異世界からの刺客
「ふぉおおおおおおおおお! ラリララ! ニュルラリララ!」
またコーデリアが大声を上げた。トゥーリア語はやめてください。
俺たちは出来上がった料理を食べている。確かにビックリするほど美味しい。
アオイさんはそんな俺たちを微笑んで見て、また缶ビールを飲んだ。
「良かった。お口に合ったみたいね」
「これは私の人生の中で最もおいしい食事だ!」
「あは、そんな大袈裟な」
「いやアオイ殿! 貴公は本当に素晴らしい! 我が国で……」
俺は大きく咳をする。やめろ、異世界の話をするんじゃない。
「あ……」
コーデリアが俺の視線に気づき、少し大人しくなりまた唐揚げを頬張った。
「誠に美味しい!」
我慢できなくなったようで、ついつい口を開く。
「アオイ殿は料理人なのか?」
「まさか、ただの趣味よ」
「凄いな! 趣味でここまで美味しい物を作れるとは! 天賦の才があるのではないか!」
「褒め過ぎよ。大人をからかうものじゃないわ」
アオイさんはチラリと俺を見て頬を赤らめる、きっと酔っているのだろう。その缶ビールで四本目だ。俺への差し入れだった缶ビールの殆どが彼女に飲まれている。
いや、元々彼女はここで飲みはずだったに違いない。
「と、トモヤ君。どう? 美味しい?」
「はい、凄く美味しいです」
アオイさんが俺から視線を逸らし、缶ビールごしに俺に問いかける。本当に美味しい。
「こんなに美味しくて楽しい食事は何年振りでしょうか」
「……良かったー……」
アオイさんが俯く。きっと二度揚げに自信が無かったのだろう。唐揚げは温度が大事だ。
俺は唐揚げを齧り、白米で追いかける。外はカリカリ、口の中でジューシーな肉汁が溢れ、それが白米と合わせって絶好の味わいを感じさせる。
白米も何故かとても美味しく感じる、最初の水を素早く捨てたからだろうか。
ひと手間増やすだけで、これほど違うものか。
「二度揚げってこんなに美味しくなるんですね。俺知りませんでした。いや二度揚げは知っていましたけど、こんなに違うんですね。それにお米も美味しく感じます」
「えへへ」
アオイさんが身体をくねらせて照れた。
今日のアオイさんは、俺が知っているアオイさんじゃなかった。
勿論、お酒を飲んで少し酔っている事もあるだろうけど、どこか家庭的だ。
高校時代はどこか冷たくて、近寄りがたい雰囲気を出していたし、会社で出会った時はそれに拍車がかけられていた。上司には食ってかかるし、大事な取引先でも譲れないところは絶対に譲らない。頑固で真面目で冗談一つ言わない冷たい女性。同僚からはそう言われていた。
そんな強い一面は彼女が会社で仕事をするためのものであって、本当の顔はきっとこちらなのだろう。ビールが好きで料理が好きで、『美味しい』と言われると耳を真っ赤にしてしまう、実に可愛らしい人。彼女と知り合ってもうすぐ十年になる、俺は彼女の事をほんの一握りしか知らなかったようだ。
「本当に唐揚げと言うものは美味しいのだな! これは通貨にするべきだ!」
「ははは、それいいね。通貨にしよう」
俺もアオイさんが差し入れてくれた缶ビールを一口飲む。あまりアルコールは飲まないが今日は凄く楽しい。少し酔いがまわり気分が高まってきているのが良くわかる。
「こ、この肉じゃがも、うまああああああああああ!」
それから俺たち三人は食卓を囲み、唐揚げと肉じゃが、サラダを平らげた。コーデリアがビールに興味を示し飲みたそうにしていたが、こちらの世界では彼女は未成年だ。飲ませる訳にはいかない。
俺はコーデリアに目線で合図を送る『トゥーリアでは私はもう成人しているのだが、トモヤ様がそういうなら仕方が無い』と前もって口裏を合わせておいて良かった。
幸いな事にコーデリアはこの国のオレンジジュースが大変気に入った様子でニコニコしながら飲んでいる。
楽しい食事も終わる、キッチンの鍋にはまだ大量の肉じゃがが残っていたが、冷蔵庫で冷やしてまた明日にでも食べてと有難い言葉を頂く。本当に有難い。
そして三人でしばらく談笑しているとアオイさんが床にゴロっと寝転がった。
「あー……楽しい。久しぶりにこんな楽しいお酒飲んだ」
「それは俺も同じです、今日は本当にありがとうございました」
「なあアオイ殿! 私にも料理を教えてくれ!」
「良いわよー」
「国に戻ったら唐揚げを通貨にするのだ!」
「んな無茶な!」
俺とアオイさんは二人で声をあげて笑った。俺たちが笑うとコーデリアが少しむっとした表情で『私は本気だぞ!』と言った。その光景がまた俺たちを笑わせる。酔いの勢いもあってかコーデリアの純粋さがとても眩しくそして面白かった。
テーブルの上を片付け食器を洗う。そしてまた三人でテーブルを囲んでお菓子を食べた。勿論お菓子を食べる時もコーデリアは『なんだこれは!』と声を荒げた。その反応を見て俺とアオイさんは二人で顔を見合わせ笑った。
そんな他愛のない会話が続き、部屋の時計を見るといつの間にか十時を回っていた。
俺はスマートフォンを出しニュースアプリを開き、サッと眺める。大したニュースはない。そのままスマートフォンをポケットにしまい再びアオイさんに視線を向ける。
彼女は缶ビールを握りしめ目を閉じていた。
「アオイさん……?」
「およ? アオイ殿? 寝てしまったのか?」
そんな瞬間、急に今までにない感覚に襲われた。
この今まで生きてきて感じたことが無い、それはまるで背中にドロッとした冷水を垂らされたような感覚。ゆっくりと背中を垂れる冷たい水、いや水というよりもっと粘性が高い謎の液体が俺の身体を襲った。
子供の頃、スライムのオモチャで遊んだ事があった。あれに似ている。
「な、なんだ……」
俺は周囲を見回す、部屋には勿論何もない。アオイさんも静かに眠っている。しかしもう一人の同居人コーデリアの顔は引き攣っていた。
「こ、コーデリア……」
彼女は顔を引き攣らせ何も喋らない。たった一日一緒に居ただけだが、こんな表情をする彼女を見るのは初めてだ。先程までしていた明るい表情は一変し冷や汗をびっしょりかいている。
「この感覚……」
「コーデリア……君もこの感覚がわかるのか?」
「はい……勿論です。これは……」
コーデリアは身体を震わせ、それ以上言葉を発する事無く寝室へ向かう。俺が彼女を追いかけると、彼女は着ている上着を脱ぎだした。
「ちょちょちょちょ!」
俺は慌てて顔を逸らし寝室の扉を閉める。少し白い肌が見えてしまった。昼間にアオイさんに選んで買った下着は付けていた。ピンクだった。アオイさんのように豊かなものでは無かったが控えめな膨らみもしっかりと見てしまった。
一体何なのだ。寝室から衣擦れの音が聞こえる。急にどうして着替える必要があるのだ。
ものの数十秒でコーデリアが寝室から出て来た、その恰好は昨日こちらの世界に来た際に来ていた服だった。
両袖は無くノースリーブの灰色の上着と赤い丈の短いマント、同じ色のショートパンツ、金属製の手甲と具足を身に着けている。服や防具には金の刺繍が施されており、その恰好はやはりこの世界のどれとも違う。そして手には聖剣トワイライトが握られていた。
「トモヤ様、この感覚は……ロスガレスのものです」
コーデリアはアオイさんをチラリと見る、彼女は静かに眠っている。今ロスガレスの話をしても大丈夫だろう。
「え、それってどういう……」
「魔族の力を……感じます」
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