図書館に行こう
―― トモヤ ――
「んんんんん……!」
コーデリアが部屋の中で唸っている。
俺は声をかける事無く、その様子を静かに見守っていた。
事の発端は今朝の出来事、朝食を食べ終え食器を洗っていた時、彼女が突然『あ!』と大声を上げた。彼女の大声は日常茶飯事でさほど珍しいものではない。
昨日も晩御飯のチキン南蛮を食べたとき、奇声を発し部屋の中を走り回っていた。このような感じなのでなかなか外食が出来ない。それに比べれば今朝の奇声は大したことはない。
けれど今回ばかりは少し違った。
「魔力が少し回復した気がする!」
彼女が来て二週間が経過し相変わらず魔力回復の方法は見つけられずじまいだった。
そんな彼女がそういった。これで十数回目の出来事である。
彼女の魔力は睡眠と食事である程度回復する。しかし魔力が身体から流れ出ているため、今も底を尽きかけていると言う。魔力が枯渇した場合魔法を使う事が出来ず、トゥーリア語を日本語への変換に誤作動が発生する。
以前起きた、おかしな『ござる』口調がそうだ。
あれから数日が経過し、さほど魔力を消費しなかったのか変な口調は収まり、今は普通に話が出来る。しかし彼女の話では武具を顕在させたり、魔力を大きく消費するとまた魔力の枯渇は起こると言う。それは正直勘弁してほしいところだが、魔力回復方法がわからない今は我慢するしかない。
そして現在に至る、彼女は部屋の真ん中に座り、目を閉じて唸っていた。
綺麗な赤い髪の毛、透き通る白い肌、スラリと伸びた手足、唯一残念なポイントである控えめな胸。まるで人形のように可愛らしい。
彼女は日本のファッションに興味は無く、自宅にいるときは殆ど部屋着で出かけるときだけ少し小綺麗な格好に着替える。今はTシャツと短パンという実にラフな格好なのだが、シャツや短パンから見える白く細い健康的な手足に俺の欲望が無性に駆り立てられる。
しかし彼女はまだ子供である。そういう下卑た目で見る事もそういった発想に至る事も失礼に思えた。
「ほぉぉぉおおおお……」
彼女がまた別の奇声を発する。俺も部屋の中に座り、ジャスミンティーを飲みながら静かにそれを見守る。
「はっ!」
彼女が突然手を広げる、狭い部屋の中で大きく手を広げた事によりテーブルの角に指をぶつけ顔を歪めた。『ゴン』と大きな音が部屋の中に響く。
「あ……」
「うぐぐ……」
彼女の表情が一気に曇る、それはそうだろう。結構大きな音がした。かなり痛いだろうに。まあ彼女は騎士なので多少の痛みは慣れっこだと言っていたが、さすがに何も声を掛けないわけにもいかない。
「コーデリア……大丈夫かい?」
「……」
依然として目を閉じたままで指をぶつけても開けない。しかし指の痛みを我慢しているのがわかる。相当痛いだろうに。
「……いったぁ……」
しばらくして彼女がぶつけた指をさすりながら目を開けて、俺を見た。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です。痛みには強い方なので」
「な、ならいいけど……で、魔力は回復出来た?」
彼女の瞳に小さな涙が浮かんでいる。どこが痛みに強い方だ。やせ我慢にもほどがある。
「は、はい。少し思っていたのとは違いますが」
「と、いうと?」
「回復手段というより、流れ出る方を少し止める事が出来そうです」
「お、それは良かった。一体どんな方法なんだい?」
「こう……気合です」
彼女が両手の拳を握りとある漫画の『気』をためるような仕草を見せた。
「それで……止まったの?」
「今は……必死に止めて……ます……」
「……ずっとそうしてなきゃならないんじゃないの?」
「そ……そうと……も……言います……」
ダメだこれは。
「……がんばれ」
俺はそういうと乗り出していた身を落ち着かせ、再びジャスミンティーを飲んだ。
冷静に言えば流れ出る方をそのようにしなきゃならないのは厳しい。やはりそちらは後回しにして、大幅に回復する手段を探した方が良さそうだ。
俺はスマートフォンを取り出し、画面を開く。彼女が来てからというもの、色々な事を検索していった。
『魔力』『魔法』『魔力補充』『魔力回復』など魔力に関する事はあらかた調べていた。勿論検索出来るとは思ってはいないし、それが本当に出来るとも思ってはいない。けれども何か彼女の力になれればと思い毎日調べている。
しかし結果は虚しくどれも二次元の世界、想像上の方法、具体的に使えそうなものはない。
「ロスガレス……では、こんな事しなくても……自然に全快したのに……はぁはぁ……」
彼女は額に汗をにじませ入れていた力を抜いた。
「ロスガレスでは生まれからして魔力を持っているんだよね」
「あ、はい……赤ん坊でも魔力を持っております」
「うーん」
やはり元からあるものを回復させる手段なんて実際あるのだろうか。
「ロスガレスでは魔力回復の薬とか無いの?」
「あります、ガガルンの茎を煎じて飲めば一気に回復可能です」
「ガガルン……の……茎……」
俺はその言葉を検索してみた。結果は勿論ゼロ。
「この世界にもガガルンの茎があればいいのですが……」
「そうだね……」
俺はスマートフォンをテーブルの上に置き、天井を見上げた。掃除機お手上げだ。
せめてもう少し情報があれば。
「……」
「……何を考えていらっしゃいます?」
「……何とかコーデリアの魔力を回復させる手段は無いかなと。流れ出る事は食い止められなくても、補充し続ければ言い訳だ。また魔族がゲートを使い襲ってこないとも限らない。そのためにも魔力補充手段は必須じゃないかな」
「その通りです」
「とは言ったものの……。ガガルンの茎なんてこの世界に無いしな……」
「そうですよね……ロスガレスではありふれた草なのですが……」
「え?」
「え?」
「ありふれた草……って事は見た事も生えているところも知っていると言う事かい?」
「え、え、はい。うちの屋敷でも育てておりましたから。ロスガレスなら世界中生えていると思います」
つまりガガルンの草というものは、一般的な野草という事。
「コーデリア、図書館に行こう」
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