公園とサンドイッチ④
今日は本当にびっくりする事が多い。まさか一目惚れをした相手が、私たちのバンドを好きだと言ってくれるなんて。
「え? 成田さんがあの『two‐8』のメンバー⁉」
「はい、『two‐8』でベースを担当しています……」
「これは驚いた……。まさか実際に『two‐8』に出会えるなんて……確かに千葉を拠点にしている話は知っていたけれど……」
「私も心底驚いています……。神崎さんが私たちのバンドのファンだなんて」
「あはは。本当だね。でもあの『two‐8』ならファンも多いだろうし、そんなに驚く事もないじゃない。YouTubeの再生回数だって何万回もいってるし」
「そ、それは……神崎さんが……」
「え?」
「い、いえ! 実はファンの方たちと出会うなんて本当に珍しいんです! 勿論ボーカルの香取なんかは大学でも人気があって色んな女性から声をかけられていますけど、実際に声をかけてくれる人なんて本当に少なくて、それに私ベースだからあんまり目立たないので……」
「あ、確かに……俺も成田さんには申し訳ないけれど……ベースの子は女性だったぐらいしか記憶に……」
「やっぱり……ベースって目立たないんですよね。ギターとボーカルの人気は凄いですから」
トモヤさんが『しまった』という表情を浮かべた。
それを見て私は少し落ち込んだ。ベースは殆ど目立たない。けれどベースだって本当に面白くて、どんなバンドでもベースの腕で曲の雰囲気はガラッと変わる。皆、それに気づいていないだけなのだ。
「今朝聞いていた歌、いすみ殿が演奏していた歌なのか! 凄いでごわす!」
「あ、ありがとう」
私はハッと思った。これは彼の連絡先を手に入れるチャンスなのでは、と。
私はスマーフォンを取り出し少し操作をする。
「あ、あの神崎さん!」
「は、はい」
「こ、これ! 今度出す新曲なんですけど、これ私が作詞作曲した曲なんです! さっきもこれの練習でメンバーが集まっていたんです」
私はスマートフォンの画面に映し出された歌詞を彼に見せた。
「成田さんが……作詞作曲……! 凄い!」
「新曲は『cosmos』っていう曲なんですけど、この……」
私は彼にスマートフォンを見せながら少し身体を近づける。彼の息遣いは聞こえた。少し鼻息が荒いけれどそんなの気にしない。きっと片方の鼻が詰まっているだけよ。
「作詞作曲とは……なんだ?」
「え? えっと……曲の歌詞とメロディを描く事よ」
「むむ、メロディとは……」
私はベースケースに入れておいた手書きの楽譜を取り出し彼女に見せた。他のメンバーは電子化した楽譜を使用しているが私には紙へのこだわりが強い。やはり楽譜だけは紙じゃないと調子が出ない。作曲は断然、紙派だ。
彼女は実に興味津々で大きな赤い瞳をキラキラ輝かせていた。
その目は本当に純粋な輝きを放っていて、何故か自然をこの子に教えたくなる不思議な魅力を持つ子だと思った。けれどメロディを知らないなんて一体どこの田舎から出て来た子なのだろう。
「これが楽譜、このオタマジャクシみたいなのが音符。この音符通りにメロディを奏でるの」
「これが……あの歌になるのか! アンビリバボー……!」
私は『いちいち言う事が古いわね』と小さく呟いた。勿論彼には聞こえないように。
「ごめんね、ちょっと変わっているけど、とても純粋な子なんだ」
「え、あ、あ! ごめんなさい。決して悪く言うつもりはなかったんですけど……」
「ううん、良いよ。俺も古いと思っちゃったから」
私の小さく呟いた独り言が彼に聞こえたらしい、スマートフォンを渡して歌詞を見せていたから殆ど密着に近い至近距離。確かにこれではどんな小さな声でも聞こえてしまいそう。
それだけ彼に近い、そして私の胸の高鳴りも限界に近い。
「これがあの歌になるのか! いすみ殿は魔術師のようだな!」
「え? ま、魔術師……」
「お、音楽を生み出す魔法みたいな! そういう意味で魔術師って言ったんだよな! だよなコーデリア!」
「え? ……あ……」
「な! コーデリア!」
「あ、はい。その通りでござる!」
何だったのだ、今の間は。
トモヤさんが急にそわそわし出した。今の会話に何かいけない事があったのだろうか。
「あーー! そうだ! 今日の晩御飯は唐揚げにしよう!」
「何⁉ 唐揚げだと!」
急にトモヤさんが少し大きい声で呟いた。いやそれは呟いたと言うモノではない。これは彼女か私に言っている。出会ったばかりの私にそんな話題を振るはずもない。
という事はつまり、これはコーデリアさんへの合図だと思われる。
さすがに出会ったばかりで話しこみ過ぎたか。それとも私の行動があからさま過ぎて、引かれたのだろうか。
「唐揚げ! 唐揚げ! 今日は唐揚げだ!」
「よし! じゃあ際歩はこれぐらいにして、イオンに買い物へ行こうか!」
「おー!」
「成田さん、今日はありがとう!」
トモヤさんは立ち上がり、コーデリアさんもトモヤさんの前を歩き出した。
「あ、あの! トモヤさん! じ、実はファンの方にこんなお願いするのは気が引けるのですが……」
「うん?」
「わ、私……音楽を語れる友人が少なくて……も、も、も……もしご迷惑でなければ私と連絡先を交換出来ませんでしょうか!」
トモヤさんは一瞬あっけにとられたような表情を浮かべた。
ダメだ、きっと変な女だと思われた。無理もない、出会ったばかりのバンド女と連絡先を交換するなんて、普通はありえない。
それに私のバンドのファンの人だ、本来ならプライベートだといって断るのが一般的。明らかにおかしい行動をしていると自分でもわかる。
けれど、今ここで勇気を振り絞らないと、もう二度とトモヤさんと会えない気がする。
これはきっと運命の出会いなんだ。これを逃がしたらきっと私は二度と恋なんて出来ない。
誤解しないように言っておくと、私は決して惚れやすい女じゃない。
容姿にはそこそこ自信はある、今は地味な格好をしているけれど、これでも中学高校大学と告白してきた男の子は多かった。多分普通よりはモテる方だと自分でも知っている。
日に日に告白される回数が増えた私はいい加減面倒くさくなりとりあえず男の子と付き合う事にした。
最初は私が中学一年生の頃、相手は二つ上の先輩、話しやすかったし優しかった。けれど話していて何か違和感がいてすぐ別れた。
フリーになってすぐにまた告白ラッシュが始まり、二人目、三人目と付き合うものの、どの人も違和感を覚えて、すぐ別れるの、繰り返し。次第に告白される事すら億劫になりだした高校生の頃、私はなるべく目立たないように内気な性格に変わっていて、もっさりとした髪型にしたり、男の子と距離を置くようになっていった。
そんな時だ、私が音楽に出会ったのは。
高校生二年の春、私の運命を変える一曲に出会う、『工藤ことり』の『April』、失恋をした女の子が新しく恋をする物語と、その女の子の心情を歌った曲だ。
この曲はさほどヒットしなかったけれど、私はその女の子の心情を表現されたその曲だけを繰り返しずっと聞いた。
四月に分かれ、四月に出会う。その季節感と心情が本当に好きになった。
そこから私もバンドをしたいと思うようになった。幸い高校に軽音楽部があったため、私は勇気を振り絞り入部。そこで私はベースの魅力に取りつかれ必死に覚えた。
初めてのデビューライブは高校の文化祭、いつもはもっさりとした髪型と暗い表情を浮かべていた私はその日顧問の先生に『たまには自分をさらけ出せ』と言われ髪を整え少しだけメイクをして歌った。
ライブは大成功し、一躍私たち軽音楽部は時の人となり、たま私に告白ラッシュの日々が訪れる事になってしまった。
当時少し憧れていた先輩と付き合うものの、やはりすぐ別れた。やっぱりこの人じゃないと感じたからだ。
違う、『この人じゃない』と思うのではない、『何かが足りない』と思っていたのだ。
でも今、トモヤさんと出会って、少しだけ話をしてわかった。この人はその『足りない何か』を持っている人だ。
容姿、口調や表情、会話でみられる小さな癖、短い時間だけれど私はそれを確かに感じた。『この人は普通の人じゃない』と。
その何かは皆目見当がつかないけれど、その『何か』が彼の魅力なのかもしれない。
少しの間の沈黙、私には悠久の時間にも思えた一瞬、体感時間にすればほんの一秒か二秒、それが私にはたまらなく長く感じた。
そしてトモヤさんはニコリと笑い、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「うん、いいよ」
トモヤさんの笑顔で私の止まっていた時間が動き出す。その笑顔は私の凍っていた心を溶かすような暖かい光のようにも思えた。
ダメだ、はっきりと言える、私はこの人の恋をしたんだ。
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