風呂場でいきなり美少女③
目の前には俺が買った安物のシャツと短パンを着替えた彼女が立っていた。
まだ乾ききっていない赤い髪、薄っすらと赤らむ頬、男物の為肩幅が合っておらず首元から見える健康的な白い肌、少し控えめな胸元、そしてシャツや短パンからスラリと伸びる細い手足。
「ぱ、パーフェクト……」
俺は一人呟いた。
「パー?」
彼女が俺の口に出た心の声に反応し、また小首を傾げる。可愛いなもう。
「い、いやなんでもない!」
俺は彼女から視線を逸らし、片手で顔を隠した。眼福とはこの事か。危ない危ない、ジロジロみて変人扱いされても困る。でも見たい、でも変に思われたら困る。あーどうしちゃったんだ俺は。
「アイレギア、ホルニャルパーヤ」
「いや……その言葉……全くわからないんだけど」
困る俺を見て、彼女は何かを気づいたようで右手を差し出した。
「アイレギア、ピュラホッテ」
「え? 何?」
「アイレギア、ピュラホッテ」
彼女は俺に右手の手の平を見せて、その言葉を繰り返す。
「何……つかめって事?」
女子高生の手なんて恥ずかしくて握れない。
「ピュラホッテ!」
「わ、わかった……でも俺から言った訳じゃないからね……?」
俺は恐る恐る彼女の手を握る。柔らかい。
「ん?」
柔らかい手の感触、しかしその柔らかさの中に固くなっている皮膚に気が付く、中指から小指にかけての内側、それに手の平と小指球の部分あたりにタコがあった。
「これは……もしかして、剣ダコ……?」
俺は彼女に聞こえないように呟く。高校時代に剣道をやっていた為、俺はそれが剣ダコだとすぐに分かった。これは竹刀で素振りを繰り返すと必ず出来る剣ダコだ。竹刀を握る際には左手にこの剣ダコが出来る。しかし彼女は右手を差し出した。という事は右手で剣を振り回している事になる。
竹刀は両手で握る、剣道を学んでいる人なら常識なのだが、力を必要とするのは右手ではない。左手の薬指と小指の力だ。可愛らしい見た目と柔らかな手の平に謎の剣ダコ。
勿論、これが絶対に剣ダコだと断定している訳じゃない。何か別の手作業を行えば似たようなタコが出来る。
この違和感を不思議に思いながらも俺は彼女に視線を向ける。
すると彼女は目を閉じ、何か呟いている。小さくて聞こえないが、何かを唱えているようだった。
「ダーハリャニュラ……マイ!」
彼女の詠唱が終わったらしい。ナニコレ。
もしかして異世界からやってきたとでも言うのだろうか。
閉じていた目を開ける彼女がニコリと笑う。
「勇者様……!」
「は?」
「勇者様! やっと見つけました!」
俺は突然、日本語を喋り出す彼女に驚きを隠せなかった。しかも俺を『勇者』と呼んだ。
「あ、あの、ゆ、ゆうしゃ……?」
「そうです勇者様、私の世界……ロスガレスが魔王ガレオンによって襲われているんです! お願いです! 私と一緒にロスガレスに行き魔王を討伐してくれませんでしょうか!」
「ちょちょちょちょ……いきなりそんな事言われても! 何がどうなっているのかさっぱりわからない! 勇者? 魔王? 君は一体何を言っているんだ?」
「私はあなたを探すために、ゲートを使いこの世界にやってきました。お願いです! 私たちの世界ロスガレスを救ってください!」
「君、さっき変な言葉喋っていたよね……もしかしてあれって……そのロスガレスの言葉なのかい?」
「はい、正確にはロスガレスのトゥーリア地方の言語になります! 魔力を使用し脳内の言語をこちらの言葉に変換しております!」
俺は黙った、魔法、勇者、魔王、この子は頭がおかしい子なのか。いや、それとも本当にこれが異世界ファンタジーって事か。
「私はコーデリア! トゥーリア公国、騎士モルダナの娘コーデリアと申します!」
必死に思考を巡らす。本当にこの子は一体何を言っているのだろう。
俺は彼女の目を見つめる、彼女は視線を逸らさず俺をジッと見つめている。赤く大きな瞳がキラキラ輝いている。状況が全く理解できない。でも可愛いのでちょっと心を許しそうになってしまう悲しい俺。
「こ、コーデリアさん……あの……」
「いきなりこんな話をしても信じて頂けないのは重々理解しております。えーと……」
彼女はそういうとキョロキョロを部屋の中を見回す。しばらくすると彼女が一点を見つめた、俺はその視線の先を振り向く。
先程まで俺が飲んでいたペットボトルがキッチンテーブルの上に置かれていた。
「ぺ、ペットボトル……?」
「証拠をお見せします! ……風よ!」
彼女は右手を軽く上げて、そのまま軽く斜めに振り下ろす。
……。
何も起こらない。
「あ、あれ……?」
俺はペットボトルを持ち上げ、その周りをグルリと見回す。特段何も変化はない。
「ま、まさかこのペットボトルを斬る魔法でも使ったのかな。あはは、面白いね」
俺はペットボトルのキャップを捻る。次の瞬間手に持ったペットボトルが突然割れ中に入っていた水が零れた。
「えええええええええええええええええ!」
彼女はペットボトルに一切触れてない。この水を買ったもの俺だし、先ほどまで未開封だった。それだけは間違いない。
俺はペットボトルに視線を移す。どこのコンビニでも売っているごく普通のミネラルウォーター、そのペットボトルが斜めに切れ、中身の水が零れた。
よく見ると両断したわけでは無く、切れ目を入れられたような傷がついている。とはいえ半分以上が切れており、ラベル部分も綺麗に切れていた。
「これで信じて頂けましたか!」
「えええええ……いきなりそんな事言われても……」
「貴方様はかつて魔王ガレオンを撃ち滅ぼした勇者アイレギア様の生まれ変わり!」
「いやさっきからテンション高いなー……」
とても信じられる状況ではないのだが、とりあえず彼女の話だけでも聞いてみる事にした。俺は彼女を促しソファーに座らせる。
「何か飲む?」
「おお! そういえば喉が渇いておりました! 勇者様! お水を頂けますか!」
彼女はいちいちテンションが高い、そして声も大きい。
俺は冷蔵庫から飲み物を探す、しかし生憎買い置きが無く仕方が無いので先程コンビニで買ったお茶を差し出す。
ペットボトルのお茶を渡すと彼女の顔が『?』となり、少し待って何か閃いた顔をし、いきなりキャップにかぶりついた。
「ちょちょちょ! 何してんの!」
「か、かふぁいれす! これふぁこうやってにょむもにょれはないのれすか!」
「んなわけないでしょ! ちょっと貸して、キャップ開けてあげるから……」
彼女からペットボトルを受け取り俺はキャップを回し、彼女に渡す。すると彼女はまた不思議そうな表情で恐る恐るペットボトルの飲み口に口を近づけた。
なるほど、ペットボトルという物を見た事も触った事が無いとそういう反応をするのか。
俺は彼女の言う事を信じた訳じゃないが、突然現れた事、今までの奇行を考えれば確かに異世界の人間と言われても納得出来る気がする。
けれど、俺が異世界転生ものの漫画やアニメを知らなかったら、完全にヤバい子だったに違いない。
ゴクリと彼女のお茶を飲む。次の瞬間、彼女は目を見開き大声で言った。
「ラリララ!」
「ら、ラリララ……?」
彼女のテンションがギアを一つ上げたようだ。
「何ですかこの飲み物! とてもラリララです! ラリララ! ニュル! ラリララ!」
「……んと……ラリララってどういう意味?」
「トゥーリア言語で『美味しい』という意味です! ラリララ! 魔力で変換しているつもりですが、ついトゥーリア語が出てしまいますね!」
ラリララはわかったけど、その前に言った『ニュル』ってなんだ。
彼女はそういうとゴグゴグをペットボトルのお茶を半分近く飲み干す。それで少し落ち着いたのか、『ふう』と息を吐き、満面の笑顔を見せた。
くっそ可愛い。
「え、えーと……ロスガレス……だっけ? 君の世界」
「はい、大地ロスガレス」
大地ロスガレス。
女神アステアが創造した世界、三つの巨大な大陸と数多ある国で為されるその世界は、突如として平和を乱された。
魔王ガレオン、闇の眷属たちを従えて復活した古の魔王。
魔王ガレオンは古の時代、ロスガレスを支配したものの、突然現れた勇者『アイレギア』によって魔の監獄に封印されていた。
その封印が何者かに破られ魔王が再び世界に解き放たれてしまったのが今から五年前。
そして魔王ガレオンはロスガレスを恐怖と混沌の世界に陥れようと、世界各国に宣戦布告。手始めに大陸の一つシューべリアを征服。その後残るドラゴルニア大陸とトゥーリア大陸へ魔の手を差し向けて来た。
「数多の戦士が魔王ガレオンに戦いを挑みました。しかしその歴戦の戦士であっても魔王を封印する事も打ち滅ぼす事も出来ませんでした。そんなある日、我が国の公王が世界の占い師を集め、勇者様を探しました」
彼女は真剣な目をして話をしている。
「ロスガレスのどこかに伝説の勇者様の生まれ変わりが居ると人々は願いました。しかし占いの結果、ロスガレスには勇者様は存在しないと出てしまったのです」
「うん、それで?」
「けれど占い師たちは異世界に勇者アイレギア様の生まれ変わりが居ると口を揃えて言いました」
「あー……それで君は転移魔法を使いこっちの世界にやってきたわけか。勇者アイレギアの生まれ変わりを探すために……」
「さすが勇者様! その通りです! やはり占い師たちの占いは外れておりませんでした!」
「ちょちょちょちょ……。俺がその勇者アイレギアの生まれ変わりだって言うの?」
「はい! あなた様は間違いなく勇者アイレギア様の生まれ変わり!」
「いやいやいや! いきなり勇者様って言われても全然わかんないよ! 普通の家庭に生まれたし、喧嘩だってした事ないよ」
彼女は俯き、何か思い出したような素振りを見せる、周囲を見回し彼女が持っていた細長い包みに手をかけた。
「これがその証拠です」
彼女はそういうと覆っていた布から、一本の剣を俺に見せた。
「これは聖剣トワイライト。勇者アイレギア様が魔王を封印したという伝説の剣です」
「と、と、トワイライト……黄昏……だっけか、なんでそこだけ英語なんだ」
「ほえ?」
「い、いやこっちの話……。それってつまり……その聖剣に引かれて俺の許に来たと言う事……?」
「さ、さすが勇者様! まさしくその通りです!」
「やっぱり……」
ライトノベルやファンタジー小説などで使い古された感がある設定。こんな絵にかいたような異世界設定って本当にあったのか。
「勇者様! これを!」
彼女は片膝をつき、両手で聖剣トワイライトを掲げた。片膝をついた事により健康な白く魅力的な太ももが露わになる。
俺は何故か立ち上がり、その剣を手に取った。
軽い、見た目よりも遥かに軽い。まるでプラスチックで出来た剣のようだ。俺はそのまま柄を握り抜刀してみた。
細身の剣で柄には金色の装飾が施されているものの、聖剣と言われる程の何かを感じる事は無い。刀身は白銀の刃、波紋などは無くとくに変わったようにも見えない。
勿論、俺は生まれて初めて剣というものを手に持つ、これがいい物なのかどうかはわからない。しかしネットやテレビで良くみる中世ヨーロッパのただの片手剣だ。
「か、軽いんだね……」
「? それは勇者様のお力なのではありませんか……?」
「え?」
「私には聖剣トワイライトはとても重く感じます」
「え、いやそんなはずは……」
俺の視界が一瞬歪む、真っ黒な空間に赤い目をした何者かが見える。いわゆるフラッシュバックという現象なのか、視界が現実世界と真っ暗な空間で一瞬一瞬切り替わる。
「ゆ、勇者様! どうかなさいましたか!」
「う……うう……」
俺は左手で頭を押さえる、俺の頭の中に何かが流れ込んでくる。それはまるで一人称視点のVRゲームのような記憶、俺は剣を持ち赤い目をした何者かに斬りかかる。
「ま、まさか……これがアイレギアの記憶……」
「勇者様!」
コーデリアが俺を呼ぶ声が聞こえた。俺は一瞬にして我に返り、彼女の顔を見つめる。不安そうな表情を浮かべて俺を見つめていた。慌てて聖剣トワイライトを鞘の中に納めた。
全身にびっしょりと冷や汗をかき、シャツが張り付く。
俺はソファーに深々と座り込み、異世界ロスガレスから現れた少女を見る。
「なるほど……君の話は……どうやら嘘じゃないみたいだ」
「勇者様!」
「前世の記憶……というやつかな。赤い目をした何かと戦っているシーンが頭の中に流れ込んできた」
「やはり! あなた様は勇者アイレギア様の生まれ変わり! では私と一緒にロスガレスに戻りましょう!」
「え、いや……そんな急に言われても……それにどうやって行くの?」
「それはお任せください! 我が公王は世界各国の魔術師を集めゲートを開きました!」
……。
「は?」
「はい?」
「い、いや。世界各国の魔術師を集めてゲートを開いたんだよね?」
「はい!」
「じゃあその魔術師たちが居ないと帰れないんじゃないの?」
「え?」
「え?」
……。
まさかこの子。
「あああああああああああああ! 私どうやって帰るのおおおおおおおお!」
やっぱり、この子。天然かもしれない。
この度はお読み頂き、本当にありがとうございますm(*_ _)m
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皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。