クラブ見学
翌朝、僕は慣れない登校班に混じりながら、明楽と一緒にやったゲームの話をしていた。
「あのゲームってコツがあるんだよ。組み方さえ覚えれば、日向もすぐにうまくなるって!」
「そうだったんだ、いつもなんとなくでプレイしてた」
僕は昨日のことをなるべく考えないようにして、明楽との会話を楽しむことに専念した。少しでも沈黙が続けば、昨日のことを思い出してしまいそうだったから。
幸いにも、僕が話題に尽きてしまっても明楽はずっと喋り続けてくれた。おかげで学校までの道のりはあっという間だった。
明楽と後ろのドアから教室に入る。教室に入ってすぐ、山田くんの席を見てしまう。山田くんはクラスメイトと談笑をしているみたいで、僕に気づいた様子はない。ほっと安堵し、すぐさま視線を逸らす。
今日は体育の授業はない。神山くんと接する機会があるとすれば、クラブの時間だけだ。
「今日はクラブの日だから、忘れないでよね」
明楽の笑顔に僕は素直に答えられなかった。
六限目まで特に何事もなく授業を乗り越え、あっという間にクラブの時間になった。昼休みの時間には山田くんと目が合う瞬間があったが、山田くんは何もしてこなかった。
山田くんのことを気にしていてもしょうがない。どのみちクラブ見学は行くつもりだった。僕は昨日のことを気にしないようにしながら、明楽と一緒にクラブ活動をする教室へと向かった。
「桜田探偵クラブって具体的に何するの?」
「それは、みんな揃ったらちゃんと説明するよ。て言っても、メンバーは三人しかいないんだけどね」
「初日にもそんなこと言ってたね……僕まだ入るって決めてないけど」
「え!? そうなの!?」
相変わらず明楽は思い込みが激しいらしい。実際僕はあまりそのクラブに入る気にはなれない。見学はともかく、クラブに加入したとなれば神山くんと喋ることは避けられないだろうから。僕が桜田
探偵クラブに加入したら、山田くんはどう思うだろうか。
「でもきっと、気にいると思うよ」
その笑顔を見て、僕の心は針が刺さったように傷んだ。
クラブの教室は、小さな研修室を使用していた。明楽を先頭に中へ入ると、そこには教師が一人、何やらプリントを眺めている。
「あやちゃん! 日向連れてきたよ!」
あやちゃんと呼ばれた女性は、顔を上げニッコリと微笑んだ後、少し口をすぼめておどけたように言う。
「あやちゃんじゃないでしょ〜。篠崎先生って呼びなさい」
「え……えっと、はじめまして。奥村日向って言います」
「ええ、上杉先生から聞いてるわ。私は六年一組の担任の篠崎綾恵です。よろしくね」
篠崎先生は、長い髪をふわりと揺らしながら、僕達の前まで歩いてやってくる。その仕草一つ一つに丁寧さを感じ、僕は少し緊張した。
「君、なにか得意科目はある?」
「え……? えっと……算数です」
「算数! 良いわね! 算数ができる人は論理的思考が得意だからね」
満足そうにうなずく篠崎先生。何のための質問だろう。
「気にしないで。今の質問はあやちゃんがよく初対面の子にする質問だから。ちなみに私は国語が得意って言ったら、私と一緒! って喜ばれた」
「へえ、そうなんだ」
「反応薄いね奥村君! やっぱり算数得意な子って感じ」
どういう感じなのかよくわからない。けど少なくとも今までの会話で分かったことがある。
「なんだか、篠崎先生って明楽と似てますね」
「あはは。よく言われる」
明楽は嬉しそうに笑った。明楽との会話に慣れているおかげか、篠崎先生とも話しやすい。確かにこのクラブは居心地が良さそうだ。
その後も他愛のない話をしながら、神山くんが来るのを三人で待った。十数分話していると、研修室の扉が開いた。
「ちわす」
「遅い! 何やってたの!」
扉の方を見ると、神山くんがポケットに両手を突っ込んで気怠そうに立っていた。明楽はいち早く神山くんのそばに駆け寄り、指を指しながら文句を言う。
「今日は日向の桜田探偵クラブ参加記念日でしょ!」
「いや、まだ入るとは……」
「こらこら、まだ奥村くんは入るって言ってないでしょ」
篠崎先生が明楽に注意する。僕の言いたいことを言ってくれた。
「でも、日向は入りたいでしょ?」
「え、えっと……」
明楽から視線をそらす。僕は山田くんに言われたことに逆らえない。今日はバレないとしても、今後もこのクラブで活動するのであれば、どうしてもその話は山田くんに知られてしまうだろう。そうなれば同じクラブメンバーの神山くんと関わったと言われ、また殴られるに違いない。
「まだ、分からない」
「そっか。でもまだクラブの活動内容も聞いてないんだし、その話から始めようか」
「……はい。お願いします」
内容を聞いても多分僕の気持ちは変わらないが、せっかくここまで来たんだ。今更引き返すのも明楽に悪いし、話だけでも聞くことにしよう。
視線を感じ顔をあげると、神山くんが僕のことを見ていた。なにか言いたげな、そういう表情のように感じた。
「……」
山田くんに殴られたくない僕は、その視線をただ黙ってやり過ごすことしか出来ない。
「じゃあまず、桜田探偵クラブの活動内容から話すね」
そう切り出した篠崎先生は、手元においてあったプリントを僕らに配った。
「神山くんと明楽には今更かもだけど、一応聞いてね」
「あやちゃんいつの間にこんなの作ったの?」
「昨日ね、ただでさえ名前だけじゃ何するクラブかわからないだろうから、わかりやすいようにと思って」
「すご〜い! 流石だね!」
手元のプリントを見ると、上の方に大きく「桜田探偵クラブ活動内容」と書かれていて、そのとなりには、上杉先生に貰ったプリントにも載っていた、たぬきっぽい動物のイラストが描かれている。
「あの、これって何ですか?」
「ああ、それは桜田探偵クラブのマスコットキャラクター、さくぽんよ」
「さくぽん……?」
「桜田探偵クラブだから、さくぽん」
篠崎先生は、反応を期待するように目を大きく見開いて僕を見ている。
「……えっと、可愛いですね」
「でしょう! 私もこの子を思いついたとき、私は天才か! って思ったもん」
篠崎先生はとてもうれしそうに目を輝かせている。僕の隣では、神山くんが呆れたようにため息をついていた。
「そ、そうですね……」
篠崎先生の言葉を受け流しつつ、プリントの内容をよく読んでみる。書かれていたのは、以前明楽から聞いていた通りの活動内容のようだった。ただ、イラストなどを用いてあの時の説明よりもより詳しく、分かりやすく説明されている。
「活動内容は主に学校生活のお手伝い。もっと詳しく言うと、先生や生徒から依頼されたお手伝いをこなして、社会奉仕とはどういったものなのかを学ぼうというのがこのクラブの活動方針だよ」
「……なるほど」
プリントによると、どうやら学校の校門付近にポストが設置されていて、そこに手伝ってほしいことやお願いを書いた紙を投函し、クラブ活動の日にそれを確認して依頼をこなすというのが普段の活動らしい。このポストは誰でも利用できるらしく、生徒や教員のみならず、食堂で働いている人たちや学校の近所に住んでいる人、生徒の保護者なども利用できるらしい。
「どう? 凄いでしょ!」
こんなクラブ、今までのどの学校でも見たことがない。
「たしかに凄いかも」
「でしょ〜!」
僕が驚くと、明楽は満足げに胸を張った。神山くんもどことなく嬉しそうだ。
「ま、話を聞くだけじゃ分かりづらいかもしれないから、実際にやってみようか」
篠崎先生に連れられて、僕らは校門へと向かった。




