表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/134

思い出した記憶

あれは6歳の生誕祭を迎えてすぐの事だった。

母に連れられ訪れたお城で、初めて王子を見たの。

青い髪にサファイアの宝石のように透き通った瞳。

物語に出てくる理想の王子様が目の前にいた。

なんて美しい人なの。


彼の瞳を見つめながら感嘆と声を漏らしていると、突然目の前に映像が流れ出した。

初めは何が起きたのかわからなかった。

流れる映像は見たことがない世界。

けれど私はそれを知っている。

これは……なに……?

目の前にいる王子のイラストが頭の中にはっきり浮かんだ刹那、はっきりと理解した。

この世界がある小説と類似している事実に――――――。


「僕の名はノア、宜しくね」


ノア……間違いないわ……。

ニッコリと笑ったノアと視線が絡んだ刹那、目の前が真っ白に染まると、膨大な記憶が蘇る。

頭の中に流れ込んでくる記憶。

彼の名、そして私の名。

王都の名、城の名、街の名、侍女の名、執事の名、何もかもが一致している。

この記憶は()()私の物ではない。

そう、これは……リリーになる前、前世の記憶。


前世はここよりも近代的な世界で暮らしていた。

豊かで快適で、娯楽に溢れていたあの世界。

私は物心ついた頃に、母に連れられ施設に預けられた。

実の母に捨てられた日を、はっきり思い出せる。


色んな事情を持った子供たちと傷を舐めあい、暗い人生。

孤独で信じれる大人なんていない。

愛した人には捨てられ、心が粉々に砕けていた。

だけど歯を食いしばって必死に生きていた。

そんな世界で私が唯一夢中になった小説。


王子と侍女との、身分さの恋物語。

女嫌いの王子と心優しい侍女の切ないラブストーリーだ。

凍り付いた彼の心を溶かし、様々な障害を乗り越え結ばれる二人の姿に感動し、何度も読み返した。

私の心も溶かしてくれた、そんな気がしたから。


その障害の一つとして登場するのがこの私、公爵家のリリー嬢。

王子の婚約者として登場するのだが、いわば悪役令嬢。

王子に近づく侍女へ嫌がらせを繰り返し、殺人未遂までも。

最後は王子を護衛する騎士に捕らえられ、断罪されてしまう。

読者側とすれば純愛を邪魔する女がざまぁされスッキリするが……当事者となれば話は別。


嘘でしょう……私があのリリーだっていうの!?

ありえない、ありえないわッッ。

改めて目の前に映る彼を見つめると、青い髪に青い瞳の優し気な姿は、まごうことなく小説に登場した王子そのものだ。

硬直する私の姿に彼は首を傾げると、澄んだ青い瞳と視線が絡んだ。


ちょっと待って、いったん落ち着きましょう。

確か小説では王子の社交界デビューの日に婚約させられるはずだわ。

今の私は10歳、デビューまで後2年。

ノア王子は私より一つ年下のはずで……。

小説では王子が16歳から始まったはずだから……えーと後7年ね。

過去の描写は小説にあまり書かれていなかったため、はっきりとはわからないけれど、このままいけば間違いなく婚約させられてしまうだろう。

それは何としても避けたい。


このままじゃまずいわ、何とかしないと……。

だけど公爵家の私が、王子から逃れることも出来ない。

あぁ、情報量が多すぎて考えが上手くまとまらない。

どうしよう、どうしよう……あぁぁ……。

上手く婚約者にならないように逃げきる方法は……。

私は咄嗟に口を開くと、王子の前に跪いた。


「ノア王子、どうかわたしをあなたの騎士にして下さい」


何を言っているのか、自分でもわからない。

婚約コースを回避したい思いから出た言葉。

格式ある家に生まれ、剣術や武術などやったことのない令嬢が、騎士にしてくれなんて頭がおかしいと思われているだろう。

だがここで婚約以外の何かを示しておかなければ、断罪コースが確定してしまう。


「えっ……騎士?君は令嬢だよね?」


王子は怪訝そうに眉を寄せると、真意を測るように私の瞳をじっと見つめた。

当然の反応だが、もう後には引けない。

ここは突っ走るしかない!


「いえっ、そのっ、一目見てわかったんです。私の主はあなた様であることを。あなたの盾となり、お傍で国を治める手伝いをさせて下さい」


支離滅裂な言葉。

前世で読んだ漫画の言葉か、もしくは小説の言葉か、咄嗟に頭に浮かんだ。

初対面でする話ではないだろう。

胡散臭いとは重々承知しているが、見切り発車でこれが精一杯だった。


王子の専属騎士。

物語では確か二人いた。

一人は訓練兵の中で一番の成績を収めた騎士。

もう一人は王子が選んだ騎士。

彼の騎士になるには、二人を超えなければいけないのだが……。

果たして私に出来るのだろうか……。


不安が胸を過るが、頭を下げ求めるように手を伸ばすと、指先に彼の手が触れた。

その手がギュッと握りしめられると、王子の笑い声が響き渡る。


「ははっ、面白いね。意味が分からないけれど、いいよ。君を僕の騎士にしてあげる」


王子の作った笑みではなく、子供らしい自然な笑みを浮かべると、握った手が固く握りしめられたのだった。

よかった、これで婚約者コースを回避したわ。

私もつられて笑うと、澄んだ青い瞳が楽しそうに揺れていた。


あの頃の私に言ってやりたい……。

騎士になるにはどれだけ大変なのか……。

冷静に思い返してみれば、他にも方法があったはずなのに。

だけどその時の私は婚約コースから逃れらたその事実しか頭になかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ