54話 スミレちゃんの最大火力
湖での休息を終えた僕達は、再びめあわせ山にある猫娘族の集落を目指していた。
移動方法も変わらずファイヤードラゴンことキューちゃんの背中に乗り、前からマリィちゃん、僕、スミレちゃんの順番で座っている。
ドラゴンの背は規則的なリズムを刻みながらゆっくりと歩いていて、変化の無いことで旅が快調であることを教えてくれている。
だがしかし、僕達を取り巻く対人関係は変化を求めてきて、僕は何らかの結論を出すことを余儀なくされるのだ……。
「ねぇ、クローバーちゃん~」
「……!?」
スミレちゃんが何気ない感じで声を掛けてくるが、僕の危機察知能力が警鐘を鳴らす。僕がスミレちゃんの言葉に動揺しなかったことなどあっただろうか?
何か失礼があっただろうか……?
いやそも二人の真ん中に座っていることが既に失礼だろうが……!
いやお前はスミマリ親衛隊を辞めるんじゃなかったのか……?
と無限に沸いてくるネガティブ思考回路をねじ伏せて、対スミレ用の精神的ショック防衛機構を発動する。
……よし。大丈夫だ。
僕は聞き返す。
「……どうしたの?」
「水浴び、一緒にしたかったな……」
ブーッ!!
僕は鼻血を噴き出した。
いや、実際に噴いていたらマリィちゃんが血まみれになっていただろう。噴いたのはあくまで心の中、でだ。
僕は自制の効いた身体に感謝しつつも、心の中の僕は既に血まみれになっている。えっと、なんだって……?
「ご、ごめん……」
取り敢えず謝る。僕に出来ることはそれだけしかない。
スミレちゃんが水浴びでお楽しみになられていたのを、僕と共有したかっただって?
僕にはそう聞こえましたが、下心があるように思われる訳にはいきません。ここは善人のフリをして受け流してしまおう……!
「ごめんね……ボクは気を利かせたつもりだったんだけど……」
「ね、今度は一緒にお風呂入ろうよ?」
ブシャッッアアアア!!!!!
今のは多量出血した音です。
勿論、実際には一滴も血は流れていませんが、全身の穴という穴から滾る血が、逃げ場を求めて外に飛び出しただけなのです。
おや?
全身が冷えてきて頭が冴えて来ましたね。
今のうちに音速を超える脳細胞で何が最適解なのかを導いてしまいましょうか?
やはり僕が、誘った水浴びから逃げたのに、結局後から一人で水浴びをしてたという事実がスミレちゃんにとって憂慮すべき行動だったと思うんですよね。僕でもそんなヤツは感じが悪いと思います、自分のことだけど。
だけど再び……同じ意味合いを持つお風呂に誘ったということは、まだ心証が悪くなった訳では無さそうだ。これは僕に歩み寄ろうとするスミレちゃんの意思……!
成程、スミレちゃんの願望を汲み取ってこそ忠犬の役目。
ここは一緒に風呂に入るという決死イベントに向かう必要が……!
そこまで考えて、これは最適解で無いことに気付く。
スミレちゃんと一緒にお風呂に入ったら普通に死ぬではないか?
「ええっと……なんでお風呂?」
「えぇ~……恥ずかしいよぉ~!」
なんで恥ずかしいんですか?
僕はそんなことを言われても、全くもって理解不能な感情に襲われてるだけなのですよ??
そしてこのクッソ可愛い生き物ことスミレちゃんは、ちょっと力を強めて僕の背中に絡みついてくるのだ!
やめろ! それはボクに効く!!
(ね? クローバーちゃんに真剣なお話があるんだけど)
スミレちゃんは急に小声になる。
これ以上何を言われるのかと身を固めて身構えると、彼女は先にそれをほぐしにかかってくる。
(肩の力を抜いて……?
そうそう、ちゃんと持って支えてるから)
僕は後ろのめりになり、頭を預けることになる。
「あぁ、これがスミレちゃんのおっぱい枕か……」と肩の力を抜き、終生の夢を見ることにした。
当然、死と共に眠ることを決意しての脱力である。
だがその後、僕に投げ掛けられた言葉は…………死よりもつらい言葉だった。
(ねぇ、クローバーちゃん。
私達、結婚を前提にお付き合いしない……?)
(??????)
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
思考回路が無限にエラーを起こし、何一つ情報が上手く処理出来ない。
(クローバーちゃん、私のこと、めちゃくちゃ好き、でしょ?
実はね、私もクローバーちゃんのこと……好きになっちゃったんだ)
(??????)
どうしてそんなことを言いだすんだろう。
スミレちゃんはマリィちゃんと結婚するはずなのに。
「でも、マリむぐ」
僕の口は、スミレちゃんの右手で覆われてしまう。
(マリィちゃんには、内緒だよ?)
僕は目をぱちくりとさせている。
マリィちゃんに目をやれば、どうやら僕達の会話は聞こえていないらしい。
というか、聞こえていたらマリィちゃんは過激派レズだから恋敵になった瞬間、僕を殺してる訳で。
今はむしろ殺して欲しいぐらいだったが、どうやらそれは叶わないようだ。
スミレちゃんは僕が取り乱さないことを確認すると、そっと右手を放して僕の口を解放した。
だがその右手を自らの口もとに持っていくと……
ちゅっ
(えへへ~……どれぐらい好きか、分かったかなぁ~……?)
ここで僕は、ようやく理解しました。
スミレちゃんのライト・ハンドとスミレちゃん・リップがインディレクト・キッスをしたことに。
いやいやそうではありません。
重要なのは、スミレちゃんがボクのくちびるに許容する態度を見せたこと……!
(えっと、その、あの……)
考えてみてくれ、これは、勘違いなのだ!
僕はスミレちゃんが好きだし、スミレちゃんが僕のことを好きだと言っても、それは相思相愛という意味じゃない。
もう何度も確認している! 僕はスミマリが好きなのだ!
だから、この勘違いを取り除くには、もう僕の趣味と、目的と、性癖を全て説明しなければならない段階まで来てしまっているのだ……!
結論は出た。
僕がただの百合豚野郎だと言って、二人に蔑まれる時が来たのだ。
(ごめんね。あんまり言いたくなかったんだけど……実はボク、スミレちゃんとマリィちゃんがね、女の子同士で好き合ってるのを見るのが好きで……)
(それは知ってるよ??)
(えっっっ??????)
スミレちゃんはさも当然だと言わんばかりに首を傾げている。
えっ、なんで知ってるの??
再び、混乱の極致に叩き落とされる。
僕の高尚で下賤な趣味がバレているのも驚天の動地だったのだが、それでいて僕と結婚しようと提案してくるスミレちゃんの思考回路が論理的に結びつかず、とうに理解を越えていた。
僕は何かを答えようとするが、何も言葉が出て来ない。
しかしスミレちゃんは、そんな僕に嬉々として追い打ちをかけるのだ。
(黙ってるってことは、私の恋人になってくれる、ってことでいいのかな~?)
(…………)
はいと答えれば良いのだろうか?
そんな訳はない。
僕がスミマリちゃんの仲を引き裂くなど、あってなるものか。
いいえと答えれば良いのだろうか?
そんな訳はない。
僕がスミレちゃんを悲しませるなど、あってなるものか。
(えっと、ボクは……その……スミレちゃんのこと…………幸せに、)
「あれじゃない!?
猫娘族の村っぽいわよ!?」
「わっ、ホントだ~~!
着いたね~~クローバーちゃん~~!」
「あっ、うん……」
僕が振り絞って何かを言おうとした言葉は、解答の意味を持つまでには至らなかった。
マリィちゃんに遮られ、うやむやになってしまう……。
僕は果たしてそれで良いのだろうかと延々と自問するのだが、もう口に出せる程の答えは得られそうにないのだった……。




