異世界からの刺客③
―― コーデリア視点 ――
コーデリアは夜空を飛ぶ、ロスガレスとこの世界では魔力の消費量に差があるような気がした。
(こんなに魔力消費が早いなんて……、この世界では流れ出る魔力を抑える事が物凄く難しい。きっとそれが原因ではなかろうか)
「!」
コーデリアは一瞬の気を取られ目の前に現れた白い建物にぶつかった。身体が激しく跳ねて落下しそうになる。しかし空中でバランスを取りなんとか地面スレスレで魔力を放出する。
「あ、危ない……。いったァ……」
思い切り顔と肩をぶつけた。魔力で防御展開していても多少の傷を受けてしまった。顔の傷は大したことないが、肩はズキズキと痛んだ。痛みで危うく剣グランタインを手放してしまうところだった。
しかしコーデリアはそれを気にする事無く、目的地を目指した。
「あれか!」
右手に持つグランタインに力を込める。
周りの建物から煙が見える、恐らくこの魔力の主が起こした魔法だろう。眼下に広がる異形の建物、それを見上げる人々。その違和感にコーデリアは冷や汗を流した。
「何故……この世界の人間は逃げない! 相手は魔族だぞ!」
人々は皆足を止め、建物を見上げている。中には片手に小さな板を構えてジッと動かない。コーデリアはこの世界の人間たちに危機感というものは無いのか、それともあの小さな板がそれほど重要なシロモノなのか、と思った。
「!」
魔力弾の気配を感じ空をさらに浮かび上がる。間一髪、弾はコーデリアを掠め彼女の後ろにあったビルに激突して激しい爆発が起こった。
ビルの破片が周囲に散らばり砂煙が上がる。
「この威力!」
コーデリアは発射されたその先に目を凝らす。周囲は砂煙が立ち上るものの、すぐにそれは収まりそうであった。
『貴様が……アイレギアか……』
コーデリアの頭の中にドスの聞いた声が響く、間違いない。これは魔族が発する思念波だ。
魔族は声帯を持たず、思念で会話する事が出来る。ロスガレスで幾度となく聞いたこの波、実に不快である。
「私を勇者様と見間違うなど、とんだ下級魔族だ」
『アイレギアでなければ何者だ。この世界の人間は魔力を持たぬはず。どうして貴様は私の攻撃を躱す事が出来た』
煙が晴れ、月の光が黒い人物の姿を顕わにした。コーデリアはそれが魔族だと一目でわかった。一見すると普通の人間にも見える、しかし細身で黒い服をまとい頭には巨大な角、魔族は瞳が特徴的で、結膜の部分が黒く、角膜、虹彩、瞳孔までもすべて血のように赤い。
どの種族の人間とも違う、人が恐れを為すその姿、畏怖する形態、佇まい、そのすべてが本能で語られる。『これは人ならざるモノ』であると。
コーデリアは額から冷や汗を流し、一瞬だけ深呼吸をした。
「は!」
コーデリアは気合を入れて魔族へ斬りかかる。しかしそれを魔族は片手で受け止め剣を握りしめた。
『脆弱だな。そうか、貴様が勇者に会うために転生した女騎士か』
「だったら、どうする!」
『この程度の魔力で私に勝てると思っていたのか』
コーデリアは身体を捩り魔族の顔面へ蹴りを見舞う。しかしその抵抗も空しく魔族は微動だにしない。
(まずい。この世界に来てから魔力の回復が遅い)
『この世界はおかしなものだ。流れ出る魔力が抑えきれぬ』
「!」
魔族はコーデリアの足を掴み、力任せに彼女の身体を頭上へ高く振り上げた。
「くそ! 魔力さえあれば貴様に後れを取る事など!」
振り回されるコーデリアは何とか体勢を整えようと魔力を集中させる。しかし次の瞬間、彼女の腹部に強い衝撃が走った。
「ぐ……!」
『阿呆が。魔力が無いと自ら言うか』
腹部への殴打を受け魔力の集中力が切れる。その瞬間を見逃さず魔族はコーデリアを物凄い勢いで投げる、彼女の身体は目の前のビルに叩きつけられた。
コーデリアの身体は激しく打ちつけられビルの外装が粉々に砕け地面へと破片が落下した。
『一瞬の間に、防御壁を張ったか』
崩れた建物からコーデリアの足だけが見えた。
『ならば、この程度で死ぬ事もないだろう。喋ってもらうぞ。聖剣トワイライトはどこだ』
「は!」
コーデリアは身体に覆いかぶさるコンクリートブロックを撥ね退ける、そのまま勢いをつけ右手のグランタインを構え魔族へと突きを繰り出す。
コーデリアの放った突きが魔族の胴体を捉え、身体を貫通する。
「やったか!」
コーデリアのグランタインが確実に魔族の胴体を貫き、致命傷を与えた。
『な、訳ないだろう』
コーデリアは髪の毛を掴まれ再び空中へ放り投げられた。頭を通して『ブチブチ』と髪の毛が千切れる音が聞こえる。痛みのあまりコーデリアは顔を歪めありったけの魔力で魔族の手を払う。
しかし次の瞬間、また腹部への痛み。胃液が逆流するかのような激しい痛みが彼女を襲った。
「ぐぐ……!」
『魔力練成が足りぬわ。魔力操作を見る限り貴様は相当な手練れであろう。しかし貴様の魔力は当に底をついている。無様な奴め』
魔族はそういうと不気味な笑みを浮かべた。すると胴体に空いた穴が塞がり、あっという間に傷が癒えてしまった。
まずい、コーデリアはそう思った。まさかこれほどこの世界で魔力を自然に消費していたとは。このままではこの下級魔族にすら勝つ事が出来ない。
ロスガレスでは中級魔族とも対等以上に戦える自分が魔力を失うとこれほどまでに苦戦を強いられるとは思っても居なかったのだ。
今更ながら、単身で戦いに挑んだ事を後悔した。
『貴様を殺して、聖剣トワイライトをゆっくりと探すとしよう』
魔族はコーデリアに手を振りかざす、それを寸でのところで躱すものの、コーデリアの魔力は限界に近かった。空中を飛び攻撃を避ける。
しかし何度目かの攻撃で再び足を掴まれた。
「この!」
コーデリアは身体を捻りグランタインで魔族を斬りつけた。しかしその刀身が触れようとしたとき、彼女の手からグランタインが消えた。
「ああ……!」
『魔力が尽きたか。もう武器を顕在させる事すら出来ぬとは』
魔力が尽きた。それはロスガレスではあり得なかった現象だった。あちらの世界では万物は皆魔力を持ち、決して底が尽きる事は無い。なぜならそれが生命力の源であり、生きる力の根源なのであるからだ。
(異世界とは……こんなに厳しいものであったのか……)
恐らく後数時間もすれば、この魔族も私と同じく魔力の自然消費を抑えきれず力が低下するだろう。しかし現時点ではまだ膨大な魔力を保っている。
膨大な魔力を持った魔族と、魔力を失った人間。これは火を見るよりも明らか。
どうしてトモヤと一緒に行動しなかったのか、どうして一人で戦いを挑んだのか。これは明らかなる慢心と覚醒したばかりのトモヤを足手まといだと判断した結果だった。
『心配するな、すぐに勇者もあの世へ送ってやる』
コーデリアは必死に魔族の手を掴む、しかし魔力が尽きた彼女に成す術も無く、激しく地面に叩きつけられた。
全身から『ミシッ』と骨が悲鳴を上げた。彼女は血を吐き、地面に力なく横たわった。
薄れゆく意識の中で必死に目を凝らす、魔族が自分の目の前に居る。しかしもう指一本すら動かす力が残っていない。回復魔法を唱えようにも魔力が残っていない。
魔族は少し浮かび上がり、両手に魔力を集中させる。
(あれは……魔力弾……。この状態では防御壁を展開出来ない……。これまでか)
コーデリアは静かに魔族の動向を見つめていた。
(仕方が無い。独断専行、慢心、すべて私の判断ミスだ)
トモヤに出会ってまだ一日程だが、この世界は実に面白かった。
本来の目的である聖剣トワイライトを勇者アイレギアの生まれ変わりトモヤに渡すことが出来た。そしてアオイとも親しくなれたし、唐揚げと言うとても美味しい食べ物も食べられた。
あのオレンジジュースも美味しかった。
異世界で散る、それも悪くない。とコーデリアは思った。
『死ね』
魔族の両手が光り、コーデリアの身体を包んだ。
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