2話 死因
「何よそれ。いきなりレベル10になる訳ないでしょ……。
どうなってんのよ……?」
「わかんないよ~!」
「と、とにかく、ギルドに行くわよ。シャドウエルヴスを見たことを報告しておかないと……」
スミレとマリーゴールドは、エトワール王国の冒険者ギルドへと駆け込んだ。
二人は窓口へと座り、ギルドの職員が対応する。
「あの、すみません。さっき、シャドウエルヴスに襲われたんです……」
「シャドウエルヴスですか? この近郊で?」
「はい、間違いありません。こう……緑色の人型の植物が集まったような感じで、突然森から歩いて来たんです。それで私が咄嗟に火の魔法を放って逃げて来て……死ぬかと思いました……」
「それはいけませんね……」
ギルドの職員は少しだけ考え込み、話を進める。
「緊急案件とみて、今からギルドが対応します。
誤報だった場合罰則金が課せられますが、そちらは了承してもらえますか?」
「うっ……お金は……」
「マリィちゃん、本当のことだから大丈夫だよ。ギルドの人になんとかしてもらお?」
「そうね……すみません、お願いします!」
「はい。ではここでお待ちを。話を通して参ります」
職員はさっと奥の部屋に引っ込んで行った。
周囲に居た男達がそれを待って声を上げる。
「オイオイ、さすがにシャドウエルヴスは嘘だろ~」
「いやほら、落第のマリーゴールド様だぜ? 必死になってるだけじゃね?」
「それはあるな。また仲間を見捨てて来たんじゃねぇか?」
「いやよく見ろ。養成学校で見た顔だ。確か剣使いの、スミレだ」
「あー、スミレちゃんとなら一緒に冒険行きてぇ。あ、こっち見た。きゃわいー!」
「あ、どうも……」
「スミレ、」
スミレが軽く会釈をして返事をすると、その背中が相方に引っ張られる。
それは静かに待っていろというニュアンスを含んでいるもので、スミレはすぐに座り直した。
(うぅ……マリィちゃん、怒ってる……)
スミレは後で謝罪するための言葉を考えていたが、程なくしてギルドの職員が戻ってくる。
「ギルドから調査隊を派遣しました。
では通例ですので、こちらの書類を書いていただけますか?」
「はい。スミレ、私が書くわね?」
「お願いします……」
書類とペンを受け取り、マリーゴールドがそこにサラサラと記入をしていると、早くもギルドの職員が何やら通信連絡を受け取っていた。
「ええ……ええ……それでは討伐済みなのですね? 分かりました、はい。
迅速に対応していただき、ご苦労様です」
「マリーゴールド様。スミレ様。お二方の説明にあったシャドウエルヴスなのですが、既に倒されていたそうです。偵察の二名によると、森から煙が上がっていたので緊急性を感じて一直線にそこまで向かったのですが、藁を積み上げて燃やされているたき火の中に、シャドウエルヴスの残骸が含まれていたそうです」
「良かったぁ~誰か強い人が代わりに倒してくれたんだよ~」
「かもしれませんね。では安全寄与のための報告ということで、銀貨8枚を。お受け取りください」
「はい、ありがとうございます」
マリーゴールドは素直に返事をし、銀貨を受け取った。
「これから、ギルドで安全確保のため、緊急の討伐クエストを発令します。シャドウエルヴスは流石に危険すぎるので。
街の周辺近郊の魔物討伐をするので、しばらくはベアラビット1匹も居なくなると思いますが……ご理解をお願いします」
「あ、いえ……それなら私たちも好都合です。ちょうど10レベルになってたので」
「レベル上限解放ダンジョンですか?
道中の安全は明日にでも確保されるでしょう。お二人とも、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます~」
「ありがと。世話になったわ」
ギルドでは緊急討伐クエストの発令に冒険者達の熱が爆発する寸前だったが、二人はその前にギルドを立ち去っていた。
(お。やっと出て来たね……)
エトワール王国の冒険者ギルドから、僕の麗しの花々が出てくる。
彼女たちは圧倒的夫婦すぎて、何も言って無いのにギルドでラブラブクエストを受けさせられたに違いない。きっとカボチャの種をお庭に埋めて、毎日一緒にお水をやってとお願いされたとか、そういう感じだろう。その職員が女の子だったら、その仕事ぶりにお花を贈りたいと思う。
(おっと、いけない)
僕は置いて行かれないように見守りを再開すると、彼女たちは足早に宿へと向かうようだった。僕は中に入るわけにもいかないので、宿の壁に張り付いて聴き耳を立て、彼女達のか弱いお口から発せられる御言葉を一言一句聞き漏らさないように注意する……!
「今日はもう休むわ。二人ね」
「お願いします~」
「はい、確かにいただきましたっ!
それでは、ごゆっくり!」
僕の知らない声がしたが、そのあどけなさの残る宿屋の娘の声は、おそらくまだ芽吹いていない新芽だろう。
スミレ様とマリーゴールド様の、二人だけの秘密の花園を提供しているその功勲を称えて、キミが成長した暁には僕から女の子を紹介してあげよう。名案だ。
二人は宿の二階に移動したので、僕は建物の屋根へと登った。
天井が薄いので、彼女達の声が聞こえる。
「はぁ……疲れたわ……」
「ど、ドンマイだよマリィちゃん~!」
「スミレは元気ねー……私はあんなに必死だったのに……」
「私はまだ、余裕もあったし……」
「怖くてチビりそうだったわよ……?
とにかく良かったわ、私たち、無事で……」
「えぇ、チビったの? それは確かめないといけませんな~?」
「わぁああっ!? 何するのよ!?」
「ほらほら~お疲れでしょうマリィさま~?
休憩しましょう、休憩♪」
(フォオオオオオオオオオオ!?!?!?)
僕は屋根に既に張り付いていたが、今は顔がめり込むぐらいの圧力がかかり始めていた。
「ほら、じっとして……見るだけだから……?」
「スミレねぇ……今日は、本当に危なかったんだからね?
私の為にも、ちゃんと危機感持ってよ?」
「えへへ……大丈夫だよ。ピンチの時は、マリィ様が守ってくれるもん」
「わっ、もう、甘えん坊なんだから……」
「……」
「っ……」
(……え、なに、何で静かになったの?? アレ??)
僕は自分の聴覚が一瞬破壊されたのかと疑ったが、なにか衣擦れのような……部屋の中からは僅かな物音だけがしていた。いったい、部屋の中で何が!?
(くぅぅ……! 二人だけの花園、気になるッ! 見たい!
でもボクが邪魔する訳には……!
なんとか、なんとか窓から、少しだけでも……ッ!)
僕は天井を這っていき、身体を乗り出して窓を覗き込もうとする。
無理な体勢だ。だがしかし、あと少し、あと少しで――
「ねぇ、ずっと気になってるんだけど……?」
(見つかった!?)
僕は動揺してバランスを崩し、そのまま屋根から落下した。
一瞬、一瞬だけだが、逆さまになった視界から二人の顔が異様に近付いているのが見えて、こちらの窓には視線が向けられていなかったことに大いに安堵したが、僕はそのまま地面へと叩き付けられた。
ベチャ。
(ウッ 尊死……)