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30話 抱擁


 妙に柔らかく、また温かい感触がする。



 建物の屋根でいつの間にか寝てしまっていた僕が夢の世界から戻ってこようとしていた時、初めに思ったのはその感想だった。

 何だろう、硬くて冷たい地面で寝ることに慣れきっている僕にはそれは不思議な感覚であり、まだ夢の中に居るかのような心地良さだった。


 だが一度夢から戻ってくるとだんだん意識は覚醒へと向かって行く。そうしてまどろみの中から目が覚めた時、僕は女の子の腕の中で眠っていたことに気付いたのだ……。



「わっ!? な、なんでっ!?」

「フニャ……起きたっスか……?」


「アプリコットさん!?」


 僕は慌てて身体を起こそうとするが、どこもかしこも()()()()と力が逃げてしまう程柔らかいせいで、上手く身体を起こすことが出来ない。

 ふわああ、女の子柔らかいっ……!



「気分はどう……っスか?」

「気分!?」



(気分か? 最高だよッッ!! お前がこんなに柔らかかったのを、調教した時に確かめておくべきだと思ったぐらいにはなッッ!? 心なしかお肌もツルツルだし、体調もいつにもまして最高の気分だよこの野郎ッッ!!)



「んー……師匠、もうちょっとこのままで居て欲しいっスー……」


 そう言ってアプリコットはガッチリと僕を捕まえてしまう。ジタバタと暴れてみるが、背中に掛けられた黒ローブが逃げて行くばかりで抜け出せそうになかった。



「あっ、暑苦しいから……っ!」

「……屋外で寝ることなんて無かったから、野宿は寒かったんっス。枕にしたのは許して欲しいっス」


「あ、そ、そうだったんだ……」


 野宿暮らしがキツイのは生き物の大半が家で寝ているから分かってる。

 少数派である僕は理解者でなければならない……。



「ごめんね、アプリコット。嫁入り前の身体なのに、こんなところで寝かせちゃって……」


「あぁ、もう良いんっスよ。嫁入り前にどーしても師匠と一緒に寝ておきたかったっスから」


「えっ」

「これで心置きなくあの子と子作りして来れるっス」

「えっえっ??」


「あれ……師匠、覚えてないっスか?」



 アプリコットは一体何の話をしている。……あれ?

 僕は恐る恐る聞いた。



「な、なにをかな……?」

「アタシに子供を産ませて一緒に育てるって約束したっス」


「え!? あ、あれは調教の一環っていうか、例えばの話でした~って言ったような……!」


「もう良いんっスよ。師匠と()()()()()は出来たっスから」


「想い出作り!?」


「師匠、良い声で鳴いてたっス」



「~~~~~~~~~~~!?!?!?」


 ぐっすり寝ていて、まるで覚えていないッッ!?



 いや確かにどことなく気持ち良かったような感覚がほわわんと残っているような気もするが、鳴いた覚えは本当に無い!



「え、えっと……鳴いてた?」


「師匠、けっこう感度高くて、いっぱい遊んじゃったっス♡♡」



「~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!?」



 僕はただちに脱出を試みる!

 だがガッチリと正面からホールドされていて、抜け出す方法など存在していなかった!



「は~~な~~~せ~~~~~~!!

 ボクは認めない、認めないぞっ!!」


「あっ♡ 師匠、激しいっス~~♡♡」

「仕返しか? 調教したことへの仕返しなのかああああーーッッ!!」


「そんなワケないじゃないっスか~~!

 アタシが愛してるのは師匠だけっスよ~~~~!!」


「わっ、ほら、もうスミレちゃん達出発しちゃったから!!

 早く追い掛けないとだから!!」


「またまた~!

 災害級の妖精族(エルヴス)なんだから追いつくの全然余裕っス~!」



「ボ、ボクはただの観葉植物だからッッ!!

 ぬぅううううううううう!!!!!!

 ぐぎぎぎぎぎぎぎ!!!!!!!!!

 ふにゅううううううううう!!!!!」



「こ、こんなはずじゃあぁアアアアアアーーーー!?!?!?」




 それから僕が熱にやられて、感情を失ってグッタリとするまでアプリコットの腕からは解放されることはなかった。僕はガチレズを育成することには成功していたが、その矛先が自分に向くとは露程にも思っていなかったのだった……。




「ウッ……もうお嫁にいけない……」

「それ何の冗談っスか師匠?」


「…………」


 ああそうだ、冗談だよ。だが僕が男を見繕うと思われていたことぐらいは冗談にしておいてくれ。どうするのこれ。軌道修正出来るんだろうか……?



「アプリコットはその……ボクが男を紹介すると思ってたんだよね……?」

「そうっスよ」


 僕は首を振る。


「ボクはキミに、賢狼族(フェンリル)の女の子が似合うかなって思って、今日まで頑張って来たんだ……」 


「もうなんとなく察して来てるっス。昨日の夜も、傍にいた男の子を紹介するばかりと思ってたっス……」


「今からでも考えなおそ? サルビアちゃんと真剣に恋愛することを考えよ? そのほうがぜったいしあわせになれるよ? 紹介するって約束もしちゃったんだからね……?」


「ん~~~~そうっスね。師匠の気持ちを無碍には出来ないっスから……」



「出来れば師匠にはこのまま責任を取ってもらいたい所っスが、今日はアタシも好き勝手ヤらせて貰ったっスから、別に悔いは無いとも言えるっス。種が無ければ子供も作れないしっスね。今でも十分満足っス」


「だから、今まで通り師匠の言うことは何でも聞くっス。お見合いもするっスよ。その代わり、師匠もアタシには気持ちを返して貰いたいっス。

 ……こんなところでどうっスか?」



「えっと、うん……?」

「ゆっくりでも別に構わないっスよ」


 抽象的でよくわからなかった僕は生返事をしたが、アプリコットは僕の頭をクシャっと撫でてきた。



「さぁ、もう行かないと。アタシもこれからバックでサポートするっスよ!」


 そうだ。もう行かなければならない。


 スミレ達と組んでしまう状況に陥ってしまったが、僕ならきっと影からのサポートに徹することが出来るハズだ。

 僕は頭のモヤモヤを振り切って、彼女達の待ち合わせに出発するのだった……。


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