼろぼろになっている。その姿は、まるであの時の健を見ているようだった。僕は健に守ってもらったくせに、健には何もしなかった。僕はもう、同じ失敗を繰り返したくない。
「か、神山くんから離れろ……」
喉は震え、声は掠れてうまく言葉を発することが出来ない。自分で自分を情けないと感じた。今僕は山田くんたちを前にして体中が震えている。恐怖心は消えず、今にも逃げ出したい気持ちにかられる。それでも、言わなくちゃいけない。
「もう、こんなことはやめてよ……!」
「もうこんなことはやめてよ! だってさ」
山田くんを皮切りに、僕と神山くん以外の、その場にいた人が全員笑い声を上げる。
「おまえも殴られに来たんだな。ちょうどよかった。神山じゃ反応が薄くて面白くなかったからさ」
神山くんは顔が腫れていて、痛々しい姿で僕を驚いた顔で見つめている。
「……今すぐ神山くんを離してよ」
「はぁ?」
「……だ、だから、神山くんを」
「うるせえ!」
山田くんの隣りにいた生徒が僕の顔を勢いよくぶん殴った。僕は何も出来ずに尻餅をつく。
「いっ……!」
「おまえ何しに来たんだよ。お前が来たところで何の意味もないぞ」
そんなことは言われなくてもわかっている。僕は喧嘩が強いわけでもないし、頭がいいわけでもない。友達が少なければ、誰かに頼ることだって出来ない。
「それでも……何もしないのはもうやめたんだ……」
「何言ってんだ? おまえ」
山田くんは苛ついた表情で僕を睨みつける。僕は怯える心を奮い立たせて、山田くんを正面から見据えた。
「僕は、友達を裏切るのはもう嫌だ」
「奥村……」
「さっきから意味わかんねえんだよ。おまえの気持ちとかどうでもいいし」
山田くんは僕のもとまで歩いてきた。
「おまえらのそういう反抗的な態度が本当にムカつくわ」
山田くんは、僕の前で拳を振り上げた。僕は思わず手を顔の前に出して身を護るポーズを取る。
「なんだ、めっちゃ震えてるじゃん」
「……そ、それは」
「結局おまえはそうやって震えてることしか出来ないんだよ」
山田くんは僕のお腹を殴ろうとした。僕は目を瞑り衝撃を覚悟した。
「もうやめろよ山田」
「神山……!」
すぐ傍で神山くんの声がして、僕は目を開ける。目の前には、山田くんの腕を掴む神山くんの姿が
あった。
「か、神山くん……? 大丈夫なの?」
「ああ、あとで怒られるかもな」
神山くんの後ろを見ると、神山くんを抑えていた生徒二人が腕を抱えて歯を食いしばっていた。
「おまえら……!」
「ちょっと離れてろ」
神山くんは、僕を庇うようにして、山田くんの前に立った。山田くんは神山くんを睨む。一触即発な状況に、僕は動くことが出来なかった。
「あなたたち! 何をやっているの!」
学校側から、唐突に甲高い声が響いた。その場にいた僕らは全員、声の方を見る。そこには篠崎先生、明楽、島田さん、岡島さんの四人がいた。
「武! 日向! 大丈夫!?」
明楽は僕と神山くんを見て、すぐに駆け寄ってきた。僕は明楽の声を聞いて、一気に体の力が抜けていくのを感じた。
「二人とも顔が腫れてる……! 山田にやられたの!?」
「俺はやってない! 神山が奥村を殴ったんだ! 俺達はそれを止めようとして……!」
山田くんは篠崎先生に向かってデタラメを言い始めた。僕は転校したばかりの時の体育の授業を思い出した。あの時も山田くんは先生に嘘をついていた。
「嘘よ! 武がそんな事するはずないじゃない」
「嘘じゃない! なあ、お前ら」
「あ、あぁ……」
「そ、そうだそうだ! 神山が殴ったんだ」
山田くんの周りにいた生徒たちは口を揃えて神山くんが殴ったと主張し始めた。僕の中の恐怖心はいつの間にか消え、代わりに怒りがふつふつと湧いてきた。僕はもう神山くんを裏切らない。
「……違います。山田くんが神山くんを殴っていたのを止めたら、僕も山田くんに殴られました」
僕は怒りで声を震えさせながら、本当のことを篠崎先生に話した。篠崎先生は納得したような表情で「山田君、職員室へ行こうか。神山君と奥村君を殴ったのは、間違いないみたいだし」
「そ、そんな……」
「君たちも、一緒に来てもらうからね」
山田くんの周りにいた生徒たちは皆、困ったような顔で、お互いの顔を見合わせていた。僕は、山田くんの焦っている顔を見て、ざまあみろと思った。こんなに清々しい気持ちになったのは随分と久しぶりな気がする。
「神山君と奥村君は保健室に行って傷を見てもらいなさい。明楽、連れて行ってあげてね」
「はい! ほら、行こう。二人とも」
僕と神山くんは明楽に手を引かれてその場を後にする。明楽の手はほんのり温かくて、僕の心は自然と緊張から開放された。
「……あの、ありがとう。三人とも、先生を連れてきてくれたんだね」
僕は、明楽と岡島さんと島田さんを見た。三人とも、呆れたような顔をしていた。
「神山、あんたねえ、いきなり一人で殴りこみに行くなんてどうかしてるわよ」
島田さんは神山くんに口を尖らせて言った。
「別に殴ってねえし……ちょっとしか」
「ちょっとは殴ったんじゃない」
「でも、おかげで助かったよ……神山くん」
僕は、今までちゃんといえてなかったことをはっきりと言った。
「ありがとう」
神山君は照れ臭そうに頭を掻きながら、僕に言った。
「いや、その……俺も助かったよ……日向」
日向。突然そう呼ばれて、自分の鼓動が早くなるのを感じた。神山くんと僕は、お互いに顔を赤くして、目を逸らしてしまう。
「ちーちゃんと果歩もありがとうね。一緒について来てくれて」
そんな僕たち二人の様子を知ってか知らずか、今度は明楽が、島田さんと岡島さんにお礼を言った。
「あきを一人で行かせるわけないじゃん」
「二人とも怪我は大丈夫ですか?」
岡島さんは僕と神山くんを心配そうに見た。
「うん……まだ痛いけど、大丈夫。それより、神山くんは大丈夫なの?」
「……なあ、日向。何でお前、俺のこと助けようとしてくれたんだ?」
「それは……」
神山くんは真剣な表情で僕を見つめた。僕はちゃんと答えようと、言葉をしっかりと選んで口を開いた。
「神山くんが、僕を助けてくれたから」
「……それだけか?」
「うん……だって、友達を助けるのは当然でしょ?」
「それは……そうだな」
神山くんは、この時僕の前で初めて笑った。僕も、なんだか嬉しくなって表情がゆるくなった。
「なになに? 二人とも、全然元気そうじゃん」
明楽も、僕達を見て笑顔になっていた。そうだ、大事なことを忘れていた。
「明楽、神山くん。あのさ」
「うん?」
「なんだ?」
「――僕、桜田探偵クラブに入るよ」




