そうだ買い物に行こう⑤
俺は缶ビールを受け取り冷蔵庫へしまう、アオイさんは袖をまくり下ろしていた髪を後ろで束ねる。少し首元が開いたシャツからうなじがチラリと見えた。透き通るような白い肌、本当に美人だな、この人は。
「ねえ、ご飯は炊いてあるの?」
「あ、いや! まだです!」
「そう、じゃあそっちはお任せするわ。まさかお米が無いとは言わないよね」
俺は小さく頷き、炊飯器からお釜を取り出しキッチンの下に収納しているプラスチックの米櫃から三合分を計量しシンクの前に立つ。
コーデリアも手伝いを申し出たがさすがに三人も立てる程うちのキッチンは広くない。
彼女には布巾を渡しテーブルを拭くようにお願いした。異世界の人間と言え、さすがにテーブルを拭くぐらいは出来るはずだ。
「トモヤ君、素早く研ぐのよ。後、最初の水はすぐ捨てるのを忘れないでね」
「え? あ、はい」
俺は最初の水はすぐに捨てる。俺の動きを見ていたアオイさんがまた声をかけてきた。
「そうそう、お米は最初の水が一番水分を吸収しやすいのでササッとやった方が美味しく炊けるのよね」
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。水分を吸収しやすいのは一番初めの水。そこをモタモタしているとどんどん水分を吸収していく。七年一人暮らしして『炊ければいい』と思っていたけれど、こういう何気ないひと手間で意外と味が変わるのかもしれない。
俺は素早く米を研ぐ、アオイさんがずっと俺の顔を見ている。アオイさんの視線に気づき振り向くと彼女は急に横を向いた。
「さ、さて!……私は唐揚げを仕込みましょうかね! 鶏肉はチルドに入れてある?」
アオイさんが冷蔵庫の真ん中のチルド室を開けてそこからパック詰めされた鶏肉を二つ取り出す。今日は三人分なので一人で食べるよりも遥かに多い。
彼女はテキパキと唐揚げの仕込みを行ってくれた、俺はその都度調理器具や調味料の場所を教えた。
「仕込みは終わったから、ご飯が炊けるまで少し待ちましょうか。座って待ってて。私もう一品作るから」
アオイさんはそういうと冷蔵庫から缶ビールを取り出し、俺に向かって目線で訴える。『飲んでいい?』と言っているようだ。
キラキラした目で訴えかけられて断れる男は居ない。俺は頷くとアオイさんは嬉しそうに缶ビールを開け一口飲んだ。『ぷはっ』と彼女が嬉しそうに笑顔を零した。
そして缶ビール片手に先程持参した鞄からいくつか食材を取り出し調理を始める。
缶ビール以外にも食材が入っていたのか。
ジャガイモと人参の皮を剥き、玉ねぎも切る、鍋に牛肉を入れて軽く炒める。さらに鍋に水を足し野菜を投入。その手際の良さに舌を巻いた。
「アオイ殿! 凄いな! 何を作っているのかさっぱりわからんが!」
コーデリアの一言が場を和ませる。俺も何を作っているのかわかりません。
「これは肉じゃがっていう日本の料理よ。調味料少し借りるわね」
「に、肉じゃが! なんと甘美な響き! 味の想像が全くできぬ!」
俺は物凄く嬉しくなった。唐揚げとサラダだけで十分だったのに、まさかアオイさんが肉じゃがを作ってくれるとは。家庭の味に飢えている俺にとってこれは嬉しい不意打ち。
アオイさんは鍋の前で鼻歌を歌いながら二本目の缶ビールを開ける。彼女はそれを美味しそうにゴクゴクと飲む。こんなにビールを飲む人だったっけ。
そして『味には自信があるんだから』と彼女がニコッと笑った。
その可愛さは犯罪でしょ。
コーデリアも十分可愛いけれど、まだ幼さが残る。その点アオイさんは成熟した大人の可愛さが感じられる。アオイさんは俺とコーデリアの手を借りる事無くあっさりと肉じゃがを完成させた。
そしてしばらくすると炊飯器が鳴った。
「あ、大丈夫。少し蒸らしましょう。その方が美味しく食べられるわよ」
お米が炊けたらすぐに食べずに、一度かき混ぜてから少し蒸らした方がいいという話は知っている。これも一人暮らしじゃ面倒なので殆どしない。
アオイさんはしゃもじを取り出し炊飯器を開けお米をかき混ぜる。しゃもじで一口掬い指で何粒かつまみ口に含んだ。
「うん、美味しく炊けている」
アオイさんって、実は家庭的な人だったのだな。当たり前の事だが会社ではプライベートな部分を見かける事が無かったのでこれは新鮮な光景だ。
それから三十分程が経過し、アオイさんが『そろそろ準備しましょうか』と言った。
俺はコーデリアにチルド室からパックのサラダがあるのでそれをボウルに入れるように指示。俺は皿を出したりコップを用意したりお茶を出したりした。
「な、なんと……これはまた新鮮な野菜が見事に切られておる! これは相当腕の立つ剣士に違いない……」
リビングでコーデリアがポツリとそう呟く。んな訳あるか。
一方のアオイさんは油を加熱した鍋に鶏肉を投入、少し揚げてから取り出す。
「あれ……少し短くないですか?」
「ふふ」
アオイさんは俺をチラリと見てニヤリと笑う。そしてしばらく待ってから一度揚げた鶏肉を再び油の中へ放り込んだ。
「これは二度揚げよ」
「二度揚げ?」
「そう、このひと手間で唐揚げがもっと美味しくなるのよ。一度低温で揚げてから取り出す、そうすると余熱で中まで火が通るので少し置くの。その後高温の油で一気に揚げると外はカリっと中はジューシーになるの」
彼女はすべての唐揚げを二度揚げし、油を切った後お皿に盛った。その後肉じゃがも小鉢に盛り付ける。
「はい、かんせーい!」
満面の笑顔を浮かべるアオイさん。ちきしょうめちゃくちゃ可愛い。
まるで夢のようだ、幼さが残る可愛らしい少女と高校時代からお世話になった美人の先輩と食卓を囲む。これを幸せと言わずなんと言おうか。
長年勤めた会社で挫折し逃げるように退職した。正直未来も希望も無い。けれど退職した日に異世界からやって来た彼女コーデリアによって俺の運命は動き出した。
しかしこの時の俺は知らなかった。
異世界からの刺客の手が俺たちに向かっている事を。
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