公園とサンドイッチ③
自分でもどうかしていると思う。
目の前に居る彼は決してイケメンと呼べるほどのカッコよさは無い。強いて言うのであれば顔は整っているものの、陽キャのような眩しさも、自信に満ちた表情も浮かべていない。
どこにでもいるごくごく普通の男性、それが彼だ。
それでも私は彼の持つ私を引き付ける何かとその不思議な雰囲気が一瞬で好きになった。
これを一目惚れと言わずになんと言おうか。
街ですれ違っても絶対に振り向く事は無い存在、百人が百人が素通りする彼の外見。しかし私には物凄く魅力的に見える。
この芳醇な空間、世界がピンクに色に染まる。
彼はどんな人なのだろう、彼は何が好きなんだろう、彼はどこに住んでいるのだろう、彼は何歳なんだろう、彼に恋人は居るのだろうか、彼は、彼は、彼は。
どうして目が離せないの。彼の一挙手一投足が私の視線を釘付けにする。
彼は親戚の痛い子ちゃんと話をしている。
性格や行動はどうあれ痛い子ちゃんは物凄く可愛らしい女の子、どうして彼の隣にいるのが私じゃなくて貴女なの。悔しい。悔しい。
「唐揚げが食べたいでござる! 今すぐ買いに行こうぞ!」
私なら絶対にそんな言葉は言わない、わがままも言わない、決して彼の迷惑になるようなことはしない。彼を困らせる事は絶対にしない。
彼は彼女の頭を撫でる、嫌、それは私にしてよ。他の女の子に優しくしないで。私だけを見てほしい。
「あ、あの……!」
「はい?」
何を話せばいい、でも何か話題を振らないときっとこれでお別れになってしまう。
「いすみ!」
「え? あ、はい」
「変わった名前だな!」
「こら、失礼だろ」
彼が彼女の頭をポンと叩く。強い力でなく優しい、撫でるよりかはちょっとだけ強い。やめて、そんなに仲良くしないで。
「と、トモヤさん……は、このあたりに住まれているんですか?」
「いや、今日はちょっと買い物ついでに散歩でここまで足をのばしただけだよ。家は稲毛」
「稲毛……ここから歩いてこれる距離ですね」
「うん、今日は天気もいいし、絶好の散歩日和でしょ。彼女も日本になかなか馴染めていないから近所を歩いていたんだ」
彼と目が合う、胸の高鳴りが止まらない。
「それでこの公園に」
「うん、えーと……成田さんは……大学か何かの帰り?」
「いえ、あ、大学は通っていますけど、今日は違います。私バンドやっているんです」
私は少しだけ視線を逸らし、先ほどまで座っていたベンチに視線を逸らす。
「なんだこれは」
ベンチには彼女はちょこんと座っており、その隣には私がいつも持ち歩いているベースがあった。
「ベースです」
「べーす? 野球か?」
何なのこの子、知らなさ過ぎて相手にするのがちょっと疲れる。
「ベースは楽器の事だよ」
「楽器? いすみ殿は音楽家か何かか?」
「大学に通っているって言っていたでしょ。大学生でバンドをやっていると言う事だね」
「はい」
「さすがトモヤ様。少ない会話の中でよくぞそこまで理解出来るものだ!」
「ベースかー、凄いなァ。俺音楽に好きだけど演奏出来ないし、楽譜も読めないや」
やった、会話が繋がりそう。
「音楽お好きなのですね! あ、あの、良かったら座って少し話せませんか!」
「え? いいけれど……」
トモヤさんは彼女に視線を送る、彼女は既にベンチに座っている。時々彼女を見る目が不安そうな雰囲気を感じさせる。何故だろうか。
彼が彼女の隣に座り、私もベースを抱えベンチに腰掛ける。本当は真ん中に座って彼女と引き離したかったけれど、さすがにそれはあからさま過ぎるのでやめておこう。
「ベースって、俺実物見たことないんだよね」
「良かったら見ますか」
私はベースケースのジッパーを開け、ベースを取り出す。
「へえ。意外と大きいんだね」
「持ってみますか?」
「え、いいの? 高価なものなんじゃ……」
「これはエレキベースなので、そんなに高いものじゃありません。アコースティックベースなら何十万もするものもあるますけどね」
私はケースから出したベースをトモヤさんに渡す、トモヤさんの手が少し触れた。たった一瞬の出来事だったのに、動悸が激しくなる。
「意外と重いんだね。ん? 成田さんどうかした?」
「い、いや! 何でもありません!」
「顔が赤いぞ、いすみ殿。ところでサンドイッチはもう無いのか!」
この子、どんだけ食い意地張っているの。持っていると言ったら食べる気か。
「え、エレキベースは大体四、五キロありますからね!」
「へえ。これはエレキベースっていうんだね」
「よ、よく知られているのはこのエレキベースですね!」
「あー、良くみるみる」
「ベースは意外と種類があるんです。それはエレキベース、正しくはエレクトリックベースって言います。そのまま弾いても小さな音しか出ませんが、アンプにつなぐと大きな音が出ます。後はアコースティックベース、弾き語りなんかでよく使われるボディ内部が空洞になっているものあります」
「あー、それも見た事ある」
「あと、ウッドベースもあるんですが、コントラバスとも呼ばれていてヴァイオリンを大きくした形のものもあります。オーケストラとかでみるやつですね」
「コントラバスって聞いた事ある! あれもベースなんだね! 知らなかった!」
「はい」
良い、自然に会話出来ている。出来れば連絡先が知りたいです。
「何を言っているのかさっぱりわからんですたい」
「今朝、音楽の話をしたばかりでしょ」
「そうでごわすが、まだまだ理解が追い付かないでごわす」
また彼女がおかしな口調で喋り出した。邪魔しないで。
「アンプがあれば、コード繋いで少し弾けるんですけどね!」
「凄いなー。これがベースか」
トモヤさんは満足したようで私にベースを返してきた。まずいこれでは会話が止まってしまう。
「と、トモヤさんはどんな音楽が好きなんですか?」
「あは……、恥ずかしいけれど最近のはあまり聞かないんだよね。懐メロが好きなんだ」
「懐メロ……」
「蒸らした銅像の歌をよく聞いているでごわす」
「え、何それ……」
「村下孝蔵な」
「それそれ」
「絶対わざとだろ、このやろぉ」
「ちゃうねん。ホンマわざとやないから」
彼女の口調がいちいちふざけている。何なのこの子。
「あ、でも好きなバンドがあるよ。インディーズバンドだけど」
「そうなんですか? どんなバンドなんだろ」
「『two‐8』っていう千葉のバンドだよ。成田さん知っている?」
「え……」
まさか、こんな事が。
確かにYouTubeの再生回数も最近は上がって来たし、その筋では少し有名になった気がする。でもこんな事が本当に起きるなんて思ってもみなかった。
「それ、私のバンドです」
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