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第六十一話 接僧ミソジ⑳

「あ……あ? な……?」

 視界が斜めになり、地面が近づいてきた。何が起こったのかわからない。身体は動かず、わずかな声しか出せず。


 あの娘はスキルを使った。


 いや、使っていた。彼女の右脚が仄かに光っていたから。


 ・スキル【チャージ】……力を溜めて、次のターンの攻撃力を三倍にする。


 ここに来るまでに、【チャージ】を何回も重ねていた。()()()右脚()に。


 戦闘開始と共に、一気に地面を蹴り出す力として解放して、まるで瞬間移動のようにウェスドクの後方へと斬り抜けたのだ。


 元々備わっていたチート級の【ちから】の高さに加え、とんでもないスピードが乗った一撃は、まさに必殺技と呼んでも過言ではない攻撃力を叩き出していた。


 遠退く意識と反比例して、徐々にヒトだった頃の記憶が甦ってくる。


 ウェスドクの身体から、文字が噴き出した。


 モンスターから一人の人間に戻り始める。


 その様子を不安げな表情で見守るハヤカ。


「大美………」


 しばらくすると、見覚えのある人物が横たわっていた。

 ハヤカは慌てて駆け寄る。


「大美! 大美! ………じゃない!?」


「う、うーん…、ここは? 私、何をしてたんだっけ?」

 頭を抑えながら起き上がったその人物は周りを見渡した後、ハヤカを見て、事態を理解したようだ。


「やっと、追い付いた!!」


 後方からハルイチの声がした。


 ハヤカが最短ルートを開拓していってはくれたのだが、所々でモンスターとの戦闘があり、思ったよりも追い付くのに時間がかかった。一度倒したモンスターも、時間が経てば復活するのがこの手のゲームの定説セオリーである。


「もしかして、もしかしてですよ…、もう終わっちゃいました?」


 ハルイチとホウジョウは泉を見渡して、このダンジョンのボスを探している。


「あれ? 貴女は……」

 ハルイチは、泉の前で座り込んでいる女性に気がついた。


「ん? 誰だ? 知り合いか?」


「あぁ、宝生先生はご存知なかったですよね」


 ハルイチは、その女性に駆け寄ると声をかけた。


「こんなところで、何をしてるんですか? ()()()()


 何となく事情は察しているものの、いまだ夢うつつの間を彷徨っている高嶺は、ずれた眼鏡も直さずに声をかけてきたハルイチを眺めていた。


「確か………」


 しばらく呆けていた高嶺が、眼鏡を直しながら話し出した。

 アイエス総合病院で会社の人間ドックを受けていたこと。待ち時間が長く、そこで謎の老婆に会ったこと。突然、不審者が現れたこと。老婆が人間離れした動きで彼らを撃退したこと。そして、老婆の正体がGMゲームマスターだったこと。


「で、【ゲーム(こっち)】に置いていかれて、気がついたらここであなたたちに助けられてたってわけ」


 いつもの調子を取り戻しつつある高嶺は、はだけた検査着を何事もなかったかのように直した。


「じゃあ、大美は? 大美はどこにいるの!!」

 冷静な高嶺とは対照的に、ハヤカが珍しく声をあらげて取り乱した。


「ちょ、ハヤカちゃん! 落ち着いて! とりあえず山田さんを何とかしないと!」

 ただ事ではない彼女の様子に、怯えきったハルイチは何とかなだめようと必死だった。

「宝生先生! あと時間はどれくらいありますか?」


「まだ、十分以上の余裕はあるが、とにかく急げ!」

 事態を把握仕切れていないホウジョウも、とりあえずそこに参加する。


「山田さんがどうかしたの?」

 高嶺は、異常事態が起こっていることは肌で感じていたが、タロウの命に関わるほどとは思ってもいない様子だ。


「あとで説明します! で、肝心の山田さんはどこに?」

 ハルイチは、ハヤカの背中をさすりながらタロウの姿を探した。


「あ」

 少し落ち着きを取り戻したハヤカは、離れた木の根元付近の土に頭から突き刺さり、天高く真っ直ぐ伸びている足を見つけた。


 ハヤカの必殺技の勢いに巻き込まれて、無惨に吹き飛び水辺近くの柔らかい土に頭から落下したのだった。


 三人で、タロウを掘り起こし泉の側に横たえる。ホウジョウが、脈を取り容態の確認を行った。目や口、鼻から出血が見られるも瀕死の状況とまでは至っていない様子だ。いかんせん、その出血がウイルスによるものなのか、ハヤカに吹き飛ばされた際に出来た傷なのかは正確には不明であるが。


「何とか生きてるみたいだな」


「この泉の水をのませるんでしたっけ?」

 そう言いながら、ハヤカが両手で限りなく透明な水を掬う。


「そうです。この【浄化の水】を山田さんの()()()()()()()【現実】に持ち帰れば、作戦成功です」


 ゆっくりとタロウの口元に水を運び、飲ませることが出来たかと思えば、咳き込んで血と一緒に吐き出してしまう。

 何度か繰り返した後、ハヤカは動きを止め少し考えて再び水を手で掬った。慈しむような表情で、彼の顔を眺めた後、何か覚悟を決めた表情に変わった。


「全員!! 後ろ向いてて!!」

 彼女が叫ぶと、ハルイチとホウジョウ、高嶺はあまりの迫力に無言で従った。


 一度深呼吸を行うと、掬った水を自分の口に含むと、タロウの顔を押さえつけて口移しで無理矢理水を体内に送り込んだ。


 意識がほとんどないタロウの喉から、水を飲み込む音が聞こえた。


「よし!!」

 その様子を確認したハヤカは、顔を真っ赤にして叫んだ。その声を合図に、後ろを向いていた三人がタロウに駆け寄る。


「うまくいったようだな」

 空から聞き覚えのある声が響く。


「本郷さん?」

 ハルイチは思わず空を見上げる。青空の一部にノイズがかかったような割れ目が見えた。


「あぁ、【ルール】として、イベントが終わった特定の時間だけ私が干渉することが出来るのだ。だから、君達が命をかけている間はその様子を伺い知ることも出来なかった…、本当によくやってくれた、今から山田太郎の体内に入った水と、トーキョーアサシンの状態を解析するので、今しばらく待機していてくれ」


 本郷がそう言うと、横たわるタロウの身体のまわりに、光る文字のようなもので出来た帯が何重も取り囲み、身体は少し宙に浮いた。


「これで、ようやく呪いが…」

 ホウジョウが、そう言いかけた瞬間、身体に大きな衝撃を感じた。


「宝生先生!?」

 ハルイチは、ホウジョウの右脇腹辺りに大きな穴が空いているのを見て、思わず叫んだ。


 向こうを見通せるその穴から、時間差で大量の血が吹き出しホウジョウは何が起こったかもわからないまま、その場に倒れ込んだ。


「嘘!? いやぁぁぁぁぁ!!」

 ハヤカが、その場にへたりこむ。


「誰が? どこから攻撃してきた?」

 ハルイチは、身を低くかがめながらホウジョウに近づいた。


「あれは?」

 高嶺は、見覚えのある人物が泉の対岸に立っているのを見つけた。


 白衣を着た黒髪の男のようだ。

 そうだ、病院で見かけた謎の人物だ。


「いかん!! 作戦中止だ!! 全員すぐにここから離脱しろ!!」

 本郷が、今までにない感情的な声をあげた。


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