牛丼
―― ??? ――
私はとある場所へ向かっていた。移動魔法を使えば何の事は無い。しかし私は歩く。歩く事に面倒に感じながらも実はそれほど嫌いではない。
今は夏が終わりかけの頃、少し歩くだけで汗が滲む、だがそれでいい。たまに汗を流すのも悪くない。
あそこのアレは実に旨い。全国チェーン店だと言う事に心底驚きを隠せない。
あのクオリティで日本のどこでも同じ味だと、しかも驚くべき事に店の雰囲気や店員の接客態度においても一定以上の満足感が得られる。不思議なものだ、日本と言う場所は。
いやこの世界と言ったと方が正しいか。
この世界に来て一ヶ月とまでは行かないが、世界の広さを確認にするためあちこち国へ行った。アメリカ、ロシア、中国、タイ、インド、ブラジル……。どこもロスガレスに比べると発展をしていると言っていい。正直この世界の文明はロスガレスの遥か上だ。
特に電化製品というモノは素晴らしい。
スマートフォン、インターネット、パソコン、驚くべき事にそれがあれば世界の様々な情報が知り得る事が出来る。ロスガレスでもこれがあれば戦争など起こらなかったのではないかと思わせる。
戦争でも政治でも情報は何よりも優先される、情報さえあればそれを生かす手段を講じる事も出来るし、それを逆手に取って様々な施策を行う事が可能だ。
ロスガレスの問題点はどちらも一方的な視点でしか見られない事、つまり他者の視点で物事を見られるかどうか。正直、私ですらこの世界に知り得るまでは一方的な視点でモノを語っていた。それを正してくれたこの世界は本当に素晴らしい。
私は道行く人間に視線を向ける。
どいつもこいつも疲れた顔をしているな。どうしてだ、この世界はこんなに素晴らしいじゃないか。何故笑わない。何故楽しそうにしない。何故そうも疲れた顔をしているのだ。
ロスガレスには無い顔だ。
まあいい、私には関係ない。私の目的はひとつ。あの店のアレを食べる事だ。
この世界に来て流れ出る魔力を補充するために食事をせざるを得なかった。本来私たちに食事は必要ない。休息を取れば魔力は全快する。
だがこの世界では魔力の自然回復が本当に遅い、正直回復しているのかと疑うレベルだ。それに転移にかなりの魔力を消費した事もありこの世界に来てから全快したことが無い。
この世界に魔力は存在しない、魔力、魔法という概念は深く根付いているのにこの世界の人間は魔力を持っていない。一体どういうことだ。この世界の人間は魔法が大好きなのに使えない。様々な文献や歴史には魔法や呪術があったとされる。しかし現代のこの世界には存在しない。これが無い物ねだりというという奴か。それとも過去の人間は魔法が使う事が出来たのだろうか。
いや正しく言えば魔力は存在している、しかし驚くほどに微弱で脆弱なのだ。これでは魔法は一切使えないだろうし、魔力感知すら出来るものも居ないだろう。生まれたての赤子よりも弱く低い。
だが限られた人間の中には少ないながらも多少魔力を持った人間が居る。勿論、魔法が使えるレベルではない。しかし私が魔力を解放すれば感知される恐れがある。私は静かに暮らしたい、私の正体が公になるのは避けなければならない。
そういえば、私がこちらの世界に来た時とあるニュースを見た。あれは紛れもない魔力弾による爆発だった。恐らくは魔王ガレオンの手下であろう。
本当に面倒な事をしてくれる、この素晴らしくくだらない世界が壊れたらどうする気だ。
まあ魔王ガレオンには二度と会う気も無いし、いまさら魔族を関わる気も無い。
魔族の出現と同時に勇者アイレギアの生まれ変わりと、その従者が魔族に戦いを挑んだらしい、あの程度の魔族に手こずるとは情けない。
一体どんな奴がアイレギアの生まれ変わりなのか、少しだけ興味を持った私は日本の千葉に住むことを決めた。そうすれば万が一またガレオンの手下が現れたときに対策をたてることが出来る。
しかし私の魔力も常に流れ続けている、運よく補充する術を手に入れたものの、そう簡単に出来るものではない、流れ出る分の補充は行わなければならない。つまり食事をして補充する必要がある。
そこでアレに出会ったのだ。
私は自動ドアの前に立つ、その名の通り自動でドアが開く。正直これを見たとき驚いた。自動でドアが開く、こんなものに一体どれだけの頭脳が駆使されているのだと。
私はそのままドアを通り、カウンターの一席に座る。そして奥から店員の声が聞こえる。
「らっしゃいやせー」
若い男の声だ。元気が良い。でもキチンを挨拶はするべきだ。『いらっしゃいませ』とな『らっしゃいやせー』とはなんだ。言葉は正しく発音しろ。
若い男の店員が給水機の前に置かれたプラスティックのコップにお茶を注ぎ、私の前に置く。
「ご注文お決まりでしたらまたお呼びくだしゃい」
おい、語尾が崩れているぞ。
まあいい。私は心が広い、いちいちツッコミはしない。人間と関わる事は嫌いだ。
私は目の前に置かれたコップを手に取りお茶を一口飲む、そしてメニューを開く。今日は何を食べようかな。昨日はおろしポン酢だった、一昨日は高菜明太。
よし、オーソドックスなモノにしよう。
「注文いいか?」
「はい、どうぞ」
「ネギ玉牛丼の大盛をひとつ」
いかん、心の中ではオーソドックスな普通の牛丼を頼んでつもりなのだが、口から発せられた言葉が違った。恐ろしい日本の牛丼屋め。私に魅了の魔法をかけて来たな。
憎い奴め、肉なだけに。
「はい、他にご注文はありやすか?」
ありますか、だろ。全くコイツは。
「豚汁も貰おう」
「はい、以上で宜しいでっせーか」
「ああ」
「ご注文繰り返しやす、ネギ玉牛丼の大盛と豚汁ですね。少々お待ちくだしゃいやせー」
「ああ」
私がこの店の店長であれば、言葉遣いを一から教えてこんでやる。しかしそんな面倒な事はしない。さっさと牛丼を持って来い。
しばらく待つと先程の若い店員がネギ玉牛丼と豚汁を乗せたトレーを運んできた。そうだ、早くよこせ。
その瞬間、店の自動ドアが開いた。
「らっしゃいやせー」
挨拶など後にしろ、私に牛丼を早くよこすのだ。
「二名様ですかー?」
「はい」
「カウンターかテーブル席、お好き方へお座りくだしゃい」
おいこら、他の客などどうでもいい。早く牛丼をよこせ。
「じゃあ、カウンターにしようか」
「ぎゅーどん! ぎゅーどん! ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ! ぎゅーどん!」
何だ煩い連中だ。そんなに大きな声を出すな。私の至福の時間を邪魔するとこの世から消すぞ。煩いカップルが私と同じ列のカウンターに座った。静かにしていれば許してやるからそこで大人しくしているんだな。
若い店員がトレーを私の前に置く。
「お待たせしやしたー」
「ああ、ありがとう」
「ごゆっくりどぞー」
全くコイツ、『う』が抜けている、まあいい。
私は箸を取る、目の前には湯気が立ち上ったホカホカのネギ玉牛丼と豚汁があった。待っていたぞ。くくく、さあ貴様らの血肉を我が糧としてやる。
まずは豚汁から味わってやろう。
「あち」
なんという事だ、尋常ではない温度だ。灼熱の魔法でもかけられたと言うのか。舌が火傷したぞ。しかしこの程度で屈する私ではない。私はふーふーと息をかけ一口豚汁を啜った。
「ああ……旨い」
味噌という調味料と新鮮な豚肉、野菜の成分が汁に溶け込み実に味わい深い。この世のものとは思えない味だ。至高、これ以上の料理など存在しない。
私が豚汁を味わっていると先程入って来た二人のカップルがまた騒ぎ出した。
「ぎゅーどん! ぎゅーどん!」
「こら、うるさい。静かにするって約束だろ」
ふん、貴様らもこの旨さに舌鼓を打つがいい。そして閉口するのだ。その煩い口をきっとこの牛丼が塞いでくれるであろう。
「トモヤ様! 私はネギ玉牛丼にするぞ! 大盛な!」
「はいはい、わかったから少し声のボリュームを抑えろ」
「ぼるーむってなんだ?」
「小さな声で喋れってことだ」
私はチラリと横目で先程のカップルを見る。神崎トモヤ、アイレギアの生まれ変わりがそこに居た。
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