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忘却と悲哀

 嘘だ。信じられない。馬鹿げてる。なんで?怖い。理解出来ない。

 色んな感情が僕の中でせめぎ合う。だっておかしいじゃないか。気がついたら女の子になっていて、しかも如月さんはずっと僕が女だったと思ってるなんて。

 いたたまれなくなって、僕はその場から逃げ出した。


「え、ちょっと葵!?」

 如月さんの声が聞こえる。鞄を持って来ていないのを思い出したけれど、今更戻れなかった。

 ——廊下を走ると胸が上下に揺れて、否が応でもその存在を思い知らされる。短いスカートはヒラヒラと揺れて、その慣れない感覚がもどかしい。スカートの裾を引っ張っても丈に変化は無く、ただ走りにくくなるだけだった。

「何なんだよ、これ……!」

 目頭が熱くなる。校舎内にところどころ残った生徒たちから変な目で見られながら、僕はようやく外へ出た。急に走ったせいか、脇腹が痛い。もう体力も限界で、一度立ち止まるしか無かった。


 ——そこへ、ランニングをしている耀太が通り掛かる。耀太なら、僕を覚えているかもしれない。そんな思いで彼に声をかけた。

「よ、耀太!」

「お……?()()()()。どうかした?」

 彼は立ち止まったが、特にそれ以上の反応を示さない。それでも諦めきれず、僕は気付いて欲しい一心で話し続けた。

「……朝の会話、覚えてるか?」

「朝?えっと……なんか話したっけ?ごめん、俺バカだから覚えてねーわ!」

 苗字で呼ばれた時点で駄目だろうとは思ったが、どうやら朝の会話も無かったことになっているらしい。

「ていうか白羽さん、ちょっと雰囲気変わった?いつもぽわーっとしてるのに、今日はなんか険があるような……もしかして、忘れたこと怒ってる?」

「——大丈夫。ごめん、何でもない」

 もう耐えられ無かった。如月さんはまだしも、長い間ずっと一緒だった耀太に忘れられるのは、かなり辛い。戸惑う彼をその場に残して、足早に逃げた。


 —————————————————————


 気がつくと、家に帰って来ている。

「おかえり、葵。今日は学校どうだった?」

 母だ。僕の姿を見ても、何の反応も示さない。

「……特に、何も」

「そう。まだ莉久もお父さんも帰ってきて無いから、先に着替えちゃいなさい」

 母の言葉に従い、僕は黙って自室に戻った。


 ——しかし自室すらも、見知らぬ誰かの部屋へと変わり果てていた。ぬいぐるみや可愛らしい小物など、一言で言えば女の子らしい物で埋め尽くされている。

「……」

 服が入っているタンスも、クローゼットも、中身が全て女物になっていた。僕が知っている物は、この部屋の中に何一つとして無い。

 タチの悪い夢じゃないかと柔らかい頬をつねってみても、痛いだけで何も変わらなかった。

「……う、うぅ」

 立っていられなくなって、その場にへたり込む。涙が勝手に溢れてきて、止めようとしても余計に悪化するだけだった。


 誰がこんな状況を作り出したのか知らないけれど、今はただその犯人が憎い。意地悪な神様だろうか。僕に恨みのある誰かだろうか。それとも、何の関係も無いただの愉快犯だろうか。

 ……こんなことが出来るのは神様以外有り得ないと思うけど、どうして記憶だけは引き継いだのだろう。『男の白羽葵』の記憶が無ければ、ただ『女の白羽葵』がそのまま人生を過ごしただけだったのに。

 どうして、こんな目に遭わなきゃいけないんだろう。僕が、非日常を求めたからだろうか。……たったそれだけで?

 理不尽な現状への泣き言で、頭の中はいっぱいだった。


「葵、さっき夏鈴ちゃんが来て鞄を……やっぱり何かあったのね?」

 クローゼットの前で泣いていると、ノックも無しに母が部屋の中へ入ってきた。如月さんから預かったらしい鞄を脇に置くと、こちらへ近付いてくる。泣いているのを見られたくなくて、僕は顔を背けた。

「学校で何かあったの?」

「……母さんに言っても、分かんないよ」

 痛い沈黙が続く。今はもう、誰かに相談する気分にはなれなかった。そう何度も忘れられた現実を直視出来るほど、僕の心は強くない。

「葵——」

「もうほっといて!」

 行き場の無い感情をぶつけるように、大声で怒鳴ってしまった。母はしばらくその場で佇んだ後、諦めたように部屋を出ていく。

 大声を出して当たり散らしても、何も解決しない。それでもやってしまった自分が、激しく嫌になった。


 もう、意識があるだけで苦痛だ。よろよろと立ち上がって、制服が皺になるのも構わずベッドに倒れ込む。

 ——自分のものじゃない、優しく甘い香りが部屋の中を満たしていた。

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