風呂場でいきなり美少女④
彼女が部屋の隅で蹲り一人泣いている。
どう考えても自業自得なのだが、何故かちょっぴり同情してしまう。
俺を探す為にわざわざ異世界からやってきたと言うのに、帰る手段を忘れこっちに来るとは。
ただのドジっ子なのか、それともここに寄越した責任者がとんでもないバカなのか。
しかし異世界に勇者を探しに来ると言うその行動力には頭が下がる、けれど詰めが甘すぎるんじゃないでしょうか。そう思うと同情というより、彼女が不憫に思えて来た。
「うぅ……うう……」
「うーむ」
彼女の背中がより一層小さく見える。
なんて声をかけてあげるべきか。年齢はわからないけど、どう見ても俺よりかは遥かに年下。恐らく十代後半ぐらい。十歳近く離れた歳の女の子が泣いている。
これはほっておけない。仮に俺が勇者じゃなくても、ほっておけないでしょ。
「あ、あの……コーデリア……さん?」
「ひっくひっく……はい、何でしょう勇者様」
大粒の涙を瞳に溜めて俺の方へ振り返る。悔しいけれど、泣いている姿も可愛い。ちきしょー。
「お腹減ってない?」
「ぐす……」
「弁当……食べる?」
彼女立ち上がり俯いたまま、ちょっとだけ瞳を輝かせた。
「た、たた、た、た、食べます……!」
「じゃあ、ちょっと待っててね、温めなおすから」
「ゆ、勇者様自ら料理をなさるのですか!」
俺は立ち上がりキッチンへと向かう、つい一時間程前にコンビニで買ってきた唐揚げ弁当をマイバックから取り出し、電子レンジに入れる。
その行動が面白いのか、彼女が俺の後をチョコンとついて来る。
「ゆゆゆゆ、勇者様! 何ですかこの箱は!」
「これ? 電子レンジだよ」
「これで一体何を為さるおつもりか!」
いちいち反応が大きくて面白い。
彼女は俺の前にある電子レンジを恐る恐る覗き込む。
「む! 中で灯りが付いております! どのような魔法か!」
「魔法じゃないよ、これは電気で動くんだ」
「電気? 雷の事でしょうか! さすが勇者様! 勇者様は雷撃魔法が使えるのですね!」
「え……と……ほら天井にも灯りが灯っているでしょ? これも電気だよ」
彼女は天井を見上げる。大きな瞳を見開き大きな口を開けた。
「はわわわ! なんと! 今まで何故気づかなかったのだろう! 確かに部屋の中が松明の灯りよりも遥かに明るい! これも勇者様の雷撃魔法なのですね!」
そんな会話をしていると、電子レンジから『チーン』と音が鳴った。
「勇者様! その箱から鈴の音が!」
「出来上がったみたいだね」
俺は電子レンジの扉を開け、唐揚げ弁当を取り出す。
「箸……は、使えないよね」
「はし……川などどこにもありませんが?」
彼女がまたチョコンと小首を傾げた。
俺は彼女をソファーへ誘導し、とりあえず座らせる。ソファーの前には小さなテーブルがあり、その上に弁当を置いた。
キッチンからフォークを取り出し俺もテーブルを囲んで座る、ソファーは彼女の方にしかないので俺は座布団だ。
唐揚げ弁当の蓋を開けると湯気がフワッと立ち上った。
「!」
彼女が両目を大きく見開いた。唐揚げ弁当を凝視している。
「ゆうゆゆうううゆう勇者様! こ、こここここれは一体!」
「いや動揺し過ぎでしょ。電子レンジで温めなおしただけだから」
「しかしこの弁当から湯気が! 勇者様は火の魔法を使われたように見えませんでしたが……! これは一体どんな魔法なのですか!」
「だから魔法じゃないって。お腹減っているんだよね、とりあえず食べて元気出しなよ」
「ゆううじゃざままああああ!」
彼女が突然泣き出した。先程落ち込んでいたのとは違う、嬉しくて泣いている。
俺は仕方が無いので彼女の手を掴み、フォークを握らせた。
「ゆうじゃざま……ありがどうございまずううう……」
彼女は涙と鼻水でグスグスになった顔を上げて俺にお礼を述べる。
「あーあー……ほら、ティッシュ使いなよ」
俺はそういうとテーブルの上に置いていたティッシュペーパーの箱からティッシュを二、三枚出して彼女に渡した。
涙目の彼女がティッシュを受け取る。しばらく何故か彼女はティッシュを見つめ、また俺を見てくる。
せっかくの美少女も鼻水が出てるとあんまり可愛くない。
次の瞬間、彼女はティッシュを口に含んだ。
「ちょぉおおおおおおおおおお! 何食べてんの!」
「ふぉ!」
「ティッシュは食べ物じゃないよ! 早く吐き出して!」
「ふぉ! ふぉうなのですか! いやさすがにおかしいなと思っては居たんですが……」
「なら、何故食べた」
「勇者様が私にお与えくださったので、食べ物かと……」
彼女はティッシュを吐き出した、俺はまたティッシュを二、三枚取り出し彼女が履き出したティッシュを丸めてゴミ箱に捨てた。
「もういい、弁当食べなよ」
「はい!」
彼女はそういうと両手を握り、祈りを捧げる。何に祈りを捧げているのだろうか。
少し間があって、彼女は唐揚げをひとつふ、フォークで突き刺した。良かったフォークは使えるようだ。
そして彼女は唐揚げをジッと見つめた。
「……ど、どうしたの?」
「これは……油揚げた何かなのでしょうか」
「そう、鶏肉を衣で包んで油で揚げたものだよ。美味しいよ」
「なんと! この国にも揚げ物があるのですね!」
「あ、鶏肉食べられない? 宗教上の理由で禁じられていたりするのかな?」
そういえば、どこかの宗教は肉が食べられないと聞いた事がある。
「いえ、そう言ったモノはありません! 父も私もソラール教の信徒ですが、私はあまり信心深い人間ではありませんので!」
「そう、それならよかった」
そういうと彼女は小さな口を開いて唐揚げにかぶりついた。
「ふぉぉおおお!」
「え、口に合わない……?」
次の瞬間、満面の笑みを浮かべ彼女が泣き出した。
「これは一体どういう食べ物なのですか! こんなに美味しい揚げ物を食べたのは生まれて初めてです!」
「そ、そう……それは良かった。コンビニ弁当だけど……」
彼女が涙を流しながら唐揚げを頬張る。そんなに美味しいのか。まあ確かに俺も唐揚げは好きだけどね。
彼女の話では異世界ロスガレスにも揚げ物はある。けれど料理法が全く違うのだと思う。
確か唐揚げは日本独特の料理で、欧米などで食べられるフライドチキンとは少し違う。あらちはハーブやスパイスなどで味付けをするが、唐揚げは醤油や生姜などといった和風の味付けだ。
なるほど、彼女が驚くのも無理はない。
「鶏肉の揚げ物は何度も食べておりますが、噛むと口の中に溢れ出る肉汁! 味付けも癖が無く実に食べやすい! 噛めば噛むほど出てくるこの味わい! ロスガレスで食べる鶏はどれも身が固く肉汁も少ないのですがこれはまさしく別格! 同じ鶏とは思えませぬ!」
たかが唐揚げ弁当ひとつでこんなにも感動してもらえるとは思ってもみなかった。
「勇者様! この唐揚げという食べ物、本当に素晴らしいです! 美味しい! 本当に美味しいです! あの……こちらも頂いて宜しいですか!」
彼女がフォークで白米を指す。
「勿論、全部食べていいよ。あ、そうだ。そんなに唐揚げに感動してもらえるとこっちも嬉しいからちょっとだけアレンジで……」
俺は立ち上がりキッチンまで歩き、ある物を手に取りまた戻る。
彼女は不思議そうな表情で俺を見る。
「ちょっと唐揚げにアレンジ」
「それは?」
俺はキッチンから持ってきたレモン果汁の小瓶を差し出し、唐揚げに少しかけた。
「食べてみな」
彼女はレモン果汁がかかった唐揚げをフォークで突き刺し、また口に含む。
「ふぉふぉふぉふぉふぉおおおおお! これ柑橘の香り!」
「そうレモン果汁だよ、唐揚げにかけるとさっぱりして美味しいんだ」
「素晴らしい! 素晴らしいです! 唐揚げとはなんと素晴らしい食べ物なのでしょうか!」
「ははは、大袈裟だね」
「いいえ! 大袈裟な事ではありません! それにこの米も唐揚げと凄く合います!」
彼女は食べながら大声で喋る、大きな声をあげるその都度口から色んなものが飛び散る。
「食べるか、喋るか……どっちかにしなさい……」
「ふぁふぁりまふぃした!」
いやわかってないよ、それ。
あとコーデリアさん、口はちゃんと閉じて食べなさい。
弁当を平らげた彼女はいつのまにか眠ってしまった。
若い女性が目の前で無防備に寝ている、俺は欲望を抑えながら彼女を寝室のベッドに移動させ、俺はリビングのソファーに寝転がり毛布をかぶる。
こうして異世界から突然現れた少女コーデリアと無職の俺の生活が始まった。
異世界から来たコーデリア、しかし異世界に帰る手段も無く、勿論俺も異世界へ行く手段はわからない。ここにあるのは異世界から来た少女と彼女が持ち込んだ聖剣のみ。
彼女は言った、こんな無職で情けない俺を、勇者様と。
聖剣トワイライトを握った時に蘇った前世の記憶、あれはきっと『勇者アイレギア』の記憶だったのだろう。正直、まだ全部が全部信じ切れている訳では無い。
働く事も生きる事も面倒に思った日、彼女は現れた。
もしかしたら、俺は変われるかもしれない。
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