3話 観測者
「本当に10レベルに上がったの?
確か、7レベルだったわよね?」
「うん、そだよぉ。上がったばっかりだったはず~」
窓の外で何かが落下したことなど露知らないスミレ達は、お互い今日あったことを話し合っていた。
「だとしたら……私が放った炎槍がアイツに効いてて、その後誰かがトドメを刺してくれたんじゃないかしら? シャドウエルヴスが80レベルだったとして、そのちょっとのダメージだけでもベアラビット200匹ぶんの経験値になったって考えたら……辻褄は合うんじゃないかしら?」
「だったら私たち、とっても幸運だったんじゃなーい?」
「スミレ、さすがにそれは前向きすぎよ……私達、死にかけたんだからね……?」
「うぅ……」
「それにさっき、ギルドでヘラヘラした男達に色目を使ったでしょ。
男はすぐ勘違いするんだから、優しくしちゃダメじゃない」
「それって……マリィちゃん以外の人とお喋りしないで~ってことだよね?」
「そうよ……悪い……?」
「マリィちゃん、愛が重いよぉ~」
「うるさいわね……私にはもうスミレしかいないの、分かってるでしょ……」
「愛が重いよぉ~……」
「とにかく、早いけどもう寝ましょ。稼ぎに夢中の冒険者たちのおかげで、少なくとも明日からしばらくは命の危険は無くなってるはずよ」
「あっ、討伐隊が回るの久しぶりだもんねぇ。ホントに魔獣一匹も居なくなるからスゴいよね~」
「私達、本当に幸運かもしれないわね……だけど、気を緩めるわけにはいかないわ」
「人生もっと前向きに行こうよ~楽しいよ~?」
「レベル上限解放……やっと、やっとここまで戻って来たんだから……」
「マリィ、思い詰めないのー。明日は拍子抜けするくらい簡単に達成して、そしたらまた二人で頑張ろうよ~」
「ええ……そうね……」
翌朝。
(ハッ! ボクは一体いままで何を……?
う~ん、確か彼女達を追い掛けてて……彼女達はどこに行ったんだ??)
目が覚めると、何故か朝鳥のさえずりが鳴いていて、僕は何もない路上に一人転がっていた。
(うっ……何故だか頭が痛い……気付かれないまま誰かに踏まれたか……??)
だが、すぐそばの宿屋から僕の全推しカップルがお姿を現されたので、僕は慌ててスキル【気配遮断】をかけ直した。百合は何よりも優先される。
「これで私たちもノービス卒業だね~強くなれるってどんな感じなのかなぁ~」
「スミレ。気が早い」
「えへへ……しゅっぱーつ!」
(おお、今日もスミマリは素晴らしい。この世界に生まれてきてくれて本当にありがとう。ボクも生まれてきて良かった! 頭の痛さもあっという間に吹き飛んだ! では早速、彼女達を見守ることにしよう……!)
どうやら彼女達は人族に課せられた制約である、レベル上限解放を行うようだった。初めは10レベル、次は30レベルと段階的にその力を封じ、強くなる過程での慢心を防ぎ、身の丈に合った戦いをし、種全体の生存率と平均値を底上げするために考えられた生存戦略のようなものだ。
僕のレベルは現在3桁なのであまり気にしてはいなかったが、彼女達の成長を導く者として一度勉強し直す必要があるのかもしれない。
(しかし、ダンジョンの中まではついて行ってあげられないよなぁ……
ちょっと不安だけど、これしかないか……)
「スキル【森羅万象】、出でよ、緑葉の監視者!」
僕は自らの眼を抑え、そしてそこから宙に浮く一つ目の緑苔に覆われた、手のひらサイズの使い魔を召喚した。
「よし、行け!」
僕の第三の眼になった使い魔は、彼女達の後ろを漂って、追跡を開始した。
冒険者ギルドが管轄するレベル上限解放ダンジョンは初心者たちの実力を確かめる意味でも街から外れた場所にあったが、昨日盛大な狩り物競争があったせいか、二人はモンスターに遭遇することなく目的地へとたどり着いた。
「着いたわね……」
「こんにちは! お、その自信に溢れた目は10レベルに成りたてって感じっスね?
お二人っスか?」
「はい、私たち、二人とも10レベルです!」
「おっけーっス。最低人数の挑戦は珍しいっスが、それも決まりなんで大丈夫っス。
ルールは分かってるっスか?」
「マリーゴールド……っと。私が経験者よ。とは言っても、前は落ちたんだけどね……」
「おや、そうでしたっスか。じゃ、名前も書いてもらったし、頑張って来てくださいっス!」
(ふむ、猫娘族か……良いな、まず素材が良い。お顔も可愛いし、猫耳も可愛いし、腰も人族よりくびれててえっちだ。可愛さの中に獣人としての個性、無限のポテンシャルを感じる。……しかし相手には悩むところだ。これではそうそう釣り合う娘は居ないだろう……。
となれば賢狼族の雌でも探して、可及的速やかにお見合い写真を用意しておかなければ。ふふ、腕が鳴るなぁ……!)
僕が要らぬ妄想をしている間に、二人はダンジョンの中へと歩いて行ってしまった。
(おっと、いけない。ちゃんと追い掛けねば)
僕はフォレストアイを遠隔操作して、カメラマンのごとく彼女達の追跡を再開した。