第七話 採用ミソジ
なんの変哲もない木製の棒が、並以下の力の成人男性が振り抜く速度と威力で巨体の腹付近に当たると、そこを中心に光のひび割れが起こった。
「嘘でしょ…」
目の前での出来事が理解できずに、高嶺は呆然とつぶやいた。
光のひび割れは、徐々に広がっていき、ギュウノウスの体をすべて包み込む。
そして、パンッと破裂するように、光と共に四天王の一柱は消えてしまった。
「はぁ、はぁ…」
太郎は、再びひのきの棒を杖代わりに使うと、息を切らしている。
「あんなおっさんが、バケモノを倒しちまった」
「しかも、あんな棒っきれで」
「一発で……」
「俺達、なんか騙されてんじゃないのか?」
「いや、でもあの人の怪我は演技ではないよ…」
天翔院と、朱雀野、そして月野はこの一連の流れがドッキリか何かかと思っているようだ。
<レベルが上がった?それに宝箱がどうたらって…俺にしか聞こえなかったのか?>
<にしても、うまくいって良かった…ほんとにあのゲームのまんまだったみたいだなぁ>
痛みがじわじわと蘇ってきて、意識が時折飛んでしまいそうになる。
「何をどうやったのか、どういうことか、説明してもらえるかな?」
河瀬が、太郎に向かって誰もが聞きたかったことを聞いた。
太郎は答えようと何度か深呼吸してから、ゆっくり話し出した。
「昔、こんな話のゲームをやったことがあったんです。ほんとだったら、勇者以外はみんなやられちゃうって話なんですけど…」
「裏技を使えば、倒せるんです」
「裏技?」
「はい、戦闘が始まったら、七回逃げるを選択したら、その後の攻撃で必ず敵を倒せるっていう……」
「なるほど、それで逃げ回っていたのかね。だが、ただのゲームの裏技がこの場で通じるとなぜわかった?」
太郎は、苦笑いをしながら、
「いえ、まったくもってわかりませんでした。ただ、出てきたモンスターが、そのゲームのその場面で出てきたボスとまったく同じだったのと……」
少し悩んだ表情をしながら言葉を探しているようだ。
「それと?」
河瀬は聞いた。
「あとは、なんとなくできるかなぁって…」
そう太郎は答えると、意識を失ってその場に倒れこんでしまった。
すぐそばで、あの名前も思い出せない友達が笑っていたような気配を感じながら。
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目が覚めると白い天井が見えた。
<ここは、病院?>
<今までのことは、夢?>
「目が覚めたようですね」
女性の声が隣から聞こえたので、ぼんやりした意識が一気に現実に引き戻される。
「えっと、秘書……さん?でしたっけ」
どうやら、会社の医務室のベッドに寝かされているようだ。
「動けそうでしたら、着いてきてください」
なにやら、少し不機嫌な様子で高嶺は医務室から出て行った。
まだ少し痛む体を引きずりながら、太郎は高嶺についていった。
「あの……どこへ行くんですか?」
エレベータに乗ったところで、太郎は聞いた。
「……社長のところです、不本意ですが」
到着まで時間がかかり、その間、太郎は先程のことを思い返していた。
【現実ゲーム化現象】のこと、実際にそれらしき現象を目の当たりにしたこと。
なぜか、自分がプレイしたゲームととても似ていたこと、裏技まで再現できたこと。
わからないことだらけだが、一つ言えるのはゲームではなく現実で、とても痛くて、とても怖いということ。
そうこうしていると、エレベーターは目的の階に到着した。
最上階フロアの荘厳な扉を開けると、河瀬がデスクに座ってこちらを見ていた。
「山田太郎さん」
「は、はぁ……」
気の抜けた返事をすると、高嶺がすごい目でにらみつけてきた。
<やっぱ、この二人怖い……>
おうち帰りたい病が再発したようだ。
「大きなトラブルがありましたが、見事実技試験をクリアされたのであなたをわが社の勇者として採用します」
高嶺が棒読みで言った。
どうやら、定石から外れまくっている太郎が気に入らないらしい。
「そういうことだ」
河瀬が咳払いをすると、
「勇者よ、今より仲間を集め、魔王をたおしてくれるか?」
三人だけの広い部屋に、沈黙の時間が過ぎる。
「え、えっと……お断りします」
太郎は頭をかきながら答えた。
高嶺が、さらに怖い目つきで太郎を見ているが、気付かないふりをした。
「実際、死にかけてみたらわかったんですが、これからもあんな痛いことや怖い目に合うんですよね?最初、この仕事が広報みたいな仕事だと思ってきたので…」
太郎がまだ何かを言おうとしているが、河瀬は、太郎の話をさえぎり、
「またまた、ご冗談を。勇者よ、これより世界を巡り仲間を集め、魔王をたおしてくれるか?」
「いや、だから、お断りを…」
「またまた、ご冗談を。勇者よ、これより世界を巡り仲間を集め、魔王をたおしてくれるか?」
太郎は、何かに気付いたようで、
「あ、これ、はいって選ぶまで延々続く選択肢のやつだ……」
思わず声が漏れでた。
<これをなんとかする裏技は知らないなぁ…>
<とりあえず、ヤバかったらすぐに辞めればいいかぁ…>
疲れ果てて正常な判断が出来なくなっているのか、諦めた様子で肩を落とし、
「…………はい」
消え入りそうな声で答えた。
とりあえず、第一章終了です。