そうだ買い物へ行こう
スマートフォンから目覚ましのアラームが聞こえる。
俺はその音に気付き、寝ぼけたままいつものように一度スイッチを切る。大丈夫また五分後に鳴る、再び毛布に包まり目を閉じる。
目を閉じていてもわかる、朝だ。
太陽の光が部屋の中に差し込み、部屋を明るくする。部屋は白い壁紙が張ってあるので朝はとても明るい。
アラームを切って五分だけもう一度寝る、社会人なら誰だってやりたい二度寝。
毎日、俺はこれで二度寝をしている、これが無いと働きたくない。
俺は寝ぼけながらふと思い出す。
「いや……俺は昨日で会社を辞めたんだっけ……」
そうだ、俺は七年勤めた会社を昨日辞めて来たのだ。
という事は、もうアラームをセットしなくてもいいと言う事。まあいい、五分後にまた鳴るだろけど、今度は三度寝をするだけだ。無職最高。
……。
起きなくていいと思うと何故かどんどん頭が覚醒してくる。昨日アラームを切っておけば良かった。仕方が無いので俺は寝返りをうつ。
やっぱり寝付けない。
仕方が無いので俺は一旦身体を起こし、スマートフォンの画面を見る。
『6:15』
画面の中の時計が時間を表示している。
「あ……今日は土曜日か」
俺が勤めていた会社は毎月土曜出勤の日があった。一ヶ月のうちどの日が土曜出勤の日になるかが決まっていない為、毎週同曜日もアラームをセットしていたのだ。
もう起きなくていい時間に、それも土曜日に起きてしまった。
寝惚けた頭がまた少しずつ覚醒していく。
「あれ? 昨日なんかとんでもない事があったような……」
異世界から来た美少女が俺を勇者の生まれ変わりだと言っていた気がする。
もしかするとあれは夢だったのかもしれない。
俺は上半身を起こす。
「おはようございます、勇者様」
「うん、おはよう。コーデリアさん」
うん、やっぱり居るよねー。あれって夢じゃなかったのね。
絶世の美少女が窓際に立ち俺に笑顔で朝の挨拶をしてきた。俺も自然に挨拶を返しているじゃないよ、全く。
俺は彼女の姿を見る、横顔がまたとても可愛い、寝癖ついているけど。
「い、いつからそこに……?」
「明け方目が覚めてしました。それからこちらに来たのだが、勇者様はまだ寝ておられたので起こしては申し訳ないと思い、外を眺めておりました」
「そ、そっか」
俺はソファーから降り立ち上がり少し首を鳴らす。コキッと小気味の良い音が鳴った。
やはりソファーで寝たからか少し身体が痛い。
「ここは良い国ですな、とても静かで平和な感じがします」
「まだ六時だしね」
「窓から見える道を歩いている人たちが見えた。犬を連れた老人、何かを背負って走る子供、こんな朝早くから働いているとは見上げたものだ。しかし……」
「しかし?」
「奇妙な服装の男たちが何人も歩いていた。その者たちの表情は暗かった。何故だろう。老人も子供も表情は明るかったというのに」
それはサラリーマンの事を言っているのか。
土曜日のこんな朝早くから会社へ行くのだろう、昨日まで俺も同じ事をしていたからわかる。それが用意に想像出来た。確かに暗い表情だったと思う。
「お腹空いたでしょ、とりあえず何か食べよう」
「はい、勇者様」
「あの……コーデリアさん、その勇者様って呼び方やめない?」
「どうしてでしょうか?」
「い、いや勇者の生まれ変わりと言われてもまだ実感が無いんだよ。確かに昨日そういった記憶が流れ込んできたのは認める。けれど俺は俺であって、伝説の勇者アイレギアって人じゃないんだ」
「では……なんとお呼びすれば宜しいか?」
「俺の名前はトモヤ、神崎トモヤ」
俺は少しほほ笑んでキッチンへ向かい一昨日買っていた食パンをトースターに入れる。
「トモヤ様……」
「呼び捨てでいいよ」
「それは出来ん! 勇者様を呼び捨てにするなど!」
「あ、あはは……ま、いいか」
しばらくして食パンが焼きあがった、卵でもあれば目玉焼きぐらいは作れたのだが、男の一人暮らし。そんな買い置きは無い。
俺は二人分の食パンを焼き上げ、冷蔵庫にあったいちごジャムと牛乳を取り出し、それぞれをテーブルに置く。
勿論、その間彼女の好奇心によって『これはなんですか!』と質問責めにあったのは言うまでもない。
俺たちはテーブルを囲んで座りいちごジャムを塗った食パンに噛り付く。そういえば俺昨日の夜何も食べずに寝てしまっていた。
「ふおぉぉぉおぉぉ……、このパンは……温かい! それにこのジャムはどういう事だ! 素晴らしい! 素晴らしいです! 勇者……トモヤ様!」
相変わらずのリアクション、俺も少し慣れて来た。
確かに焼き直したパンは美味しいけれど、焼き立てには数段劣る。もし焼き立てのパンを彼女に食べさせたらまた泣き出すのではないだろうか。
「この小麦の香り! 新鮮なイチゴの風味! それにこの甘さ! まるで……まるでこれは……」
また彼女が口にパンを頬張りながら喋る。パンが飛び散っているからやめなさい。
「こ、これは……! 冷たい! トモヤ様! この冷却魔法は一体どうやって!」
彼女がコップに注がれた牛乳を一口飲み言った。
「な、なななな……何なのだ。普通冷却魔法を使えば物質は凍り付く。しかしこれは凍らず絶妙な温度で実に飲みやすい! まるで春の雪解け水のようだ! あのレーゾーコーという物……なんと画期的な代物か」
確かに異世界には冷蔵庫も洗濯機も無いのだろうな。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機、昔歴史の教科書に書かれていた気がする。異世界にはそのどれもが無い。
改めてロスガレスとは、本当にファンタジーの世界なのだろうと感じた。
異世界ロスガレス、本当に俺はそこへ連れていかれるのだろうか。
もし彼女言うロスガレスの世界があるのであれば、恐らくは中世ヨーロッパ時代。そこには魔法が存在し、全く異なる文化が形成されているのだろう。
そこで魔王と戦う?
この俺が?
どうやって?
昨夜、彼女を寝室へ移動させた後、ソファーに転がりずっと考えていた。彼女が持参した聖剣はある、しかし剣一本で何が出来る。
せっかく異世界から来た彼女には本当に申し訳ない事だが、そんな事俺が出来るはずもない。俺はそんな力も頭脳も無い、ただの無職の男だ。
そんな事を考えていると、彼女が食事を終え満面の笑顔で俺にほほ笑んだ。
「ありがとうございます! トモヤ様!」
一人で異世界へ行くなどどれだけ怖かったのだろうか、俺がもし彼女と同じ立場だったなら全く同じことが出来たのだろうか。
彼女は本当に凄い。
俺なんかよりもずっと君は勇者だよ。
「トモヤ様! あの……」
「うん?」
「本当に申し訳ありません!」
「え、急に何」
「本来であれば、ロスガレスへのゲートを通り我が国トゥーリアへお招きする予定でした。しかし私の不注意でトモヤ様をロスガレスへ召喚する方法がわかりませぬ!」
「い、いや……突然異世界に召喚されなくて、逆に良かったよ。急に呼び出されて勇者だなんて、それこそアニメの世界だ」
「あにめ……?」
「行く前に、少しでもロスガレスの事を知れてよかった」
「……どもやざまあああああ……!」
「ほらほら泣かないでよ……困ったな」
「誠に申し訳ありません! このコーデリアかくなる上はこの世界にてゲートを開く手段を探し出し、必ずトモヤ様をトゥーリアへお招きしたいと思います!」
「あ、あはは……」
「そ、そこで……」
「うん?」
「重ね重ね申し訳ありませんが……、どうか私にこの世界を教えて頂けないでしょうか!」
この世界を教える、確かに異世界に帰る手段も行く手段も無い。
そうなればここでの暮らす必要がある。どうしてこんな簡単な事を俺は忘れていたのだろうか。
「教える……」
「そうです! 私はこの世界の事をもっと知りたいのです! 無知な私に教えて頂けませんか!」
「急にそう言われても……何から教えればいいのか……」
これには困った。
本当に何から教えればいいのか。
とりあえず現状をまとめる必要がある。
朝食を片付けた後、俺は彼女にこの世界の事を簡単に説明した。その後お互いの世界のすり合わせをした。
この世界には魔法は存在しない。また魔王や魔族も存在しない。
彼女が一番驚いていたのは、『魔力を持っている人間はいない』という事だった。
異世界ロスガレスでは、人間は誰しも少なからず魔力を持ち生まれる、成長とともに魔力量は増加し、訓練や修行を行う事で魔力量は大幅に増える。
また貴族文化があり、王族、貴族、庶民は生まれた家によって決まり職業が決まる。そして奴隷制度もあると言う。
「あ、しかし我が国トゥーリアでは奴隷制度は禁止しております! 一部の国はまだ残っておりますが……」
現代ではもう廃れた人種差別の文化がまだある世界、それがロスガレス。
人は生まれた瞬間から自由に生きる事は叶わず、親の職業を継ぐ事が決められている。
「勿論、家を飛び出す人間もおりますが、そう言った者の殆どは放浪の旅や世捨て人となります」
冒険者になる者も居ると言う。しかしそこで名を上げる人間はほんの一握りであって、有名になったとしても貴族や王族にはなれない。
「コーデリアさんは、貴族の娘なんだよね?」
「コーデリアで構いません。はい、私はトゥーリア王家に仕えるテレンス・ラディエスの娘です!」
「兄弟とか居るの?」
一瞬、彼女の表情が曇った。しかしすぐに明るい表情に戻り俺の問いかけに答えた。
「二人、兄がおりました。魔王討伐隊に参加し命を落としました!」
しまった。
「ごめん……」
「何を謝る事がありますか! 名誉の戦死です! 兄の死は我がラディエス家では誇りとしています!」
彼女は一瞬視線を下げた。少しだけ唇を噛む。しばらくすると視線を俺に戻しまた明るい表情に戻っていた。
それから彼女は色々話してくれた、年の離れた兄が居た。
笑顔で話す彼女の瞳は少し大きく見えた。
しばらくして、昼にさしかかった頃、俺はスマートフォンで時間を見る。時間は『10:43』朝食を食べてから四時間近く話していた事になる。
「少し休憩しようか」
俺はそういうと立ち上がり冷蔵庫の食材を確認した。今朝飲み切らなかった牛乳とミネラルウォーター、アルコール、どれも飲み物ばかり。キッチンにも何か無いかと探してみたが、調味料があるだけで食べられそうな物はなかった。
「これは……買出しに行かないと何も無いな……」
俺の姿を傍で見ていた彼女が『あ』と声を上げた。
「あ、あの……トモヤ様! 私……この国をもっと見てみたいのです! 街を案内頂けませんでしょうか!」
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