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桜田探偵クラブ  作者: さとしひかる
23/27

ありがとう

 俺は常に学校で一人になった。山田からのいやがらせが無くなり、うっとうしさからは解放されたが、自分の中で今までの行いは本当に正しかったのかという疑念が初めて湧いた。山田に何もされなくなったことで、思考する余裕が出てきたのかもしれない。しかし、今更考えてももうすでに手遅れだ。俺はこの学校で、これからもずっと一人で過ごすことになるのだろう。そう思えば、高橋が山田のもとに付いた理由がなんとなく理解できる気がする。俺の味方をして学校で浮いた存在になるよりも、山田と一緒にいた方がきっと良い。高橋ははじめから俺がこうなることを予想していたのかもしれない。


「はぁ……」


 気が付けば、自分の口からため息がこぼれていた。無意識的なものだったが、その溜息で俺は自分が想像以上に疲れていることを自覚した。


 そんな学校での昼休み。俺はいつも通り誰とも喋らずに一人で黙々とご飯を食べていた。学校での昼ごはんは、普通は四人で机をくっつけて、皆で向き合ってご飯を食べている。でも俺は、いつも誰とも机をくっつけずに一人でご飯を食べていた。


 一人でご飯を食べ終えた俺は、教室から出て図書室へと向かった。最近は、昼休みになるといつもここへ来る。理由は単純に静かだからだ。教室にいると、クラスメイトたちの声がうるさくてしょうがない。以前は気にならなかったのに、最近はどうしても気になってしまう。


 図書室へ続く廊下を歩いていると、数人の話し声が聞こえてきた。一人の声の主は女子のようで、何か怒気が混じったような声を出していた。


 俺は少し気になり、歩幅を大きくして歩いた。声はだんだん近づいていき、廊下の曲がり角を曲がったところにそいつは居た。


「ちーちゃんに謝ってよ!」


 俺はこの大きな声に聞き覚えがあった。三年生になって最初の登校日。あのときに、二組から聞こえた一際大きな笑い声。あの声と同じだ。


「だから、何もしてねえって言ってんだろ」

「だったらそのストラップは何よ! ちーちゃんのものでしょ!」


 もうひとりの方は何度も聞いた声だからすぐに分かった。山田だ。あいつはこうやって人が少ないところですぐに問題を起こしている。


 女子の名前はうろ覚えだが、確か天堂とかいう名前だった気がする。二組の中心人物で、隣のクラスの俺にまで噂が聞こえてくるほどの有名なやつだ。人当たりがよくて顔が良くて運動神経抜群の女子。先生からの評判もいい。俺とは真逆の印象を持たれているみたいだ。


「俺がやった証拠はあんのかよ」


 一体何の話をしているんだろう。山田は相変わらず取り巻きを連れていて、天堂の隣では、眼鏡を掛けた女子が泣いていた。どういう状況なのかは分からないが、こういう場合は、大抵山田たちが悪い事をしている。俺はいつものように、山田たちの前に飛び出した。


「おい、何してるんだ山田」


 俺は山田とその後ろに並んでいる生徒数人を睨みつけた。何人かはビビっているようだが、肝心の山田は全く動じずに答えた。


「……またおまえかよ」


 山田は心底めんどくさそうに溜息をついた。俺はその様子を見て苛立ちを覚えたが、今は我慢して視線を天堂たちの方へ向ける。


「……大丈夫か?」


 話しかけた直後に後悔する。俺はこうやって話しかけて、ちゃんとした返答が返ってきた試しがない。大体は俺に怯えてまともな会話ができなくなる。


「私は大丈夫だけど、ちーちゃんのストラップが……」


 俺の予想を裏切り、天堂は俺に怯えることなく答えた。こいつは俺の噂を知らないのか? いや、いつでも友達に囲まれていそうなこいつが、俺の噂を知っていないわけがない。


 天堂の態度に拍子抜けしながらも、頭を切り替えて山田の足元に転がっているストラップを見た。小さなうさぎのぬいぐるみのようだが、よく見ればうさぎの耳の部分が千切れていた。中から綿が飛び出している。


「それ、お前がやったんだな」


 俺は山田の顔を見て言った。山田は声を荒らげて答えた。


「だから、やってねえって言ってんだろ? 証拠があんのかよ?」

「ちーちゃん。あいつらがやったんだよね?」


 ちーちゃんと呼ばれた女子は、泣きながら首を縦に振った。


「ほら! やっぱり!」

「はあ? そんなの証拠にならないだろ! なあお前ら。俺は何もやってねえよなあ」


 山田は後ろにいる取り巻きたちを見た。そいつらは、口を揃えて何もやってないと言い出した。どいつもこいつも薄ら笑いを浮かべている。俺はその様子を見て、自分の中の怒りを制御できなくなった。


「おまえら、ふざけんなよ!」


 俺は山田に掴みかかろうとしたが、その瞬間に後ろから高い声が響いた。


「も、もう大丈夫です!」


 後ろを振り返ると、眼鏡の女子が俺を見てそう叫んでいた。俺はその瞬間に自分の中にあった怒りの感情が小さくなっていき、その代わりに迷いが生まれた。


「でも、こいつらはお前の――」

「直せばいいので……」


 眼鏡の女子の声は震えていた。


「ちーちゃん……」


 小林は悲しげな表情を見せた。俺はまた怒りがこみ上げてきて、山田たちの方へ向かって叫んだ。


「おまえらいい加減にしろよ! 何でこんな事ばっかりするんだ!」

「おまえだろ、神山。いい加減にするのは」


 山田は俺にゆっくりと近づいた。


「ほら、いつもみたいに殴ってみろよ。また先生に怒られたいなら」

「おまえっ……!」


 俺は反射的に拳を振り上げた。しかし、今度は天堂が俺に言った。


「殴るのはだめだよ! 神山くん!」

「っ……!」


 その声で俺は我に返り、振り上げた拳をゆっくりと下ろした。山田は下卑た笑みを浮かべながら、俺に言う。


「良かったな。また怒られずに済んで」


 山田たちは、笑い声を上げながらこの場を去っていった。残された俺達は、ただ黙って山田の背中を見送った。悔しさで拳が震える。俺は何度こんな思いをすれば良いんだ。しかしその気持ちをぶつけるべき相手はもうこの場には居ない。


「くそっ……!」


 思わず口から悔しさが漏れ出ていた。そんな俺に、小林が話しかけた。


「あの、ありがとうね。助けてくれて」


 俺は驚いて天堂の顔を見た。天堂は申し訳無さそうな表情をしている。


「あの、ありがとうございました」


 眼鏡の女子も俺に対して礼を言った。俺は少したじろぎつつも、気になることを口にする。


「いや……俺が勝手にやったことだし。ていうか、おまえらは俺と喋って平気なのか?」

「なんで?」

「俺の噂とか、知ってるだろ? 怖くないのか?」


 天堂は、首を傾げて不思議そうな顔をした。


「でも、私達のことを助けようとしてくれたんでしょ」

「それはそうだけど」

「ならお礼言うのは当たり前じゃん。喋ってみれば別に怖くもなんともないし。ね? ちーちゃん」

「う、うん……助けてくれてありがとう」


 俺は戸惑いを隠せなかった。今まで助けようとしてきた奴らは、俺を怖がってすぐに離れていってしまうのに、こいつらは俺に礼を言った。こんなことは初めてだった。


「でも良いのか? 俺と一緒にいると、あまり良い目で見られないぞ」

「もう、細かいことを気にしすぎ! 別にいいじゃん、誰と一緒にいようが」


 天堂は胸を張ってそう言い切った。

「それに、ただの噂でしょ。私は自分の目で見たことしか信じないよ」

「俺が暴力的っていう噂は本当だ。さっきだって、山田を殴ろうとした」

「それは、ちーちゃんのためにそうしようと思ったんでしょ」


 天堂は、耳がちぎれたうさぎのストラップを拾い上げ、眼鏡の女子に渡した。


「はい、ちーちゃん」

「ありがとう……あきちゃん」

「……じゃあ、俺は行くとこあるから」

「え、行っちゃうの?」


 天堂は残念そうに呟いた。


「なんだよ? 言っとくけど俺は裁縫とか出来ないぞ」

「そうじゃなくて、名前教えなさいよ」

「はぁ……? 別にいいけど。神山武だ」

「私は天堂明楽」

「私は、岡島千恵里です。今日はありがとうございました」

「別に良いよ……じゃあな」


 名乗りあったところで、どうせもう会話することはないだろう。そんな事を思いながら、俺は天堂達に背を向けた。


「またね! 神山!」


 天堂の脳天気な声を聞き、教室の窓を見た俺は自然と自分が笑っていることに気がついた。


「……ああ」

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