two‐8
俺は音楽が好きだ。
けれど、流行りのバンドやアイドルミュージシャンなどではなく、過去に流行った歌が好きだ。所謂、懐メロというやつだ。
懐メロは良い。本当に良い。何が良いかと言われるとまずは歌詞が深い、そして少しレトロなメロディがたまらなく好きだ。
音にこだわる俺は高価なスピーカーを設置し、スマートフォンと連動させ、いつでも良い音楽を聴く事が出来る。人生で音楽が無ければ生きていけない自信がある。それほど俺は音楽が好きだ。
今朝も朝食を食べる時間にも懐メロをかける、同棲しているコーデリアも少しずつ日本での生活に慣れてくれたのか、最近は興味津々にならず音楽を楽しんでくれている。
「この歌、良いでござるな!」
コーデリアがトーストを齧りながら喋る。相変わらず口食べながら喋る癖が抜けない可哀想な子。何度注意してもそれがなかなか治らない。本当に手のかかる子だ。
彼女が良いと言った歌は村下孝蔵の『初恋』俺もこの歌はとても好きだ。
歌い出しの『五月雨は緑色』と歌詞が本当に素晴らしい。五月雨とは『梅雨』や『五月』の季語でもある。それを『緑色』と形容する辺りが本当に素晴らしい。
彼女が気に入るのも必然と言える。
「村下孝蔵の初恋という歌だよ。俺が生まれる前の人だけど、若くして亡くなっちゃったんだよね」
「して、その者も魔族にやられたのか?」
「何度も言っているでしょ、この世界に魔族なんていない。確か病気だったかな」
「あ、そうであった。しかしこの世界の医学でも救えぬ病気だとは……」
異世界ロスガレスでは魔法で治癒を行う、そのため医学という概念が薄い。先日、日本の医療について質問されたので簡単に説明した。魔力が無い人間でも命を救える事に衝撃を受けていた。
彼女の世界、魔法とは本当に万能なのだと今更気が付かされる。
自身の魔力を火、水、風、土、光、闇、無と様々な属性に変換させ治癒や飛翔、攻撃、防御、生活に至るまですべて魔力で補う。現代の日本いや過去の世界中でもそんな事が出来た事は無いだろう。魔力ひとつでそこまで出来る世界は本当に凄いと言える。
「みゅーじしゃん、という職業がある事は理解した! ならそのムラなんとかゾウはみゅーじしゃんだったのか?」
こいつ、わざと言っているのか。
「村下孝蔵」
「そうそう、そのなんとかシタコウなんとか!」
「わざとか、この!」
「ち、違うでござる! ニホンゴへの変換が上手くいかないでござるのである故!」
彼女は普段流れ出る魔力で言葉を日本語へ変換していると言う。魔力は徐々に回復するが常に流れ出ている為、栓を塞いでいない蛇口の水のように出てはそのまま流れてしまうと言う事だ。回復前に言葉を変換してしまうと今のようにおかしな言葉遣いになってしまうと言う。
彼女が来て早二週間。今、彼女の魔力を回復方法と流れ出る魔力を止める方法を探しているが、皆目見当がついていない。
「あ、この歌好きでござる!」
「TUBEだね。昔は夏の歌手と言われるほど夏の歌を毎年出していたらしい」
「さすがトモヤ様、詳しいでござるな!」
「この曲、懐かしいなぁ……」
スピーカーからTUBEの『夏を抱きしめて』がかかる。
懐メロというには少し新しいけれど、良い曲は良い。心に響く。
俺はサビを口ずさんだ。
「楽しそうで良かったでござる」
「?」
「あ……あの……」
快活な彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
「どうした?」
「私がこちらに来た時……その……トモヤ様はずっと暗い表情をされていたので、実は凄く心配していたのです」
「ん……」
確かに。
彼女の指摘は当たっていた。彼女が現れた数時間前、俺は仕事を辞めていた。自暴自棄になり激しく自己嫌悪にも陥っていた。会社で仕事でうまくいかない。それがたまらなく辛かった。朝起きるのも億劫で、寝ても覚めても不安で押しつぶされそうな日々。
生きている事があんなにも辛いと思った事は無い。
「あの……」
彼女は俺の顔を下から覗き込む、
前かがみになった彼女のシャツから健康的な首筋と鎖骨。そしてその下の下着がチラリと見える。俺は慌てて視線を逸らす。
控えめな胸といえ相手は未成年だ。邪念を払え俺。
「私、トモヤ様の負担になってはいないだろうか! 私は……」
「コーデリア……」
「いきなり勇者様だなんて言われて混乱するのは当たり前だ! しかしトモヤ様はそれを受け入れてくれた! だから私は出来る限りトモヤ様に迷惑にならぬよう、トモヤ様のちからになりたいのだ! だから時々暗い顔をされるトモヤ様が心配なのだ!」
「だ、大丈夫!」
「トモヤ様……?」
「確かに、あの時は少し落ち込んでいたけれど、コーデリアが来てくれたおかげで毎日が楽しい」
「!」
「だから負担になんてなっていない。心配してくれて本当にありがとう」
「トモヤ様!」
コーデリアが俺に抱き着いてきた。
美少女からの突然のハグ、これに驚かない男性はいない。彼女の柔らかな身体を透き通る程白い肌、水をたらせば弾くのではないかと思わせる弾力、そして抱きしめられても決してそれを感じる事が無い控えめな胸。
やめろ、俺の理性よ働け。これ以上はいかんざき。
「トモヤ様! 私はあなたに出会えて本当にうれしいでござるぅううう!」
「こ、コーデリア! 離れてくれ!」
俺は無理矢理彼女の肩を掴み、彼女を引きはがす。彼女は鍛えている為、結構力が強い。
そんな時、スピーカーから別の曲が流れだした。村下孝蔵やTUBEとはまた違ったアップテンポな曲。
「こ、この曲も好きなんだよね!」
俺は気まずさを払拭するために無理矢理話題を変える。
「曲? これは何かジャカジャカうるさい曲でござるな」
「ま、まあそうかもね。この曲は俺の好きな懐メロじゃない。最近結成されたインディーズバンドの曲だよ」
「いんでいーずばんどぉ?」
「レコード会社に所属していない音楽バンドの事だよ」
「れこーど……ばんど……?」
インディーズバンドはアマチュアバンド、いわゆるプロじゃないバンドを指す事と誤解されがちだが、それは当たらずとも遠からず。最近では有名レコード会社に所属していなくてもメジャーになっているバンドも存在する。
インディーズバンドでもプロ活動を行っているバンドも数多く存在する。彼らはYouTubeや独自の活動を行い、ファンも多く獲得している。
そのひとつが今流れているバンドの曲だ。
「この歌手は何という人間なのだ?」
「『two‐8』っていうんだ」
「つ、つぅーえいと? なんだそれは」
「バンドの名前だよ。あ、バンドっていうのは音楽グループの事。チームみたいなものだよ」
「つまり、このつーえいとはチームで音楽をしていると?」
「そうそう、男性三人、女性一人の四人グループのバンドなんだ」
「理解不能でござる!」
「ま、おいおいね……」
日本や世界の事を少しずつ理解し始めている彼女は頭が良い。そのうちバンドや音楽の事も理解してくれるであろう。
そういえば、なんでレコード会社っていうのだろう。今の時代レコードなんて売ってないだろうし、作って買う人間は限られた極一部の人間だけだろう。
などと実にどうでもいい疑問を抱いた事は彼女には内緒にしておこう。
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