公園のサンドイッチ
―― いすみ視点 ――
最近ついてない。
昨日は急にバイト仲間が休みを取り急遽出勤する事になったし、一昨日はバンドの練習をして遅くなって電車に乗ろうとしたら千葉駅で謎の爆発事件に巻き込まれて電車が止まり結局家に着いたのは午前様だった。
大学でも単位を取るのが必至でいまいち内容が頭に入っていない気がする。大学生活、アルバイト、バンドの練習とさすがにスケジュールが過密になっている、そのため朝起きるのが辛い。
私の名前は『成田いすみ』インディーズバンドの『two‐8』のベースとコーラスを担当している。
メンバーはボーカルのKATORIこと香取修吾、ギターの柏健一、ドラムのHIRAこと平山タモツさんの四人。今日の練習にも香取は遅刻して来た。午前七時集合のはずが、来たのは九時過ぎ。何度LINEしても既読が付かず結局寝ていて気が付かなかったらしい。
私はいつも連絡してあげているのに全くそれに対しての感謝が無い。いい加減連絡するのをやめようかしら。
香取を待っている間、少し練習をしていたけれど、柏と平山さんが少し口論となり場の空気は最悪だった。四人で集まると喧嘩などはしないのに、この二人だけになるといつも口喧嘩をし出す。本当に大人になれない大人たちだ。
練習場所は平山さんの自宅にある離れの防音室。自宅に防音室を所持している平山さんは本当に凄い。何でもデイトレーダーをやっていると言う事でお金はかなり自由に使えるらしい。詳しくはわからないけどね。
集合から一時間が過ぎ香取が寝癖のままやってきた、せっかくのイケメンが台無しだ。まあ私の好みじゃないからどうでもいいけれど。
遅れて来た香取が『さあやるぜ!』とリーダー気取りで仕切り出した。私たちは香取の横暴な態度にイライラしながらもそれを表情には出さず仕方なく練習を開始した。
練習曲は私が作詞作曲をした新曲『REMEMBER』これは大人になった青年が高校生時代に抱いた恋心を思い出す曲だ。
「おい、いすみ! 何でお前が間違うんだよ! お前が書いた曲なのによ!」
「ご、ごめん!」
私はコードを間違える凡ミスをしてしまっていた。しかも香取に指摘されて後から気づくと言う失態。
「いすみちゃんが間違うなんて珍しい」
「そうだな、でも俺は気が付かなかった」
「お前らの耳は飾りかよ」
香取の言葉に二人がカチンときた様子。
「私が間違えたのが悪いの。ごめん、もう一回最初からやろう!」
「ちっ……もう間違えんなよ。せっかくの曲が台無しだ」
悔しいけれど香取の言う通りだった。
ベースでコードを間違えると全体のバランスも雰囲気もガラリと変わってしまう。しかし香取はよくこのミスに気が付いたものだ。自分で作曲したというのに指摘されるまで気が付かなかった。この才能が香取の凄いところだと言える。
香取は傍若無人だし、礼儀知らずだし決して人に好かれるタイプの人間じゃない。けれど音楽の才能だけは誰よりもあるとわかる。私が作詞作曲した曲を一発で覚えるし、自分でも作詞が出来る。勿論ボーカルを務めるだけあって歌手としての才能もあり、かなりの音域を持ち歌い方は人を引き付ける何かを持っている。さらに絶対音感を持っており様々な音を聞き分ける事が出来る。
本当に悔しいけれど、私なんかよりも香取の方がミュージシャンとしての才能は遥かに上だと言えるだろう。柏も平山さんも香取の才能には一目を置いている。そのため香取が遅刻してきても殆ど文句を言わない。
ただ、人として尊敬できるところはほとんどない。
それから三時間近く練習を行い、その場で解散となる。柏と香取はこれからバイトだと言ってさっさと切り上げ部屋を出ていった。平山さんから食事に誘われたがプライベートは分けたかったので丁重に断り部屋を後にした。
「今日はバイトも大学も無いし、久しぶりに歩いて帰ろうかな」
平山さんの自宅を後にした私は駅の方へ歩く事無く、住宅地を歩いた。
私の家は電車で二駅ほどなので歩いて帰れなくもない。一昨日は夜遅かったし夜道を歩くのは怖かったので電車を利用したけれど、今日みたいに午前中で練習が終わった日や気分転換をしたい日には歩いて帰る事がある。
住宅地という事もあり、どこもかしこも家。時間は午後十二時を少し過ぎた頃。自転車に乗る主婦や子供たちとすれ違うものの人通りも少ない。
住宅地を抜けると少し大きな公園があった。公園の傍にあるコンビニでお茶とサンドイッチを購入し、公園のベンチに座る。
私は公園の景色を眺めながらキュウリとレタスのサンドイッチを頬張る。
「うん、美味しい」
私はポケットからスマートフォンを取り出しニュースアプリを開く。
「あ、一昨日の事やっぱりニュースになっている」
一昨日千葉駅で起きた謎の爆発事件。それに関わったとされる謎の人影。ニュースのコメントには『ジャージの男』の話題で埋め尽くされている。
「ジャージの男って。そのまんま過ぎるでしょ」
謎の爆発事件に三人の男女が関わっていると言う。男性と女性が最初戦っていたが女性が倒され、その後現れた男性がその男性が戦闘を行い勝ったと言う話だ。
現在では警視庁が捜査を行っているが、もっぱらの噂は軍人かスパイなのではないかと言われている。今のご時世そのような事件が起こるとは到底思えないが、ただひとつ気になる事があった。
「あの時感じた、感覚は一体なんだったんだろう……」
私はサンドイッチを再び頬張る。今度はチーズとハムのサンドイッチだ。美味しい。
スマートフォンを眺めていると何かが視界に入って来た。
「うわ!」
目の前に高校生ぐらいの女の子がしゃがみ込みながら目をキラキラさせて私を見つめていた。女の子は赤毛の長い髪の毛、大きな瞳、整った顔立ち、同性の自分でもわかる。めちゃくちゃ可愛い美少女がそこに居た。
何なのこの子。
「え……えっと……何か用?」
「こら! コーデリア! 一人で行くなとあれほど!」
右手から男性の声が聞こえた。私はそちらに顔を向けると一人の男性が息を切らせて走ってきていた。
「ななな……何なの……」
「それはなんだ? 何を食べている!」
「こ、これ? サンドイッチだけど……」
「美味しいのか! それは美味しいのか! 答えろぉぉおおお!」
「えええ……急に何なの?」
「やめい!」
男性が女の子の腕を掴み無理矢理立たせる。
「トモヤ様! この女不思議なものを食べておる! 私も食べたいでござる!」
「どんだけ食い意地張ってんだよ! さっき唐揚げ棒食べたとこだろ!」
「あれは別腹でござるよ!」
「いや意味わかんねえし!」
「この女の食べ物が食べたいのだ!」
「後で買ってやるから、やめいいいいいいいいいいい!」
私は訳が分からず身体を縮み込ませる。
男性の方はどこにでもいる日本人のようで口調も行動もいたって普通。しかしこの女の子のインパクトが半端ない。たかがサンドイッチにここまで執着する子も今日珍しい。
「それはどこに売っているのだ!」
「え、こ、このサンドイッチ?」
「そうだ! そのさんどうウィッチだ! ウィッチ……? なんだ魔女のことか! 魔女の食べ物か! 貴様魔女だと! 魔女なら魔法が使えるはずだな!」
「やめろおぉぉお!」
男性が女の子の口を手で塞ぐ。何だこのカップルは。
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