35話 心を揺さぶる者たち
【ライオット・リリー】の二人がギルドから出て行く。
「ゴメン、サルビアさん。
ボクは彼女達にお別れをしてくるよ」
「そうか、行ってくると良い」
「あとね、実はもうアプリコットはコーカサスに来ているんだ。
だから打ち合わせもしてくるよ。夜に暴れ牝牛の突き上げ亭に連れて行くから、そこで待っててくれる?」
「了解した。
話が早くてこちらも助かる」
「じゃ」
僕はサルビアさんに必要なことだけを伝えて、コーカサスのギルドを後にした。
「クローバーちゃん?」
小走りに追い掛けて来た僕に気付くと、二人は立ち止まってこちらを振り返った。
僕は話をする距離まで近付く。
「えっと、その……」
「クローバーちゃん、もしかして、一緒について来てくれるの?」
願ってもない提案だが、僕は首を振る。
「ごめん。ボクはまだ【サルビア・サルベイ】の人達と約束があるんだ。だからコーカサスに残るよ」
それに、スミマリちゃんと一緒に居ようだなんてそんな烏滸がましいことが出来るものか。僕にも親衛隊としてのプライドがあった。
「じゃ、ボクはもう行くから……」
「待ちなさい……!」
引き止めたのは、意外にもマリーゴールドだった。
「ねえ、クローバー……さん。
その……私と握手を、してくれる……?」
「……ッ!」
突然のことで、戸惑いが隠せなかった。
だが、マリィちゃんが恐る恐るという感じで手を差し出してきて、もしかしたら化け物扱いしたことに後悔の念を感じたのかもしれないと思って、僕は勇気を出してくれた彼女の握手を受けることにした……。
グッ……
20秒は握っていただろうか。
マリィちゃんの手は、震えていた……。
「ふぅっ――……」
「ありがと。心の整理がついたわ……」
良かった。
僕の存在がマリィちゃんの負担になってたなら、本当に済まなかったと思う。
それには詫びても詫びきれないが、それでも一つ胸を撫で下ろすことが出来た僕に掛けられた次の言葉は…………誰が予想出来ただろう?
「ギルド【ライオット・リリー】の
3人目は、クローバーよ……!
私とスミレは、アナタを歓迎するわ。
席を空けておくから、いつでもいらっしゃいな」
――――
「師匠? どうしたんっスか?」
僕はアプリコットに声を掛けられて、目を覚ました。
いや、正確には何らかの話をスミレとマリーゴールドをしてから別れたハズで、寝てなどいないハズなのだが、つい先ほどのことがまるで思い出せない。
……それほどまでに、僕には衝撃的な言葉だったのだ。
「3人目が、ボク……?」
「まだ寝惚けてるんっスか?」
「あぁ、そこに居たんだぁアプリコットォ……じゃなくて!!
どうして助けてくれなかったの!? ずっと見てたでしょ!!」
「いやぁー! 思い起こせばアタシ、ギルド職員じゃないっスか?
他所の上限解放クエストに手出しするとか、マジでNGなんス」
僕が猿をボコってる時も、泣いてる時も出てこなかったのはそういうことだったのか。
「決して師匠の男泣きが美味しかったとか、そういうのは全然無かったっス」
「……」
「あ、アレは葛藤の末の涙なの。
ボクは二人を応援する立場だから、どうしようもなくて……」
「師匠の愛はちょっと歪んでるっス」
「キミには言われたくないぞっ!?」
アプリコットの性癖は歪んでいるので、今更説明するまでも無いだろう。
会話はこれから先の話へと移っていく。
「それで、お見合いはこの後するんっスよね?」
「うん。約束もしたしね」
「いちおー聞くっスけど……鰐頭のほうじゃないっスよね??」
「そっちはワーシアさんね。サルビアさんは賢狼族だって、前にも言ったよね?」
「いや、師匠の言うことはいい加減っスから、確認は大事っス……」
いつの間にか師の信用が地の底に落ちているようだ。
これは建て直しも考えておくべきだろうか?
「サルビア氏、マジでイケメンっス。
アタシもどちらかというと姉御肌で生きて来た猫娘族っスけど、あれはモノホンっスね。抱いた女の数が違うっス」
「ちょっと遠慮してるの?」
「ああ、いや、お見合いはちゃんとやるっスよ。
でもまぁ……昨日人族の子をアタシ、可愛いって言ったじゃないっスか。どっちかというと、あの子のほうがいいっス」
「……」
「師匠との義理であの子とムリヤリ子供を作ろうと思ってたっスけど、よく考えたら普通にあの子がいいっス。あの子を攻略するのにサルビア氏の籠絡が必要なら、それも厭わないっス!」
「……」
もしかして僕は、思い違いをしてたんじゃないだろうか?
僕は賢狼族と猫娘族の夢カップルをくっつけることに囚われ過ぎて、彼女に自分の理想を押し付けようとしているだけなのか……?
僕の固定概念さえなければ、アプリコットには自由恋愛をさせるべきなのかもしれない。というか、アプリコットは元々結婚願望に飢えていたが、僕が調教したことによって男でも女でも食っちまう最低な女になってしまったのだ。
僕が被る被害を考えたら、もはや僕の手から放して好きにさせたほうが良いとすら思えてきた……。
「あの子はロイ、人族の男の子だよ。
戦闘能力は然程だったけど、そんなに気にいったの?」
「そんなのどーでもいいんっス。おネショタをやるっス。
あの子を捕まえて、そんで師匠ともたまにイチャイチャするっス!
師匠と出会うまでは若い子にアプローチしようなんて微塵も思って無かったっスけど、今ならなんでもできそうっスよ!」
あ、ダメだこれ。僕は諦めることにした。
もうしーらないっ!
「アタシは師匠と寝て分かったっス……年下の子がものすごく好みだということに!」
「お前と寝た覚えはないッッ!!」
「えー、落ち着いたらまた甘えさせてくださいっスよー!
師匠も女の子が足りなくて堪らなくなる時があるんじゃないっスか? その時に呼び出せる存在でありたいと思ってるっスからー!」
なんて魅惑的な提案をするんだろう!?
ふざけんな!!
「ぼ、ボクはスミマリちゃんがあれば他に何も要らないからっ……!」
僕の身の引いた言葉を聞いた時、アプリコットは急に顔から柔らかい空気が抜け、真面目な顔になった。その緩急に戸惑うが、彼女は真剣に、僕に伝えたい言葉があるようだった……。
「師匠、あんまり我慢はよくないっスよ。
お二人のことを追い掛け続けている…………ってことは、やっぱり彼女達への”好き”だって気持ちが報われたいって、心のどこかで思っているんっス。
じゃなきゃ、近付いた時に苦しくなったり、涙を流したりなんかしないっスよ。だから、ハッキリ言うっス」
――――師匠は、恋をしてるんっスよ。
アプリコットの深く切り込んできたその言葉に、僕は何も言い返すことが出来なかった……。




