牛丼②
私としたことが迂闊だった。まさかこんな距離にまで近づかれながら、その存在に気が付かないとは。これが欲求のなせる業か。
素直に認めよう、牛丼と豚汁に気を取られていた事を。
しかし奴は私の存在に気が付いている素振りは無い。当たり前だ、私の魔力抑制は完璧と言っていい。例え勇者の生まれ変わりと言えど、昨日今日魔力を得た貴様が感知できるほど私の魔力は易くはない。
「トモヤ様! 私はぎゅーどんが好きだ。けれど一番は唐揚げだな! あれは通貨にしていい!」
「はいはい、わかったから牛丼屋でそういう事を大きな声で喋らないでくれよ……」
「嘘ではないぞ! 私はトモヤ様を連れてロ……むぐ!」
「声が大きい!」
奴が従者の口を手で塞ぐ。なんだ、まるで夫婦漫才ではないか。この二人は付き合っているのか?
伝説の勇者の生まれ変わりとあろう者が従者と付き合うだと、日本という国はいまいち理解出来ないな。勇者は王族の姫と結婚するものだと聞いていたのだが、どうやら違うらしい。しかしこれはこれで良い情報が手に入った。
いや、待て。私は一体何をしているのだ。私が今集中しなければならないのは、目の前の牛丼と豚汁。それ以外ありえない。突然の勇者襲来に気が動転していたらしい。
焦るな、私の敵はコイツ、牛丼と豚汁だ。我が血肉となれ。
「ずずず……」
味噌の良い香りと深みのある味が口の中に広がる。やはり豚汁は旨い、少し時間が経ち飲みやすい温度になった。
コイツの臓物も味わっておこう。豚肉、人参、玉ねぎ、大根、どれも絶品だ。食べやすい大きさに切り分けられている。実に良い仕事だ。この仕事をした者に我が配下に加えてやってもいい。
「……あ……」
そうだ、忘れていた。豚汁は旨い。しかしここにひとつのアクセントを加えるべきであった。
私は目の前に並んでセットされているプラスティックのケースを手に取り、その中身を豚汁に振りかける。これは七味唐辛子というらしい。これを豚汁にふりかけると少しピリッと辛みが追加され芳醇な味わいと深みが増す。
「ずずず……ふむ……」
口の中にピリリと七味唐辛子の風味が追加された。ふふふ、やはり私の見立て通り、最高の汁に仕上がった。
「さて……次はお前だ」
私は小さく呟く。この程度の声なら、例え隣に座られたとしても聞かれる事は無い。それほど小さな声で私は言った。
私の目の前にある、コイツ。ネギ玉牛丼。コイツが今日のメインディッシュだ。
ドゥンブリという器の中に白い飯と良く煮込まれた牛肉と玉ねぎ、そしてその上にこれでもかと言うほどに盛られた青ネギ。緑、茶色、白、実に素晴らしい。まるで絵画のようだ。これはもう芸術と言っていい。
私はドゥンブリを両手で持ち上げる、どれ食す前に貴様の匂いを嗅がせてみろ。
「すー……」
少し刺激的で青々としたネギの香り、その奥に潜む牛肉と玉ねぎの香しい匂い。これだ、私はコイツのために今日という一日を生きたのだ。
ふふふ、たまらぬ。口の中に涎が溜まって仕方ないわ。
私は箸を左手でドゥンブリを支え右手で箸を持つ、こちらに来てから箸という道具にはじめて触れた。はじめは使いにくい道具だと思ったが慣れてみると、これほど食事に適した道具は無い。小さいものから大きなもの、汁物、ドゥンブリ、定食、肉、魚、野菜、すべてに対応が可能だ。
全く、日本という国はどこまで私を驚かせれば気が済むのだ。
御託は良い、飢えた私は強欲だぞ。
「いや待て……まだひとつ儀式が残っていた」
運ばれてきたトレーの中には牛丼と豚汁、それともうひとつ、生卵がある。
生の卵を食べるなどロスガレスではあり得ない事だが、日本ではこれを白い飯にかけて、ショーユという調味料をかけて味をととのえ後に食す絶品料理がある。卵かけご飯という料理。これも実に旨い、牛丼に優るとも劣る事は無い。
これを牛丼の上にかけて食べる、これがネギ玉牛丼を絶品から至高で究極の料理へと昇華させる。
生卵を手に取り軽くテーブルにぶつける、そして殻を割り中身を牛丼の上にかけた。最初はこの力加減が難しくテーブルに卵が飛び散っていたが今ではどうだ、実に見事なものだろう。私ほどの天才になればこの程度の技術容易い。
ドゥンブリの上に広がった緑の大地の真ん中に黄色い太陽が現れた。
「美しい……」
さて、準備はすべて整った。我が血肉となれ牛丼よ。
私は箸を器用に使いネギと牛肉をつまみ上げる、それを無造作に口の中へ運んだ。
口の中に良く煮込まれた牛肉とネギの香りが広がる。そして間髪入れず口の中に旨味とピリッと辛い調味料が追いかけて来た。
ああ、最高だ。まるで何万年も生きた竜族のような芳醇で濃厚な味わい。喉を通り胃袋へと運ばれる肉、ネギ、微々たるものだが我が魔力が蘇る。いやこれで良い。一気に魔力を回復してしまってはこの飢えは味わえない。
飢えたからこそ、この味が成しえる。日本にはことわざという過去の人間たちが言い伝えた例えがある。そのことわざで言えば『空腹は最高の調味料』だ。いやこれはことわざでは無かったか、まあいい。私は空腹を満たす事に専念しよう。
「じー……」
「!」
しまった、牛丼に気を取られ過ぎた。いつのまに隣の席に勇者の従者がいるではないか。しかも真っ直ぐに私を見つめている。まさか私の存在に気付いたと言うか。
やめろ、そんな目で見るな、私はお前らにまだ何もしちゃいない。
しかし何故だ、この者は魔力が枯渇しているはず。それに私の魔力を感知出来るほどの実力も無いはずだ。先の戦闘でこの従者の実力は見させてもらった。この従者ごときが私の存在を見破れるはずがない。
「こら、コーデリア! 他のお客さんに迷惑をかけるんじゃない」
「迷惑などかけてはおらぬ、ただ見ているだけだ」
「いや、それは普通に迷惑だろ」
何だと、ただ見ているだけだと。
「この人、物凄く嬉しそうに食べているので、つい」
「ついじゃない。申し訳ありません。お邪魔しました」
「むぐ……あ、いや……」
なんだ、こいつら私の存在に気が付いていたわけでは無いのか。
「ほら、コーデリアの席はこっち。早く離れなさい」
まるで子供をあやす口ぶりだな。確かに従者が若い、それに比べ勇者の方は少し年齢がいっている。ひょっとするとこいつらはまだそういう関係ではないのか。
従者は勇者に引きはがされ私の隣から離れる。そうだ、貴様らは大人しくしていろ。私の邪魔をすれば消すぞ。
「ん?」
そんな時だった。ピリリと私をある感覚が貫いた。
箸を止め、少し周囲を警戒する、まさか勇者か。いや違う目の前にいるコイツはそんな力を顕在していない。となれば新手か。
「と、トモヤ様」
「うん」
どうやら勇者と従者も気が付いたらしい。当たり前だ、こんなバレバレな魔力気が付かない方がおかしい。
この感覚、この魔力量、なかなかの手練れだ。しかも魔力消費も少ない。ガレオンがゲートを使いまた刺客を放ったようだな。
私はチラリと勇者へ視線を送る、さてどうするアイレギア。また魔族が現れたぞ。
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