37話 混じり物の人生
静寂の森。
ホビット村からさらに西にある森の奥地へと行くと、何十メートルにもなる木々が立ち並んでいるせいで、木洩れ日しか差し込まないような深さの樹海がある。ここは知恵ある種族を遠ざけ、本能だけで生きている魔獣の棲み処とも言えるが、唯一例外としているのは妖精族だ。
「スキル【森羅万象】……上がるだけでひと手間だよ、まったく」
僕は即興の足場を組み上げて、高所へと上がる。
樹海には地上から20メートルはあろうという高さに、植物と板材で誂えた橋が大木から大木へと架かっており、天空だけの移動空間が存在している。そしてそこの大木の枝を支柱にして、小さなコミュニティが作られているのだ。
ここまで上がってこれるのは飛行する鳥獣ぐらいのものだが、妖精族の敵では無いので、つまり外敵は存在しないと言っていい。
ここは知恵ある妖精族が形成した、空中庭園のようなものだった。
「はぁ……追放されてからもう何年だっけ。戻るには忍びないけど、最低でもお母さんに会うぐらいならお目こぼしを貰えるだろう。妖精族達は良い意味でも悪い意味でも、変わらない者達だからね……」
一応、彼らと話すための材料は用意してある。
それで許されるかどうかは分からないが、立てるだけの義理は立てて来たつもりだった。
長老の家にて。
木の中腹に取り付けられたように建てられた家の中でも、一番大きくて太い大樹に作られた家までやってきた。
ここは族長の家でもあり、母親の家でもあり……僕の家でもあった。
もっとも、ここのコミュニティ単位で言えば家族扱いなど、されては居なかったのだが。
「待て。お前、ティムか?」
「そうだよ、久しぶりの里帰りをね」
「混じり物の分際で、何しに戻って来たんだ?」
気付けば、見知った顔が集まって来ていた。
気配を隠していないから集まって来たのは当然とも言えるが――集まった者は僕をイジメた者、邪険にした者、お母さんに嫌がらせをした者……全て純血の妖精族だった。
「別に同席しても構わないけど、邪魔はしないでよね。
大事な話があるから、ボクは戻って来たんだから」
僕を散々な目に遭わしてきた者達に言い捨てると、村長の家へと立ち入っていった。
「ただいま戻りました」
「っ……!」
祖父とお母さんは、一緒に居間に座って僕を待っていた。
「おじいさま、お久しぶりです」
「……」
「お母さんも。会えて嬉しいです……」
「ティム……」
ティムという存在は、この妖精族の母親と、人族の男との間に生まれた子だ。
かつて、人としての限界を突破し冒険者でSランクに登り詰め、流れ着いたこの地で、一人の異種族と恋に落ちた男が居た。
その恋人達は今までの種族間の常識を逸脱したモノであったが、二人の間には子供が出来てしまい、男は今まで魔獣と分類されていた妖精族と住むことを選ぶほどの豪胆さを持ち合わせていたため、ここに奇跡的に一つの家庭を築いたのだ。
だが、生まれた子は人としての特徴とエルヴスの特徴を併せ持っていた。
個体数が絶対的に少なく、また長命種であった妖精族からは忌み子として嫌われ、幼少の折にここから地上へと追放されたのは、父親が早くして死んだ、ティムが10歳の時だった。
純血の妖精族はプライドの高い者が多く、どちらかというと人の血が強く発現していたティムの存在が何よりも許せなかったのだ。
長老も元は二人が結ばれることには反対していたため、ティムは魔獣が多く生息しているこの森へと投げ出されてしまったのだが……。
「もうずいぶん時が経ちました。
そろそろ許して貰えないでしょうか?
……父親の形見も、もう人族に返して来ましたから」
母親であるセティは、恋人の形見だったピアスを我が子に託した。それが幼い僕を守ると分かっていたからだ。事実僕は強くなり、それどころか90レベル台の妖精族達からは程遠いレベルになっている。
だからもしこの場が力で支配されることになっても、かつて僕を虐げた後ろのヤツらは……全員殺すつもりだった。
「調子に乗るなよ、緑妖精の分際で!」
「そうだそうだ!」
「……」
外野がうるさい。
どうやら死に急ぎがいるようだが……。
「ならん」
長老である祖父はそう言った。
その一言だけで、場は一気に沈黙に包まれる。
「……全ての過ちは、娘がリクトに捉まったことから始まっておる……」
「お父さん……」
「ボクは、自分が産まれたことを決して間違いだとは思いません。外に出て、そう学びました。お母さんと……そして父を、悪く言わないでください」
僕は憎んですらいる父親を庇ってみせるが、外野からはヤジが飛んでくる。
「俺は知っているぞ! お前が人族と敵対し、緑妖精などと不名誉な名で呼ばれていることをな!!」
「私も風の噂で聞いたわ。100年ぐらい前に人族を殺しまくって、お尋ね者になった緑妖精がいるって。こっちも良い迷惑してるのよ!」
「俺も俺も。最近、エトワールで女の子の尻を追いかけまわしている変態妖精さんがいるって聞いてるぞ! 一体どういうことなんだ!?」
「…………」
全部本当の事だ。
いや、最後のぐらいは否定しておいたほうが良いか……?
下界でレベルを上げた僕は、ある噂を流した。
妖精族の生き血を飲めば、不老長寿になれるというものだ。
そうして欲を出した静寂の森に来る冒険者を、殺しまくったのだ。
理解できないかもしれないが、その行為は自分の境遇や生まれへの、憎しみからくるものだった。
半端者だった僕は同族とも呼べぬ妖精族を恨み、人族に憎しみを転嫁し、ただの清算でしかなかったその残虐行為は皮肉にも僕のレベルを押し上げただけであり、それによって人族に恨まれ、卑しい名を付けられ、賞金まで掛けられたのだ。
それから何十年と経った今は緑妖精は逆に生き血を啜る恐怖の偶像として知られるようになり、それで妖精族が迷惑しているならいい気味だったのだが――里に帰って来た今となっては、それが足を引っ張る枷になってしまっているようだった……。
「過ちは、それが例え人間に返還されようと、我々から消えるものではない……。
お前はこの里には災いしかもたらさん。
ティム、お前はもう下界で生きて、下界で死ぬべき存在なのだ……」
祖父の言葉は重い。
これはダメだな、と思った。僕も自分のしてきたことは分かっているつもりだ。これで図々しく里に居付こうなどと考える程、神経は図太くなかった。
「…………そうですか。分かりました……。
では、母と話をしたら、すぐ出て行きます……」
「……」
場は静寂に包まれ、やがて野次馬が一人一人散っていった。
どうやら、僕のなけなしの願いだけは叶えてもらえるようだった……。




