お久しぶりです、セイラム殿下。
お久しぶりです。セイラム殿下。
お元気ですか? 私、シャローナ・クレアです。
……失礼。こちらは新しい方の名前でしたね。宛名には記載しましたが、殿下が知っているときとは名前も変わっていますから、ひょっとしたら覚えてらっしゃらないかもしれません。
改めまして、お元気でしょうか。
一年前の誕生日パーティの中、貴方に婚約破棄され冤罪をかけられ、敵国のロザリア帝国に売られたシャローナ・メリーダですよ。
……ハーメルン王国の第一王子である貴方を信じ、添い遂げられると思ってしまった愚かな女です。
いきなり手紙を送ってしまってごめんなさい。もう私は貴方と会うこともないというのに、最後の最後にこんな手紙が来てきっと気味が悪いことでしょう。
男爵家の……失礼、次期王妃候補のレイン様はお元気ですか? あの方も宛名を見たら嫌な顔をするでしょうね。
もう死んでいる人間から手紙が届いたのですから。まあ死んでいるというのは王国の国籍上の話で、本当に死んだわけではないのですけど。
それでも一年前の私は本当に死んだようなものでした。貴方がたに嵌められ、国外追放までされてしまったのですからね。
……いえいえ、そんなことはどうでも良いのです。
私は別に、貴方に恨み言を言うためにこの手紙を寄越したわけじゃありません。
今の私は貴方に感謝しているんです。貴方がいなければ今の私は存在し得なかった。
貴方がたに嵌められて追い出されていなければ、何も知らぬ籠の鳥として一生を過ごしたことでしょう。そしてあの方と出逢うこともなかった。
だからこれは感謝の手紙なのですよ、殿下。
証拠? それは手紙に同封されたものを見ればお分かり頂けるかと思います。
五千万ラウルの金額。
殿下や、レイン様へのちょっとしたプレゼント。
お二方にお伝えしたい幾つかの事実。
すべて、私と私の大切な人達がさまざまな思いを込めて作ったものですよ。
特に今の私の夫、グレン様など大層強い念を込めていらっしゃいました。
ああそうそう、言い忘れておりました。
私、数ヶ月前にロザリア帝国の皇帝であるグレン・クレア様と入籍したのです。
そう、血塗れの帝王と呼ばれた帝国君主。けれど本当は誰よりも優しくて、国を守るために恐ろしいフリをしているだけの可愛いひと。けれど敵に対しては、惚れ惚れするほど恐ろしいあの方。
……驚かれましたか?
なにせ去年の私は王国中の罪人扱い。ほとんど奴隷に近い身分で文字通り売られましたからね。
帝王の系譜など、本来なら会うことすら叶わない身分。私も何もかも諦めていました。生きることすら……
ですがグレン様は私を探し当ててくれました。
聞けば、私がまだ王国の公爵令嬢だった時から好いていてくださったそうです。……物好きといえば物好きですが、グレン様が物好きでよかったと今なら思います。
あの美しく気高き人が、私などを好いてくれるなんて奇跡のようなお話です。
すみません、惚気てしまって。私の話などどうでも良かったですね。
お手紙の話をしましょうか。きっと同封されたものを見て驚いているかと思います。
順にご説明差し上げますね。
レイン様。
貴女に思うところは沢山あります。それこそ、血反吐を吐くほど憎んだこともありました。
けれど、もう結構です。
根も葉もない噂や、私の周囲の人への見せしめのような嫌がらせ。
私の実家、公爵家への名誉毀損や冤罪、その他諸々……
殿下を手に入れるため、なのか、王国を手に入れるためなのか分かりませんが、貴女の所業は熾烈を極めましたね。
詳しくは思い出したくありませんが、貴女のせいで私はすべての友人を失い、代わりに娼婦の烙印を押されました。使用人の男性を差し向けてきた――つまり「そういう意味」で差し向けてきた時は、本当に驚きました。あの時は恐ろしかったのですよ。貴女のことが。
けれど今考えれば、本当にちっぽけなことだったと思うのです。貴女の子供じみた嫌がらせなんて。
帝国に売られて……本物の人間の悪意、そして本当の愛を知った私からすれば、貴女の所業はただのお嬢様のかわいい悪戯でした。ええ、今ならそう思えます。
今は私の代わりに怒ってくれる方はたくさんいますし、メリーダ家は帝国にて信用と地位を回復しました。
私にとって貴女は、昔噛み付かれた犬のようなもの。
今更怒るのもなんだか馬鹿らしいけれど、傷跡は残っているから対処しようという、ただそれだけのものです。
そんな貴女へのプレゼントは二千五百万ラウルの損害賠償請求書、財産差し押さえ命令書。内訳は私や、私の実家メリーダ家、他数人への様々な仕打ち。
ご実家にも連絡が行っているかと思います。連絡というのはつまり帝国の軍隊のことで、下手に抵抗するなら別のプレゼントが貴女の元に届くと思いますが。まあお嬢様にとっては大した痛手でもないでしょう。
「私は悪くない」と言っても無駄ですよ。
もはや全ては始まり、そして終わってしまいました。
貴女が悪いとか悪くないとか、そんな些事はもう関係ないのです。
セイラム殿下。
殿下、貴方はご自分を被害者だとそう思っているかもしれません。
人づてに、貴方が私を探していると聞きました。いったいなんのつもりで探しているのかは分かりませんが、私に何か伝えたいことがあるなら、今後は使者を通じてお願いしますね。
殿下、貴方との思い出を語るには、こんな手紙一枚では到底足りません。
子供の頃貴方との婚約が決まって、私は貴方を愛そうとしました。
いいえ、きっと一時は本当に好きだったと思います。いつも貴方のことを考え、どうすれば喜ぶのかを考えて。どうすれば貴方のためになるのかを考えて。
遊興に王国の金を使ってしまう貴方を諌め、女遊びがひどい時も、諌めたつもりではありました。
それが殿下のご不興を買ったのでしょうね。
男爵家のお嬢様との間に真実の愛を見つけて、一緒になって追い出されるとは、まったく予想外でした。
まあ今となってはどうでもいいですけれど。
そんな殿下への素敵なプレゼントは、婚約破棄された分の賠償金請求。二千五百万ラウル。
グレン様は安すぎると拗ねておりましたが貴方にはこれがちょうどいい。貴方程度の……失礼。
殿下程度の婚約破棄に、そこまで大きな価値はないのですから。
セイラム殿下。貴方は何も偉くはない。ただ一国の王子に産まれたというだけのひと。それをいっときでも愛してしまった愚かな私は確かに貴方に相応しかった。
今思えば、私が愛していたのは所詮貴方の外面だけでした。
悪い部分……例えば私を裏切り、娼婦と罵って顔を焼き、ぼろ同然に追い出したような、そういうところまで含めて愛することが「真実の愛」なのでしょう。けれど私にはそれが出来なかった。
真実の愛ではないと言われても仕方がありません。
けれどレイン様ならきっとできるはず。是非とも、同じことをやってあげてみてください。「それでも貴方を愛している」と受け止めてくれるでしょう。
本当に、羨ましいことです。
五千万ラウルの話がまだでしたね。
もうお気づきかと思いますが、ラウル通貨はハーメルン王国の元々の通貨ではありません。
ロザリア帝国の通貨です。元々の通貨であるガリア通貨は、二ヶ月前に使えなくなってしまいました。
王宮でパーティばかりしていた殿下達は興味もなかったでしょうか?
ハーメルン王国は今やロザリア帝国の支配下にあります。実際に戦争が起こったわけではありませんから気付かなかったのでしょうね。まさかご自分の過度な浪費のせいで国力が傾き、宰相が帝国の提言に乗って、貴族が一斉に土地を売り始めたためとは思わなかったでしょう。
正式にハーメルン王国が帝国の属下に下ったのは、土地が売られ始めてから三ヶ月も経った頃でした。そちらの宰相殿が手土産にと、帝国に国権ごと持って来たのです。まったく愚かなことですね。
今や国土の九割は帝国側になります。
残る一割が殿下の住まうその王宮と、土地なのです。もはやハーメルン王国はそこだけなのですよ。
話が脱線してしまいましたね。
とにかくハーメルン王国の多くは、ロザリア帝国に売られた形になります。後のことは私に一任されました。
そして五千万ラウルは、ハーメルン王国の王宮、つまり貴方方が今いらっしゃる王城とその土地の「売値」になります。
安すぎると?
まぁ、一国の王城にしてはそうでしょうね。
けれどそこはもう、あとは帝国の領地になるだけの土地と、その屋敷でしかありません。落ちぶれた国の城としては妥当な金額ですよ、元殿下。
嗚呼ーー聡明な貴方ならもうお気付きでしょう。貴方がお金とこの手紙を受け取った時点で、そしてここまで読んだ時点で、私がハーメルンの王宮を買い取ったということに。
その王宮の所有者はもう、私であるということに。
貴方がたには本日中に立ち退いていただくこととなるでしょう。
申し訳ありませんが、拒否権はありません。
正式な契約を交わしていない?
まあセイラム様。どうしてそんな必要があるのですか?
私達は、一方的に奪い取ることも可能だというのに。
もはや対等ではないのですよ。我が帝国とそちらの王国は。
対等でない相手に礼儀を示す必要はないと、一年前にそう教えてくれたのは貴方ではないですか。セイラム様。
……できれば無駄な抵抗はしないでくれると助かります。
抵抗されるなら、捕縛しなければなりません。グレン様はそれを望んでいらっしゃいますが、私はそうではない。捕縛する人員も、場所も無駄になるからです。
セイラム様、レイン様。貴方がたに猶予を与えます。黙って城から出て行くなら、これ以上の干渉はしないと約束しましょう。
一度は好きになった相手ですから……なんて、こんなことを言うとまた嫉妬されてしまいますね。
レイン様も嫉妬なさらないでくださいね。大丈夫、きっとセイラム様は貴女だけを愛してらっしゃいますよ。
立ち退いた後、もし寝床に困ったなら……そうですね、元婚約相手のよしみです。小さな宿くらいは案内出来るかもしれません。干渉できないので援助もできませんが、お二人の真実の愛があれば、どんな逆境でも逞しく生きていけましょう。
ちょうどお二人の賠償金を合わせれば五千万ラウルですし、どちらかが裏切らなければ、一文無しとしてはスタートできるかもしれませんね。
……裏切らなければ、ね。
長々とごめんなさい。そろそろ兵の足音も聞こえてくる頃でしょうし、これにて失礼します。
それではご機嫌よう。きっともう会うこともないけれど。永遠に交わらない世界で、互いに真実の愛を紡いで生きましょう。
セイラム殿下、レイン様。
……いえ。セイラム、レイン。
貴方がたの日々のご健勝を。
そして、これからのロザリア帝国領ハーメルン地方の益々の繁栄を祈って。
お読みいただきありがとうございます。
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↓一応こっちは以前に書いた短編になります。
先日日間総合三位をいただきました、「あるギルドメンバーの遺書」という短編になります。
https://ncode.syosetu.com/n4695hi/
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