56話 彼女を侍らせて
猫娘族の村のギルドにて。
建物に入ると、雌の匂いがした。
言い換えよう、女の子の匂いがした。
中には冒険者として駐留していると思われるパーティーがいくつか散見され、緑妖精として悪名高い僕が入ると空気が一瞬凍り付くが、怒鳴り立てたり暴れ出すような者の姿は無い。
僕は肝の座った冒険者達に感謝しつつ、マリィちゃんについていく。
窓口には、ちょっと体格の良い猫娘族のお姉さんが下を向いて座っていた。
オバサンはこちらに気付くと、少し濁声混じりの声で聞いてくる。
「ふぅ…………。
あぁら? 見ないパーティーだな?」
「私達は【ライオット・リリー】、1週間でBランクに登り詰めた冒険者ギルドよ!
私がエトワールを代表する虹色の魔女、マリーゴールドよっ!!」
「私はスミレです~よろしくお願いしますね~」
「えっと、ボクは”半妖精族”のクローバー、だよっ! レベルは、80レベルと80レベル……大体だけど」
自己紹介をすることなんかは初めてな気もするが、昔やらかした”グリンエルヴス”のイメージを払拭するにはいい機会だ。
今までは嫌いだった”ハーフエルヴス”としての自分を受け入れるという意味でも、僕は前向きに生きなければならない。
「ふーん……なかなか骨がありそうな連中じゃないのさ!」
変わらずの濁声で話す猫のオバサン……だが、よく見るとその手がせわしなく動いていた。
何をしているのか窓口を覗いてみると……そこには衝撃的な光景があった。
「ん……あっう……ミルク出ちゃうぅ……♡」
そこにはもう一匹、全裸の猫娘族が横たわっていた。
全裸といってもその全身は体毛に覆われているため、裸という表現には語弊があったが、オバサンの足元には僕達より少しだけ年上というようなお姉さんキャットが寝そべっており、その四つある副乳の一つがオバサンによって弄ばれている……。
「うわっすごい……」
「エトワールでスピード出世してるギルドが居るっていう話はここまで噂になっているけど、お前達がそうなんだな、ワハ、ワハハハハハ!!」
僕の感想など意にも介さず、オバサンは豪快に笑いながら足元のお姉さんを愉しませていた。
僕はこれが百合に定義していいものかという突発的難題に苛まれている……。
すると、スミレちゃんが僕に耳打ちをしてくる。
(私達も、あとでやろっか?)
意味深な言葉に僕が慌てて振りかぶると、スミレちゃんは僕の枝葉で編んだ服に隠れたお胸を凝視してくるので、とっさに手で抑えてしまう。
やめてくださいスミレちゃん、僕がお貸し出来る胸は4つどころか、1つも無いんですけど??
僕はやがて来るお風呂イベントに胸弄りが追加されたことを含めて、どう避けていいものかという不可避な難題に苛まれている……。
「ふーん。それで、3人はもう80レベルだからここに来たってことなんだろうけど……いや、妖精族って、人の血が混じってたらレベル上限が掛かっているものなのかい? ん?」
「あ、えっと……ボクのことは気にしないで、お姉さん。
二人がAランク試験を受けに来たんだ」
「気にするなってほうが無理あるでしょうけど、まぁいいわ。
仕事の話をお望みみたいだし、お姉さんも仕事しないとねぇ」
猫娘族のオバサンの圧に屈した僕だったが、自分の存在は曖昧にしたまま話を進めることには成功する。
僕は【ライオット・リリー】で言わば植物役みたいなところがあるからな。
背景に徹しておくのが何より大切なのだ。
そうだ、お風呂イベントもカモミールかミントあたりの植物になって、スミレちゃんの美容に尽くすのはどうだろうか?
「Aランクの上限解放クエストの内容は「妻せ山に棲む野生のドラゴンの、逆鱗を無傷で取ってくる」だ。逆鱗って言うのは首の下らへんに生えている逆さ向きの鱗のことで、それを持って来るのが条件だよ」
「ずいぶんと簡単そうじゃない」
「いやいや。うちらアサシンキャットの間では、ドラゴンの首を狩るのが一人前の証なんだよ。少なくとも気絶はさせなきゃ鱗は引っぺがせんしな。そういやお前たち、火竜を連れてきていたな?」
「キューちゃんのこと?」
「そうだ。だから赤い鱗はダメだ。青いのを持って来い」
「青いのって言うと……氷竜?」
「低級のドラゴンはまだ逆鱗は生えてないぞ?
70レベルを超えて進化した……銀竜か……晶竜だな」
「ふぅん、なるほどね……」
「分かったら、これにサインしてちょうだい。
これまでと違って書く項目が多いから、アッチで書いて来てくれるか?」
オバサンはそう言うと筆記用のペンと一緒に、少し豪華な紙を渡してきた。
見ればAランク認可の正式な書類という風で、造りのしっかりした物のようだ。それに何枚か、別の用紙も付いている。
「はい、スミレも。
それでクローバーさんは……、」
「そこの妖精族はちょっと話があるから、ここに残りな」




