そうだ買い物に行こう②
―― アオイ ――
私の名前は木更津アオイ。
今日は土曜日、仕事は休みなので近くのショッピングセンターに買い物に来ている。昨日会社で凄く辛い事があって気分は沈んでいる。
神崎トモヤ、彼が会社を辞めてしまった。
彼と出会ったのは高校の二年の時、私が所属していた剣道部に彼が入部してきた。初めは他の新入生と同じようにどこにでもいる一年生だった。
そんなある日、私は練習に熱が入り遅くまで剣道場にいた。
練習が終わると一人の男が目の前に現れた。彼、神崎トモヤだった。彼は何も言わずに道場の片づけを手伝ってくれて私が着替え終わるのも待っていた。
その行動が酷く怖くなって私はたまらず言った。
「ど、どうしてここに居るの……?」
「い、いや……俺はただ忘れ物を取りに来て、たまたま先輩がいて……」
彼は頭をかいてその場を誤魔化そうとしていた。この時の私は彼が見え透いた嘘をついているように思えた。
「告白……? 生憎だけど私そういうのに興味は無いから。片づけを手伝ってとも言ってないし、待たれるのは迷惑だよ」
今思っても酷い事を言ったと思う。
少なからず人より可愛いという意識はあったし、人よりも胸が大きかったため、中学の頃から何度も様々な男性に告白されてきた。けれど殆どの男は私の見た目で一目惚れしただの、好みのタイプだのと私の容姿に関する事ばかり言われ続けていたからか、いつしか私は男性不信になっていた。
だからあんなひどい事が言えたのだと思う。
「い、いや……違います。そういうのじゃなくて……」
彼の返事ははっきりしない。私は少しイライラしてまた突っかかってしまった。
「なら、何? 何のよ? 言ってみなさいよ」
「夜……」
「夜?」
「はい、夜遅いので……女の子が一人じゃ危ないと思いまして……」
私はその時ようやく外が真っ暗になっている事に気が付いた。時間を見れば九時過ぎ。確かに高校周辺は昼間とは打って変わって漆黒の闇が広がっている。
この時間に帰るのは何度もしていて怖いと思った事は無い。けれど彼の心遣いを嬉しかった。それと同時に自分が彼に暴言を吐いてしまった事に落ち込んだ。
高校を出て駅までの道、彼はずっと私と少し距離を置き歩いていた。
家に帰って私は食事を済ませお風呂に入り、ベッドに横たわって彼の名前を呟いた。
「神崎……トモヤ……」
それから高校では彼の姿を目で追いかけるようになった、けれど私は先輩で同じ部活だと言う以外に接点はない。一人になると何故か彼の事を考えるようになっていた。
きっと私はこの頃から、ずっと彼に恋をしている。
勿論、成人した今も。
結局彼とは何事も起きず、高校生活が終わり私は卒業しそのまま就職した。
大学へ行く事も考えたが、早く自立したかった私は会社へ就職し、がむしゃらに働いた。そんなある日、私の部署に新入社員が入社してきた。
忘れもしない、彼神崎トモヤだった。
一年振りの再会だと言うのに、彼は私の事を覚えておらず教育係になってから一ヶ月過ぎた頃、高校の話が出た際にようやく私に気が付いた。
「あ……もしかして……先輩って……アオイ先輩ですか」
腹立たしい事だが、彼はそういう男なのだろう。
けれど彼とは何かの縁で繋がっているような気がした。
それから私は彼の教育係として仕事を教え、彼も私も順調に実績を上げ会社に認められるようになった。
彼と私の仕事のスタンスは非常に相性が良く本当に仕事がやりやすかった。
けれど二年前、彼が部署異動になりそこで思うように実績が出せず苦しんでいると聞いた。私は何度かアドバイスを行うものの、私も別部署の事を知らなかった為、殆ど力になれなかった。
結局、彼はその部署に馴染めず昨日退職してしまった。
――
彼の力になりたかった。けれど手を差し伸べるが遅かったのだ。
彼は今後どうするのだろうか、昨日電話をかけたが無視されてしまって、それが凄く気になり昨夜は殆ど眠れなかった。
私は眠気覚ましに買い物に出掛けた。
そういえば彼の家もこの近所だったはず、前に住所は聞いた事があった。もしかしたら彼に会えるかもしれない。自然と彼を探してしまう私が居た。
このショッピングセンターはそれ程広くはない。もし居れば会う可能性だってある。いざとなれば家に押しかける事も出来る。
「は! 私は……これじゃストーカーじゃないか……」
危ない、危ない。
別に私は彼の彼女という訳でも無いし、ただの元上司。そこまでしてあげる必要はない。けれど気になって仕方が無い。
逆に考えればこれはいい機会なのかもしれない、先輩と後輩、上司と部下という束縛から解放され、ただの男と女になったのだ。
そうだ、会社ではプライベートな事を全く話せなかったけど、彼と長年コンビを組んで仕事をした。どんな女よりも彼を知っている自信がある。
彼女が居るとか、そういう浮いた話は聞かなかった。
二年前までは居なかった。でもこの二年で彼女が出来ていたらどうしよう。
「ふぅ……」
「課長……?」
「え?」
この声を決して忘れない、この声、私が一番好きな声だ。
私は声にする方向を振り返る、そこに一人の男性が立っていた。
居た。神崎トモヤ。
まさか本当に出会えるなんて思ってもみなかった。
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