第六十三話 覚醒ミソジ②
深い闇の底に沈んでいく。
底は見えず、音は聞こえず。落下する感覚すらなかったが、確かに体が降りていっていることはわかった。
先程まで感じていた痛みも苦しみも感じない。
「死ぬのか……それとも、もう死んでいるのか……」
ヤマダタロウであった者は呟いた。
すると、目の前に映画のフィルムのようなものが現れ、真っ暗な空間に明るい映像が流れ出した。
小さい子どもが、産まれたところから、成長していく様子が描かれている。
<またか、また走馬灯か>
そんなことをぼんやり考えながら、流れている映像を見ていた。
おかしい。映像に出てくる人物は自分だと認識できるのに、風景が明らかに日本ではない。風景だけではない。衣装や建物も見たことのない様式だ。
「誰だ? これはいったい誰の記憶だ?」
白い光がこちらに近づいてくる。
少しずつ人の形に変わる。
そして、聞き覚えのある声でこう囁いた。
僕だよ───。
声を認識した途端、バンジージャンプの紐で引き上げられるかのように、一気に体が飛び上がる。
目を覚ますと、例の泉の付近に立っていた。
近くに、見知った男性が血を流して倒れている。
少し離れた所に、よく知る青年と少女が同じく血を流して倒れている。その傍に立っている白い服を着た男が、二人の止めを刺そうとしていた。
頭の中で、何かが弾けた。
止めようと手を伸ばす。その手は簡単に男の胸元を掴んだ。
「くっ、離せ!」
白衣の男が、胸ぐらを掴んでいるタロウの手を離そうと何度も試みるが、びくともしない。
タロウは男を睨み付けると、軽々と片手で投げ飛ばした。
「な、に……!?」
男の身体は、まるで弾丸のようにすごいスピードで一直線にジャイロ回転を伴いながら飛んでいく。
受け身をとることも出来ずに、大きな岩盤に叩きつけられた。
「がはっ!!」
あまりの勢いに、男の身体は岩にめり込んでしまった。
男の口から血が溢れる。
すぐさま、巨大な岩盤を粉々に切り刻みタロウから、かなり距離がある平地に脱出した。
──はずだったが、男の目の前にまたタロウが立っている。
タロウは右手に握ったひのきの棒に意識を集中させると、棒の先端が淡く光始めた。
そして、男の顔面めがけて振り抜く。
咄嗟に男は両手で顔をガードした。
そんなことはお構い無しに、ひのきの棒は輝きを増しながら男の両手を打ち抜いた。
両手はそれぞれ別方向に弾き飛ばされ、ひのきの棒は本来の目標である顔面に直撃する。
男の顔は衝撃に歪み、支えきれなくなった身体は、再び吹き飛ばされる。
何度も地面にバウンドを繰り返し、今度は泉に落ちた。
ブクブクと呼吸の泡が水面に上がると、男が飛び上がり地面に着地した。
ダメージを確認するためか顔を何度も擦り、口から流れる血を拭うと追撃を恐れるように辺りを警戒して構えた。
「幾重にも張り巡らせた防御結界を、いとも簡単に無効化させるとは……! 姿は違えどやはりこいつは……!」
男は、右手、左手の順に手をタロウに向けて勢いよく伸ばした。
タロウは男の動きに合わせるように何もない空間に向かって、二回ひのきの棒を振り回す。
「………糸か」
ひのきの棒の先に光る細い糸が絡まっていた。
「しかも、高密度に圧縮された霊子で出来ている、とんでもない強さの糸……」
男は強固な糸を巧みに操り、ハルイチの腕を斬り落とし、ハヤカやホウジョウの身体を貫いたのだ。
「さすがに見破るか……、だが、他にもこんな使い方が出来るぞ」
男はそう言うと、伸ばした手を小さく動かす。すると、男の身体が空高く飛び上がった。
「この世界の漫画やアニメというのは素晴らしいな! 我々が思いつかないような技術や戦術を授けてくれる!」
「さっき、僕に糸を飛ばしたと同時に、高い木の頂上にも飛ばしていたか……」
男は器用に糸を飛ばし、手繰り寄せながら、宙を移動している。
「ここだと、本来の力を出すことが出来ないのでな、お前の力を見誤っていたようだ。一度退かせてもら──」
空を飛んでいるはずの男の真上にタロウが現れた。
「僕の大事なものを、何度も傷つけたんだ。逃がすわけないだろう、ショカよ」
タロウは、赤い眼を光らせてそう言うと、ショカと呼んだ男の背中に強烈な回転蹴りを喰らわせた。
ショカは、激しく地面に叩きつけられると、何故か再び上空のタロウの元へと飛び上がる。
「ぐ、ぐほっ」
激しく吐血するショカに、再度の回転蹴りを放つ。
先程のリプレイのように地面にバウンドし、またタロウの元へと戻るという一連の流れを繰り返した。
「なぜだ、なぜ動けぬ」
ショカがそう言うと、タロウは今度は蹴りではなく左の拳で顔面を殴り付けた。
今度は、バウンドすることなく地面に体がめり込んでしまった。
その傍らに、音もなく静かに着地するタロウ。
「あなたに出来ることが、僕に出来ないわけないでしょう」
タロウはそう言うと、右手を広げて見せた。そこには、キラキラと淡い光を放つ糸が絡まっていた。
「さすが天才と言ったところか……」
ショカは、諦めたのか、それともダメージのせいなのか身動き一つせず、地面に埋もれている。
「とどめ──」
タロウがそう言おうとした瞬間、両目から赤い光が消えた。
「まだ、まだだ!」
苦しみながらタロウはその場に膝をつく。
「まだ、運が残っていたか!!」
ショカは、その一瞬の隙を逃さず地中から脱出すると、再び空へと飛び上がった。
「また会おうイウよ!! 今度は完全に戻る前に消し去ってくれるわ!!」
ショカは、空間の小さな割れ目に吸い込まれ、その台詞だけが静かな森林に残響した。




